第5話「誰か俺の話を聞いてーーー!」
これにて完結です(^^)
母の態度を見て、クロムもよく分からなくなりました。
小人達が言っていた「魔女」という言葉。
それに、仮死状態にさせるだけとは言え、あの毒を作り出すのは並大抵のことではありません。そんなことが出来るのは、相当の手練れです。
白雪姫の近くに居て、その毒入りリンゴを渡せる人物。
それは即ち、ミチルしか思い付かなかったのです。
しかし何か理由があってのことだろうと思い、こうして尋ねてみたわけなのですが。
(えぇー……お袋、普通に怒ってるー……)
文字通りプンプン怒っている彼女を、白雪姫がまぁまぁと取り成しています。
その様は、まるで本当の親子のようです。
(……いや、でも……あの毒を作れるのって、本当限られてるし……)
うんうん唸って、クロムは考えていました。
それをちらりと眺めてから、ミチルは深い溜め息を吐き出します。先程のクロムに負けず劣らずです。
「──大体ね、私が白雪にあげたのは、睡眠薬を染み込ませたリンゴだよ」
「……睡眠薬……?」
思いがけない言葉を聞かされ、クロムは首を傾げました。その彼に、今度は白雪姫が話し掛けます。
「あっ、そうなんです。私、このところ小人さん達のお家に遊びに行っているのですが、」
「えっ、遊びに? お姫様が? 1人で?」
「えっ、そうですけど……」
「ちょ、あんた曲がりなりにも姫だろ!? 護衛ぐらいつけろよ!」
「そんな、大丈夫ですよ~。だからお義母様に護身用として、あのリンゴを頂いたんですし」
うふふ。
にこやかに微笑む彼女ですが、クロムもうふふとは返せませんでした。
何か今聞き捨てならないことを言われたような……?
「──ちょっと待って。護身用……?」
「そうだよ。私だって何の対策も無しに、可愛い義娘を1人で出歩かせるわけ無いだろ? 怪しい奴には食わせなって渡したのさ」
白雪姫の代わりに、ミチルが答えます。どや顔なのがクロムにはちょっとイラッとしました。
「イヤイヤじゃあ何でそれを白雪姫が食ってんの?」
「白雪、あれを食べたのかい!?」
「ていうか、あれ睡眠薬っていうより仮死状態に陥らせる毒薬って感じでしたけど?」
「可愛い白雪に危害を加えるような輩に、この私が手加減するわけ無いだろ!」
何という極端な人でしょう。
一切合切容赦しない母に、クロムは思わず天を仰ぎました。
そんな親子の会話をにこにこと眺めて、白雪姫がごく軽くのたまいます。
「そうでした。ちょっと小腹が空いたので、お義母様のリンゴを頂いたんでした」
「「食べたのかい!!」」
2人揃っての鮮やかな突っ込み。
流石は親子ですね。
ミチルは目に見えて顔色を変えました。漫画のように真っ青です。
「し、白雪……! 大丈夫なのかい!? 何処か体調に異変は無いかい!?」
「後遺症ものの毒薬なのかよ」
今更ながら、母の作った毒薬の恐ろしさに身震いしました。クロムの胸中に収めてある『絶対に敵に回したくないなリスト』に、改めてミチルの名が追加されます。
そんな彼の様子にはまるで気付かず、白雪姫は微笑みを絶やさぬまま続けました。
「あら、大丈夫ですわ、お義母様。こちらのクロム様が助けてくださいましたもの」
「でかした息子!」
「ありがとね!」
もはやクロムはやけっぱちです。
母に親指をグッと上げられ、間髪を入れずに返しました。
そして白雪姫は変わらずにこにこしています。
「あ~~~……しっかし、そうか……。白雪、あれを食べちまったのか……」
「ご、ごめんなさい、お義母様」
「いや、良いんだけどね」
「いや良くないだろ」
そのせいで、白雪姫は死にかけたのですから。
すぐに義娘に甘い顔をする母に、ナイス突っ込みをするクロムでした。
「……それにしても、ホント危なっかしい姫さんだな……」
げんなりしながら言った息子に、ミチルは輝くばかりの笑顔で頷きます。それも深々と。
「分かってくれるか、我が息子よ!」
「いや、うん。まぁ……嫌でも分かるよ。まだ会ってから1時間ぐらいしか経ってねぇけどさ」
「白雪は本当に目が離せんのだよ」
「だろーね」
「何か良い解決策は無いものかと考えあぐねておるのじゃが……」
「見張っときゃいーじゃん」
「おま……私とて暇ではないのだぞ? 研究の片手間に女王業もやらにゃいかんし」
「逆、逆。お袋、其処は世間的にも逆にしとこうぜ」
「誰か適任者は居らんかのぅ……。白雪を四六時中見張れて、危ない時にはサッと助けられる力があって、私の信頼できる者──……」
顎に指を当てて難しい顔で考えていたミチルでしたが、条件を列挙していくにつれ、何か思い至ったようでした。
思案しながら天井を眺めていましたが、段々と目が見開かれていきます。更に彼女の顔も、段々と下ろされていきます。
