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そしてふたりでワルツを【漫画版あり】  作者: あっきコタロウ
外伝(むしろメイン)

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62/76

番外七   再生のはなし

※メイン:蜘蛛 ジャンル:ミュージカル


 さいせいのうた。


*********


 夜。

 影。暗。黒。

 漠漠たる闇のなかで、蠢く八本足がひとつ消えた。

 

「あ、死んだ」「死んだね」「死んだな」「死んださ」


 動かなくなったひとつのまわりを、囁き声が取り囲む。


「どうする?」「次は誰?」「若いのがいい」「賛成」


「じゃあ、僕が」

「よろしく」「頑張れ」「楽しんで」「いってらっしゃい」


 望まれた若い声があがると、他の声達はそそくさと散った。空へ、森へ、街へ、砂地へ。それぞれの住処へ。


 蜘蛛。

 ここに集っていたのは蜘蛛だった。(やっ)つの足と、(やっ)つの眼。肉厚のお尻とふさふさの毛を持つ、小さないきもの。


 長かった足を縮こめてしわくしゃで地に転がる、絶えた命。

 その横で。

 残ったいっぴきは、穏やかに歌いはじめた。


「僕は今から新しい蜘蛛」


 お尻から糸を出し、ぴょん。歌いながら、蜘蛛は跳ねる。


「人間と一緒に旅をする蜘蛛」


 声は徐々に高らかに。紡ぐ糸はキラリ光ってアーチのように。


「受け継ぐもの。記憶。生活。からだ以外の全部。()にとっての森羅万象」


 ぴょん、ぴょん。舞い踊るたび糸は増え。

 網目、幾何学、ランダム結晶。

 張り巡らせて美しく模様を描く。


 ひと糸ごとに模様は重なり、密度は満ちて。組みあがってゆく、蜘蛛のからだよりも何倍もおおきな立体図形。白い糸で、城を編む。


「これだけあればいいかな」


 編んだ城からぶらさがり、全体像を眺めてこくり。若い蜘蛛はひとつうなずくと、近くの糸を触肢でピン、とはじく。


 ピン、ピ、ピピンピピ、ピピンピピ。

 小気味良く、リズムに乗って。ピンピン、ピ。


「通信、通信。みんなに向けて。教えて、教えて。死んだ蜘蛛のこと」


 それは無音の弾き語り。

 糸の振動は空気を伝い、水平線の向こうまで。


 しばらく待てば、揺れる城。世界中から届く返振動で、張った糸がピリピピリピリ。

 

「なるほど。なるほど。そうなんだ。」


 若い蜘蛛は振動を足先で感知。届いた返()を読み解いて、自分のなかへ取り込み咀嚼。鋏角ハミハミ、呪文のように繰り返す。

 

「僕は今からオイラ」


 震える糸は止むこと知らず。どんどん増える無音の波。

 ピリピリピリ、ピピピリ。デュオ(二重奏)トリオ(三重奏)カルテット(四重奏)


「最初は山、それから海を越えて、今は街」


 重なる振動。高まる鼓動。

 クインテット(五重奏)セクステット(六重奏)セプテット(七重奏)


「あんなこと、こんなこと。いろいろあったね死んだ蜘蛛。きみの冒険は、みんなが覚えてる。語ってる」


 流れ着く揺れる言葉をひとつも逃さず。

 オクテット(八重奏)ノネット(九重奏)、ついにデクテット(十重奏)


「今日からは、今からは。僕がきみ。全部、(やっ)つの僕の目で見てまわる」


 欲しかった情報を全て飲み下し、ピン、ピピピピ、ピピン。

 ”みんなありがとう。もうじゅうぶん”の気持ちを弾けば、返ってくる”どういたしまして”の波。


 そしてまた世界は静まり返り、闇のなか蠢く足八本。

 

「おつかれさま。アンタの役目は、オイラが引き継ぐさ!」


 最後の仕上げに、そばに転がる絶えた命に糸を巻く。くるくる、丁寧に。くるくる、敬意を込めて。

 できあがった蜘蛛糸の繭。白く光るお城に吊るせば、好奇心が眠る墓となる。


 これで”引き継ぎ”の儀式は終わり。

 何も知らない若蜘蛛はもういない。

 ここにいるのは、遠くからやってきた蜘蛛。人間と一緒に旅をして、(やっ)つの目で世界を見る蜘蛛。


 全ての記憶を受け継いで、からだは新しく、記憶は古く。

 蜘蛛は余韻を抱いて小さな声で歌いながら、ぴょんぴょんとその場をあとにする。

 いつもいっしょの相棒が、そろそろ目覚める時間。永遠の一瞬が今日もやってくる。


「空に(およ)ぐ鳥が()いて、ほらねはじまったよ世界再生」


 朝日が色づける薄明かり。いちにちのはじまりを告げる鳥の声。そこに交ざるは蜘蛛の旋律。


「オイラは蜘蛛。人間と一緒に海を越えた蜘蛛。山犬の住む森から、人間の街にやってきた蜘蛛」


 相棒の肩口から耳元まで這いコソコソくすぐれば、相棒は目をさまし、蜘蛛を優しく指先に乗せる。

 同じときを過ごすなか、何度も繰り返されてきた”代替わり”。違うからだでも、中身は同じ蜘蛛だと、相棒ももう知っている。


 相棒の指のうえ。蜘蛛は新しいからだを見せびらかすようくるりと一回転。舞台者(エンターテイナー)のように礼儀正しくおじぎして。

 

「おはよう、ゲツエイ。今日()楽しい日になるといいな!」


 

 番外七 END

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