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枯れ木に花を咲かせましょう

作者: eyecon

 何かを囲うように身を寄せる、群衆の輪。人々が見つめる視界の先には、一本の黒く焼けた大木が立っている。



『首吊りの木』彼らはそう呼んでいた。



 旱魃で干上がったような、罅割れた傷を負った荒地。上空には、堂々と燃えたぎる赤い太陽が大地を見下ろしている。陽の光の色を帯び、辺り一体は殺伐とした紅色の世界と化していた。

 陽炎があちこちに見え隠れする程の、茹だるような暑さが周りを包む中。『首吊りの木』はそれを感じないかのように、無機質に立っている。


『枯れ木に花を、咲かせましょう』


 首吊りの木を囲む群衆は、口を揃えてこう唱えている。中には手を合わせて強く拝む者や、土下座をし崇め立てるように頭を下げている者もいる。彼らにとってその大木は、『神』同然の存在であるかのように。

 突如群衆の中から一人、椅子と縄を持った男が首吊りの木へ向かって歩き出した。彼の顔は何かに取り憑かれたかのような、恍惚の表情で満ちている。――その歩みの先に、とてつもない快楽が待っている。そんな趣で。


「枯れ木に花を、咲かせましょう」


 男は度々そう呟きながら、首吊りの木へ向かって歩く。楽観的な様子で、一歩、二歩、三歩と歩を進めていく彼。遂に木の前まで辿り着いた彼は、一旦そこで立ち止まり、その場へ椅子を置いた。


「枯れ木に花を、咲かせましょう」


 再びそう言った彼は、落ちないようにゆっくりと椅子の上へ昇り、立ち上がった。そして、背伸びをしながら一生懸命に腕を伸ばすと、首吊りの木の枝へ縄を括りつけ始めた。

 その様子を見つめる群衆は、また彼と同じように唱え始める。彼らの合唱に煽られながら、男はひたすらに手を動かしていた。

 男は縄を括りつけ終えると、今度は縄の先を大きな輪っか状に結ぶ。そして、その輪の中へ自身の首を突っ込んだ。


「それではみなさんさようなら」


 縄を首にかけながら、彼はそう言った。

 すると躊躇も何もなく、下にある椅子を思い切り蹴りあげる彼。足場を無くした男の体は、勢いよく地面へ向かって落ちていく。

 いよいよ地に足がつく直前、首に括りつけた縄に引っ張られ、彼の体は宙に浮いた。その瞬間、彼の口から声が零れる。苦しそうに吐かれる彼の息とは裏腹に、その表情は満足気である。


 無抵抗に首を締められ続けた彼は、しばらくすると全く動かなくなった。群衆は沈黙し、彼が縄に揺られている様をただただ眺めていた。

 静寂から刹那、首吊りの木に変化が起きた。首を吊っていた彼の体が消え、枝全体に蕾が芽生えたのである。一つの蕾が開くと、それに続き一つ、また一つと開いていく。その蕾はやがて桃色の花弁と変わり、美しい桜の花を咲かせた。

 黒く汚れきっていた樹皮はその色を取り戻し、鮮やかな茶の色へ生まれ変わる。まるで男の死によって、首吊りの木に生命が芽生えたように。

 全ての蕾が花開くと、それは立派な桜の木と変化した。その姿はあまりに神々しく、荒んだ紅色の地にはあまりに不格好に映っている。

 不均等で無粋な桜の木に、群衆は段々と不満を持ったような表情を見せていく。その中の一人が遂に呆れ果てたのか、そそくさと歩いて帰っていった。みなもそれに同調するように、それぞれ散るように首吊りの木から離れていった。興味が失せたかのように、振り返ることもせず。


 人々の視線が首吊りの木から完全に離れたその時。桜の花びらが一枚、地面へ落ちていった。それをきっかけに、彼の命によって蘇った桜の木は、再び生命をもがれたように徐々に朽ちていく。

 花びらが幾つも落ちては消え、樹皮は腐り剥がれていく。その木の姿は、風に吹かれたら飛んでいってしまいそうな、脆い儚さで満ちていた。


 辺りにはもう人の気配は無く、孤独に朽ちる首吊りの木。その様子を眺めるものは、誰もいなかった。




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