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そしてふたりでワルツを【漫画版あり】  作者: あっきコタロウ
外伝(むしろメイン)

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閑話八   新婚さんいらっしゃいませ

※メイン:吾妻組 ジャンル:Cutie 3 hours cooking!


*********

 いつもどおりの吾妻邸。いつもどおりのお昼過ぎ。

 いつもどおり書斎でデスクに向かうジュンイチの耳に、いつもどおりの”とてとて”した足音が届けば、彼の胸は期待感からとてつもなく膨らんで。


 吾妻夫婦は本日も平常運転。今日も今日とて、日常が非日常。


「あのねぇ、ジュンイチくん。わたし、およめさん、する!」


 書斎へたどり着いたカミィは鼻息荒く意気込んで、一冊の絵本を頭上に掲げた。


「”お嫁さん”につく動詞は”なる”であって”する”は一般的ではないよカミィちゃん」


 いつもどおりな妻の唐突な提案に振り返るジュンイチもまた、彼女の発言に興奮し鼻息荒く。ふんふん音たて向き合うふたり。


 カミィがひろげて見せるのは”おおきなだんなさん、ちいさなおよめさん”という絵本。登場するのはハシビロコウとウーパールーパーの夫婦。種族違いの彼らが、それぞれの生態の違いに驚きながらも妥協・譲歩し、ひとつずつ課題をクリアして共同生活を営む物語。最終的にはハシビロコウがウーパールーパーを食べてしまうという結末がショッキングすぎるとしてニュースペーパーで評論家が議論を繰り広げている、今話題の作品。


「うちは、マリクがお嫁さんでしょ? ここ見てジュンイチくん」


 細い指がたどるページには、狭いアパートで暮らすどうぶつ夫婦の様子。作中における”お嫁さん”役のウーパールーパーがキッチンで水槽から顔をだして料理をつくり、”旦那さん”役のハシビロコウはリビングで棒立ちしている姿が描かれている。

 カミィはこれを見て、料理をつくる人物が”お嫁さん”だと思ったのだろう。


「マリクくんは使用人だよ。それに彼は未婚だ。お嫁さんにはなり得ない」


 ウーパールーパーは幼生の形態を残したまま性成熟する幼形成熟(ネオテニー)という生態を持つ。絵本と事象を重ね合わせるのであれば、年若い妻(幼妻)であるカミィのほうが、マリクよりもよほど”お嫁さん”にふさわしい……が。


「でも、カミィちゃんがやりたいなら、やらせてあげるよ」

「およめさん、する!」

「いいよ」

「やったぁ! 嬉しいな」


 ニヤニヤと表情筋を運動させ、ジュンイチは席を立つ。実験をするのならきちんと再現性を確保しなければならない。絵本の夫婦が生活するのはワンルームのアパート。使用人はなく、ふたり暮らし。狭いキッチンと小さな冷蔵庫、足が畳めるローテーブルに、折り畳み式の寝具がワンセット。


 条件に合致する物件を近くの街から適当に見繕い、必要な家具を揃えていざ。その日のうちにふたりは、”大きなお屋敷と使用人を持つ領主と奥様”から”ちいさなワンルームに暮らす新婚夫婦”へとジョブチェンジ。




「わぁ。絵本とおんなじだぁ」

 買い取ったアパートの部屋へと到着し、内装を目にしたとたん、カミィは声をはずませた。部屋の間取りはもちろんのこと、家具の配置やデザインまで、絵本を完全に模した部屋。


「えっとねぇ、ジュンイチくんはここに立ってて!」

 絵本でハシビロコウが立っていたのと同じ位置を指定され、ジュンイチはそこへ立つ。「お手々と足はピンてしててね」という指示に従い、直立不動の姿勢を守る。


 ジュンイチの姿に、「ハシビロコウさんだねぇ」とうなずいて、カミィは満足気にキッチンへ。


「それじゃあ、およめさんするね」


 彼女からするとやや高い調理台のうえに絵本をひらき、カミィは内容を読みあげる。

「ほうちょうトントン。おなべグツグツ。簡単だねえ」

 それから、あらかじめ用意されていた包丁の柄を指の先でつつきはじめた。


「カミィちゃん、何してるの?」

「ほうちょうトントンしてるの」

「えっ」


 包丁”を”トントンしている。

 ジュンイチに衝撃が走る。包丁トントンとは本来、包丁を握って、まな板とのあいだに材料を置き、そこに刃をいれて引きながら切り、材料が分断されてまな板と包丁がぶつかったときにたつ音を表現したもの。決して包丁そのものを指でつつく擬音ではない。


