2話 一大事が巻き起こりそうな予感
教室内には昨日とは大きく違って言葉数が少ない。
それは、昨日退学処分を受けた数名の生徒がいたからだろう。
ホームルームが終わった時、またも静寂が教室を支配する。
が、痺れを切らした一人の生徒が立ち上がって、教卓の前に立った。
「みんなの知ってるとうりこの教室から3人の生徒が退学した」
その生徒は拳を教卓に勢いよく叩きつけて、自分の怒りを沈める。
だが、その瞳にはまだ熱がこもっていた。
「また…いつテストが行われるかわからない…だから、今回みたいなことを起こさない為にもみんなには学問に励んでほしいんだ」
それを聞いた生徒の大半は大きく頷いて同意した。
違うだろ。
それじゃ治らない。
いつテストがあってどの範囲が出るのか分からない状況で、このテストを攻略するのは困難を極める。
いっそのこと全ての範囲を頭に入れるという方法はあるが、テストは一発勝負。
そんな時間も有余もない。
真顔でただ考えていると、隣の席の生徒が立ち上がった。
その男は体が小さく、メガネを掛けている。
おぼつかない感じで口を開いたり閉じたりしていると、覚悟を決めたのか教卓に立った生徒に話しかけた。
「あの…ぼ、ぼく…その、聞いちゃったんです…」
「それは何をかな?」
「と、隣の席の人達がテストが次にあるって事を」
瞬間、緊張が教室内を埋め尽くす。
全員がこちらと後ろの席の女に注目している。
やがて、教卓にいた生徒が自分に向かって問いをかけた。
「なぜ、君たちはテストがあることを知っていたんだい?」
「…」
なんて答えようか。
後ろに視線を送るが、目が合った時点で視線を外された。
おいおい、それは無いんじゃねーか。
「どうした?」と再び声がかかる。
不味い、ここは正直に答えるしかない。
口を開きかけて、後ろから肩に手を置かれた。
「別に私達はテストの事なんて知らなかったわ」
「う、嘘だ…僕はちゃんと聞いて…」
「ねぇそうよね」
「…」
いきなり振ってくんなよ。
だが、しばらくして「あぁ」と答えた。
虚偽発言の話し合いだ。
ここはなんとしても隠したい所だが…ってなんで隠す必要があるんだ。
「ちょっと待ってよ…僕が、ちゃんと聞いたのは間違いないんだ」
「それじゃあ、じゃあその証拠はどこにあるのかしら、そういうこじつけは受け取っても嬉しくはないんだけど」
「しょ、証拠…なんて…」
そこで確信した。
この勝負勝ったな。
証拠は完全に無いし、それを証明することも出来ない。
なんか呆気なかったな、まぁ2対1ってのは少々気が重たいけど。
そこで時計の針が一つ進んでチャイムが鳴る。
教卓に立った生徒も席に戻った。
妙な居心地の悪さがあったが、授業が始まった。
*
「ちょっといいか」
授業が終わって昼休み。
俺は、彼女から話を聞こうと思ってチャイムが鳴ったあと直ぐに声をかけた。
彼女は小さく頷いて無言で立ち上がった。
場所を移せと言うことだろうか。
しばらく歩いてたどり着いたのは最上階の屋上。
彼女は風に靡いた黒髪を手で掻き分けた。
今さら思うが教室内でも相当な美人だ。
「そうね…まずはここに呼んだ理由が聞きたいんだけど」
「わかってるくせに言わせんなよ」
その整った顔に微かに笑みが見えると、こちらに背を向けた。
まずはどこから話そうか、そういう感じで、
「テストの事なんだけど、私はテストがあるって知っただけで内容は知らなかったわよ?」
「わかってるよ、俺が知りたいのはそこじゃない」
「?」
「俺が知りたいのは…」
そこで彼女は目を細めた。
本当はこいつがテストがある事を知っている理由はわかっていた。
俺が知りたいのは、
「なぜそれを俺に教えたって事だよ…菅野真冬」
「…ふ、ふふ。気がついたのはあなたが初めてかもね、西城戦くん」
「…」
愉快そうに笑った彼女は自分に顔を近づけて耳元で囁いた。
そう、彼女の親は現総理大臣、菅野正志。
だが、気がつくのが遅れたのは彼女の髪は元は金髪だったからである。
菅野正志の妻は外国人で、真冬は母親に似て髪は生まれた当初は金髪で、海外で母親と一緒に暮らしていた。
