二十七話 一月一日
一月一日
昼間なのに、暗い。明かりといえば、心もとなくてつけたテレビの、正月番組の発するものだけだ。九藤はそれをただひたすら見た。観るのではなく見ている。タレント達が発言するたびに沸き起こる笑いの渦は一度も九藤の感情を動かしはしなかった。もう何度目だろう。四角い箱の中の、こちらが一方的に知っている人間が言う「おめでとうございます」を聞いたのは。
いったい何がめでたいのだろう。ただ一年が過ぎてまた一年を迎えなければならないだけなのに、どうしてこの人たちは嬉しそうなのだろう。また辛い時間が始まるのに。
いや、今始まるのではない。ずっと続いている。一年などという区切りは人間が勝手につけたものだ。九藤にとって、昨日と今日は同じように憂鬱だ。明日と明後日もおそらくそうだろう。何も変わらない。変われない。自分が価値のない人間だということは変わらない。
九藤はすっかり弱った自分の体をのらりくらりとベッドから起こして、立ち上がった。地面が揺れているような気がする。足元がおぼつかなくて、ふらふらする。頭ががんがんと痛くて、ぐるぐると部屋の景色が渦巻いているように見える。
CDプレイヤーを置いてある棚まで行くと、中のCDも確認せずに、再生ボタンを押した。CDはきゅるきゅると回転を始め、少しすると、聴き慣れた暴力的なロックのギターの音が、スピーカーから飛び出してきた。
この曲は大好きだった。何度聞いても感動できた。社会に適合できない人間が、芸術に訴えて作り上げた完璧な傑作だ。そこには綺麗ごとなど少しもなく、ただ人生の無常と無情をひたすら表現している。
大好きだった――
そう。好きだった。いつ聴いても感動できたはずだった。
しかしもうこの曲さえも、九藤の感情を動かすことはできなかった。
九藤の目から、一滴の涙が落ち、CDプレイヤーを置いている棚の上にぽたりと垂れた。これは曲に心を動かされているのではない。好きだったものが好きでなくなってしまったという、言いようのない悲しみ。何かを好きと思えることの幸せを遠くに感じながら、もう遅い、もう二度と元には戻れないのだという絶望に心を沈めた。
死にたい。
その言葉を何度も心の中で繰り返した。しかし死んで何になる。死んだら消えてしまう。自分のことは大嫌いだが、消えるのはあんまりだ。
誰かに覚えていてもらいたい。
誰かに気にしてもらいたい。
九藤はベッドに横になり、忌々しいうつが去るのをただ待つことしかできなかった。