最後には言葉を切って、ゆるりと眼差しを向けました。
ばっちり目が合ったクロムの背中には、冷たい汗が流れます。嫌な予感しかしません。
「──お前ピッタリではないか!」
「何言い出してんのお袋!?」
突如大声で叫び出した魔法使いの親子。
白雪姫はおかわり分のお茶を新たに淹れながら、仲良しだなぁとほのぼのしています。
「良いじゃないか! 我ながらナイスアイディア! 冴えとるのぅ!」
「ナイスでも冴えてもいねーよ!! 大体姫さんだって、都合とか好みとかあるだろ!!」
「白雪、白雪。此奴、私の息子でクロムというのじゃが、どう思う?」
「何その質問!?」
「えぇーと、そうですねぇ……。素敵な方だと思います」
「何答えちゃってんの姫さん!?」
クロムは右に突っ込み、左に突っ込み、とっても忙しそうです。肩で息をしています。
白雪姫の答えに満足したのか、ミチルは嬉しそうにうんうん頷きました。
「そうじゃろ、そうじゃろ♪ クロムは私の自慢の息子じゃからな!」
「アッ、これはこれで恥ずかしい!」
「と言うわけで、お主ら結婚したらどうじゃ?」
「だから何……イヤ待って! ちょ……本気で待って! 今日1番の突っ込みなんだけど!? マジで何言ってんのお袋ォ!?」
今日1番に声を張り上げ、クロムの喉はヒリヒリ痛み出します。まだまだ若い身空で大変です。
そんな彼をじっと静かに見つめながら、白雪姫はお茶を淹れる手を休めました。
「そうですねぇ……。クロムさんは、私の命の恩人ですし」
「ホラ見ろ、嫌に決まって…………エッ?」
「お優しい方だと思います。此方まで私を送り届けてくださいましたし」
イヤ連れて来られたんですけど。
クロムは呆然と白雪姫を見つめたまま、胸中で突っ込みを入れます。
無意識に行うなんて、もはやプロの領域です。
けれども、それよりも彼の中を占めているのは、疑問でした。
どうして彼女が、自分に対して少なからず好意を持っているのか──?
「……な、んで……?」
緊張で、喉がカラカラに乾くのが分かりました。
だって彼は、こんなふうに思われたことなど、これまでに1度も無かったからです。
己の闇色が周囲にどう見られているのか、彼自身がよくよく分かっていました。
凶兆のしるし。
クロムは長い間ずっと、そういった目で見られてきたのです。
好意的に接してくる者など、ほんの僅かでした。母・ミチルや王子様、最近ではシンデレラがそうです。
彼らだけが、クロムに対して、色による侮蔑の目を向けませんでした。
けれど。
けれども、白雪姫にはそうした様子が一切ありませんでした。
偽っても取り繕ってもいません。
ごくごく自然な態度です。
「……俺の見た目、怖くねーの……?」
口汚く罵られ。
蔑まれ。
そういった対象である、筈なのに──。
問われた白雪姫は、きょとんとしただけでした。紫色の大きな目をぱちぱちと瞬かせ、不思議そうに小首を傾げます。
「……怖い……? どうしてですか? 夜空みたいで、とてもお綺麗だと思いますけど……。御髪の色は、私と同じですし」
「えっ、いや……そ、そーだけどさ……」
「大体、人を見た目だけで決め付けるのは良くないと思うんです。お義母様だって、最初は怖い人なのかなって心配でしたけど、お話ししてみたら楽しい方ですし、私のことも娘だって良くしてくださいますし。このご縁を結んでくださった父に感謝しているんですよ」
「し、白雪ッ……!」
「すげぇ。お袋が涙ぐんだとこなんて初めて見たわ」
ぐす、と鼻を鳴らした希代の魔女に、クロムは心から白雪姫を賞賛しました。
泣かないでくださいと義母にハンカチを渡す彼女は、そのままぎゅうっと抱き締められています。
(……──変な奴……)
意外と涙もろい魔女は、よしよしと義娘に宥められ。
その2人を、クロムはぼんやり眺めました。
(……人は見た目じゃない、か……)
そんなふうに言われたことなど、ありませんでした。
ですから、そういった考えもあるのかと、何だか新鮮な気持ちでした。
(……最初は、何か面倒臭そうな奴だと思ったけど……)
そうでもないかも知れません。
決め付けていたのは、寧ろ自分の方だったかも知れない──。
そう考えて、小さく苦笑しました。
(面白そうな奴だし、ま、いっか──……)
「──で、式はいつにする? 息子よ」
「気ィ早くね!?」
「善は急げと言うじゃろ? この城で挙式しても良いし、森の中に小さい湖があるからその畔でも綺麗じゃろうなぁ」
「まぁお義母様、それは素敵ですね」
にこにこ和やかに話を進めていく母娘。
クロムの意見は全く聞き入れてもらえません。
本日何度目になるでしょうか、同じ言葉を切実な思いで叫びました。
「聞いてーーーー!!」
おしまい☆
クロムくん、苦労人ですね(^^;)
拙作をお読みくださり、ありがとうございました!