「どのくらいトントンしたらごはんができるのかなぁ」

 絵本と包丁を見比べながらつつき続けるカミィ。このままでは、料理をしたいというカミィの希望が叶うことは無い。ジュンイチは助け舟を出すことにした。


「カミィちゃん。そのやり方だと料理は永久に完成しない。僕と一緒に調理しよう」


 普段の食事の準備は使用人に任せきりなジュンイチだが、たいていの料理のレシピは記憶済。面倒だからやらないというだけで、必要に迫られれば料理人を凌ぐいっぴんをつくりだすことも可能。ゆえにカミィの手助け程度は赤子の手をひねるよりも簡単とその場から踏み出すが、返ってきたのは鋭い反応。


「だめ!」

「えっ」


「ジュンイチくんはだんなさんだからそこにいてほしいの」

「分かった。それじゃあここから指示を出すよ」


「だめ」

「えっ」

「だってだんなさんはお料理見てるだけだもん」


 ジュンイチは料理の完成までここで立つ以外のことをしてはいけないらしい。多少なりとも時間があれば、調理をサポートする機械などを制作することも可能ではあるが、はたしてそれでは絵本の展開と差異が出る。


 彼は絵本の内容を思い返し抜け道を探す。絵本のイラストには一貫してウーパールーパーとハシビロコウしか描かれていなかったが、文章に「他の登場キャラクターの介入は無かった」とは書かれていない。つまり、「見えない誰かがそこに居た」可能性。


ジュンイチはポケットに手を伸ばし、スマフォン(閑話一参照)のメッセージモードを起動した。




「あぁ!?」

 同時刻。吾妻邸に響き渡るマリクの奇声。


 迷惑振りまく主人夫婦が気まぐれでどこかへ行ったというので、突然降って湧いた休暇を有意義に過ごそうと決心したマリク。いそいそと園芸エプロンを身に着け、スコップを手にした瞬間、鳴り響いたメッセージ音。嫌な予感を思い切り顔に出して画面を覗けば、発信者名は案の定。


「マリクくん。僕のクローゼットの右端にかかっているマントを着て、今から言う場所にすぐに来て」


 都合をたずねる気の無い一方的なメッセージ。仕方なくマリクは言われたとおりにマントを羽織り指定された場所へ急行。そして今、ジュンイチの隣にいる。透明となって。


「おい、なんだよこれ……! 自分で自分が見えねえ!」

「光学迷彩。マリクくんに着てもらったのは、光の屈折率を変化させることで視覚的に対象を透明化させる技術を使ったマントだよ」

「まるでコミックだな」

「そうでもない。世界を探せば他にも同様の技術を有している国はあるよ。この国内じゃそれを作成できるのは僕だけだけど。そんなことよりも、マリクくん。カミィちゃんが料理をしたがってる」

「はぁ? なんでまた……」


 ヒソヒソ声のふたりが目を向けるのは、キッチンで包丁をつつき続けているカミィ。トントンし続けても特に変化が無いことに何の疑問も抱かずに。


「もうすぐできるかなあ? ちょっと疲れてきちゃったかも。あっ!」

「どうしたのカミィちゃん?」

「あのね、絵本をよくみたらね、にんじんが描いてあるの。にんじんが無いからお料理まだできてないの! もうちょっと待っててね」


 ニコニコと冷蔵庫をあけたカミィは、早速にんじんを取り出した。にんじんをいっぽん。にんじんをにほん。にんじんをさんぼん。よんほん。ごほん。ろっぽん。ななほん……調理台のうえに積みあがるにんじんにんじんにんじん。にんじんの山。いっぽんでもにんじんは、なんぼんあってもにんじん。