そのせいだろうか、気が付く人はそうそういないだろう。
「なんで髪染めたのかとかは大体予想着くけど…日本語上手だな」
「ありがとう、私もいろいろ苦労したから…」
「で、話は戻るけどなんで俺に教えた?」
そうね、と考えこむようにして指を立てる。
「たまたま、あなたが口が固そうに見えたし、友達もいなさそうだったからかな」
「…おいおい、ちょっとひどくねーか」
こちらに背を向けて帰ろうとしている彼女に小さく呟いた。
最上階の扉のドアのぶに手をかけた後、こちらに少しだけ視線を送り、何かを言おうとしていたがそのまま立ち去った。
菅野真冬、あの女は要注意だな。
「気付かれないようにしないと…」
青年も彼女の後を追うようにして屋上を後にした。
*
学校生活2日目も終わりを迎えようとしていた。
夕日が差し込んでいる教室には人影は少なく、皆が自分の寮に戻って行く。
その中でただ一人、机に座ったままの戦はある書物を捲っていた。
学校内法律書。
それは、放課後に全員が受け取った物である。
内容はその名のとうり学校にまつわるあらゆるルールが記されている。
例えば時間割、学校内の立ち寄りは19時までとする。また、23時から朝5時の間外出は禁ず。
などである。
なぜ戦が机で読んでいるのか。
それは単純に興味があったからである。
少しでもこの内容を頭に入れておいた方が良い。
この学校は禁止事項が多い。
初日の退学の事もこの本に書かれている。
「あら、まだいたのね」
「…真冬」
学校内法律書を読んでいた自分に声をかけたのは菅野真冬本人だった。
だが、その見た目は学生服ではなく部活の服。
彼女はテニス部に入部しているのだ。
「いきなり呼び捨て、しかも下の名前で呼ぶなんて…私達そんなに仲が良かったかしら?」
「悪い、直すよ…菅野さん」
満足したのかそのまま自分の机の中をあさり出した。
机の中から教科書を取り出すと、そのまま机の横に掛かっていたバックに入れた。
「忘れ物か…?」
「ええ、そうよ」
忘れ物なんて幼稚園以来した事無いな。
そんな事を思いながら再び学校内法律書に視線を落とす。
そこでまだ菅野に見られている事に気が付く。
「なんだよ…」
「なんでそんな物を今見てるの?帰ってからゆっくり見ればいいのに」
「俺は目の前にある未知の情報は知りたくなる体質でな」
「そう…」とだけ言い残すとその場から立ち去って行った。
学校内法律書は全部で300ページ程なので1日で終わる程度だ。
そこに未知の情報があればそれに手を伸ばさないことは自分が未知である事を認めているのと変わらない。
そんな言葉が頭に過った。
今はもうここにいない人の言葉が。
*
「すっかり遅くなったな」
時計がちょうど19時を指した頃、戦は寮に繋がる通路を歩いていた。
学校内法律書はと言うと、まだ読み終わってない。
その理由は単に教室に先生が入って来て規則の時間に近いていることを知らされたからだ。
辺りはもうすっかり暗くなっていた。
まだ春なだけあって夜の時間は長い。
学校から少し離れた所に寮がある。
そこは新設住宅の用にしていてA~D棟の建物が並んでいる。
ちなみに自分はC棟。
ややあって自分の部屋の前に来ると、バックから一枚のカードを取り出す。
この扉はカードと鍵の両方を使わないと開かない仕組みになっており、もし違うカードをかざしたり違う鍵を差し込むと警報がこの学校の指令部に流れる。
「ただいま」
誰も居ない部屋に帰りを告げると、バックから学校内法律書だけを取り出すと、机の上に置いて、ベットに倒れ込む用にして横になった。
学校内法律書には、しおりが終盤の所に挟まっており、開くのが楽だった。
しばらく読んでいると、途端にお腹が音を立てた。
そういえば夜ご飯食べて無かったか。
財布と学校内法律書、カードと鍵を持って部屋を出る。
今日は何を食べようかと考えながら進んで行くと、目の前の建物の裏から何やら声が聞こえて来た。
「…誰だ」
物陰に隠れながら顔を覗かせるとそこには見たことの無い男二人と女が一人。
とんだ現場を見てしまったようだな。
立ち去ろうとした所で目の前にいた部活服に着替えている人物と目が合う。