「これでトントンしたらきっとすぐにごはんができるね」

「マリクくん今だ! キッチンへ行って! 絵本の通りに料理を完成させて!」

「嘘だろ!? 人参オンリーで何つくりゃいいんだ!?」


 動けないジュンイチのかわりに、カミィの背後へまわる透明のマリク。気づかずカミィは再び包丁をトントン。

 仕方なくマリクはカミィの横でにんじんを輪切りにしていく。カミィのトントンにあわせて増えるにんじんの輪。チラと絵本を盗み見すれば、鍋を火にかけているイラスト。とりあえず人参のスープでもつくれば、絵本からおおきく外れることは無いはず。


 カットした人参をマリクがボウルに入れ終わったところで、やっとカミィの意識も包丁から離れ。


「あっ! にんじんができてる! ジュンイチくん見て。にんじんができたよ」

「そうだね。人参がカットされたね」

「おほしさまのかたちがいいなあ。もうちょっとトントンしてみようかなあ」


 マリクがジュンイチの様子をうかがうと、気だるげな金眼に、「やれ」と射抜かれた気がした。マリクの姿は透明で、見えるはずが無いのに。


 カミィが包丁トントンを再開してしばらく。

「わぁ。かわいい~。ちゃんとおほしさまになってる」

 カット人参は華麗な型抜きで綺麗な星型になり、ボウルを宇宙に仕立てあげていた。

 

「次はおなべグツグツ。ぐつぐつ……? ぐつぐつってなんだろう? 火がもえてるけど……」

 

 絵本のイラストからぐつぐつのヒントを得ようとしているカミィのそばで、マリクはテキパキと鍋に水を投入。味付けはコンソメと塩コショウ。中火で煮立てていると湧きあがるぐつぐつ音。


「ほわぁ。ぐつぐつなってる。じゃあ待ってればごはんできるかなあ」


 吸い寄せられるように鍋を覗きこんだカミィは、調理がすすんだことに安心したのか、座り込んで休憩タイム。少々飽きが来ているらしい。これ幸いとマリクは人参を鍋にいれ、あとは再び煮立つまで待つだけ。なんとか仕事をやり遂げられそうだ。


 鍋を火にかけているあいだに、使用した調理器具の片付けもしておこう。と、マリクがシンクへと移動したとき。


「そうだぁ! ごはんは甘いほうがおいしいね」


 カミィが唐突に立ちあがり、砂糖の大袋を手に鍋へ。透明のマリクがアクションを起こすわけにもいかず、ドバァアアア! と袋の中身がすべて鍋にイン!


「俺は知らねぇぞ」という意思を込めてマリクがジュンイチへ視線を向けると、何を考えているのか彼はニヤニヤとその様をじっと見つめているだけ。マリクは「はぁ」と誰にも聞こえないほどの小さなため息をつき、ぐつぐつ煮立つ甘い汁をかき混ぜて火をとめた。




「ジュンイチくん、ごはんができたよ! こっち来ていいよ」

 鍋の火がとまり、ぐつぐつがおさまって。カミィはじょうずにできたスープに大変ご満悦。キッチンへ向かいざま、ジュンイチが「ありがとう。もう帰っていいよ」と誰もいない空間に告げれば、衣擦れの音が玄関へと消える。

 カミィはそのやりとりにはもちろん気づかず、

「ハシビロコウさんのごはんは、くちばしがあるからね、長いお皿にいれようね」

 と、用意したワインボトルほどの高さがある陶器製の花瓶を胸に抱く。鍋から直接花瓶にスープをすくおうとするカミィから、「やけどしちゃうから僕がやるよ」とジュンイチが花瓶を譲り受け、絵本を模した”およめさんごっこ”は締めの段階に。


「はい、食べて」

「うん」


 ジュンイチは花瓶に直接くちをつけ、中身をいっきにあおって飲み干した。


「糖が多いね」

「えへへ。じょうずにできたねえ」


 カミィのはじめてのお料理は、こうして大成功により幕を閉じた。なお、「野菜はあんまりすきじゃない」という理由でカミィ自身はスープには手をつけず、カットされたフルーツとプリンを冷蔵庫からとりだして胃のなかを幸せで満たした。


 その後、絵本の通りにハシビロコウがウーパールーパーを食べ(・・)、翌日ふたりは帰宅。


 用済みとなったアパートの一室は、現在、家具付き・即入居可の条件にて、新たな住人を静かに待っているという。


 閑話八 END

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