「菅野…さん。なんでこんな所に?」
「それはこっちのセリフよ」
両腕を組んでこちらを見下しているその顔は何か言いたげだったが、腕をほどくと、こちらに歩み寄って来た。
「こちらも問うけど、あなたそこで何して…」
自分に近いて来た時に向こうの声が聞こえて来て、無言になる。
あちらの光景を目にして悟ったのか、こちらを見た。
「あなたにそんな趣味があったなんてね」
「あんたは今何を悟ってそう思ったんだよ」
冗談じみた言い方に少し笑みが溢れるが、すぐに真面目な顔になって様子を伺った。
こちらとしても見てない事にしたいけど、こいつの性格的に…
「でも、見てみぬ振りをするのは何か気に食わないわね」
ですよねー。
読みが当たってしまって何か嫌だったけど、現実に向く。
「あなたならこの状況どう切り抜ける気なの?」
「そうだな、あいつらの格好からして男が2年、脅されている方が1年で間違いないけど…」
「先生にチクリに行った方がいいの?」
「あぁ、それが妥当だな」
職員室に向かおうとして一歩進んだ時、後ろから呼び止められる。
二人ともが振り向くと、そこには1メートル程の木の棒を持った男が立っている。
この男は確か2年の峡…だったか。
「お前達、そこで何をしてんだ?」
「…えーと、…テニスの練習を」
バンッを地面に棒を叩き着けると、自分の目の前で立ち止まった。
しばらく無言でこちらを見ていたが、何か思い付いた用にして後ろに下がった。
「見られたならしょうがねーな、そうゆうことで…バトル、しようぜ」
「…バトル」
この学校には争いが絶えない。
それを改善するために学校側が用意したのがバトルである。
バトルと言っても拳同士やゲームで戦う事はない。
それは学校ならではのシンプルなバトル方法である。
「お前ら1年か、まぁいい。今見た情報を賭けてって事でどうだ?」
「バトル。つまり、テストの事で良かったですよね」
シンプルなバトル方法とはつまりテスト。
ルールはまず、2つの教科のテストを交互に選び、その合計点数で争うと言うもの。
だが、もうひとつ。その勝負には”賭け”が必要とされていて、お互いが納得する"賭け"を用意する必要がある。
そのゲームに敗北した者はクラスを一つ下げられ、逆に勝った者は一つ上がる。
この学校ではクラスが全てであり、それが今後の卒業に繋がる。
クラスは全部で五色の羽で構成されていて、上から白、黄、青、赤、黒。
下に行けば行く程自分の位が下がって行き、黒になった生徒は一年の内に一つクラスが上がらなければ即退学となる。
って学校内法律書に書いてあった。
菅野は卒業生である総理大臣の娘だから内容は知ってるだろう。
「待って下さい。私達がまだ納得して…」
「真冬、任せろ」
「…」
下の名前で呼ぶなって言ったのに。
言葉が途中で途切れて、下をうつむいた。
それを見て、相手に再び目を合わせる。
「開催する時刻を教えて下さい」
「そうだなー、明日の正午でどうだ?」
「わかりました。それではまた明日」
「行くぞ」と手を引っ張られて連れて行かれる菅野はしばらくしてその手をはたいた。
顔を赤くしたまま、自分を睨み付けて来るその顔には一言も挟め無かった。
乱れた服を直していると、彼女の口が開いた。
「なぜ、あんな人のバトルを受け取ったの」
「んーまぁ、興味があったからかな」
「バカじゃないの?」
「うっ…」
初めて自分に向かってバカと言う人間を見た。
なんて密かに思っていると、菅野は無言のまま歩き出した。
「帰るのか?」
「ええ、そうだけど何か?」
「いえ、何でも無いです」
何にも言い返せずに自分も帰り道に沿って歩いた。
幸い菅野の寮はA棟。
自分とは離れていたため、ほっとする。
が、つかの間。
振り返った彼女に止められた。
「そういえば、さっき呼び捨てしたわよね」
「まぁ、あれはあんたが…」
「次言ったら、許さないから」
それだけを言いに来たのか。
怖えー。
やはり、女子をこんな暗くなった道を一人にさせるのは、と思って振り返ろうとしたが、激怒する顔が頭に過る。仕方なく涙目になりながら一人、すっかり暗くなった道を歩いて行ったのだった。