番外七 再生のはなし
※メイン:蜘蛛 ジャンル:ミュージカル
さいせいのうた。
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夜。
影。暗。黒。
漠漠たる闇のなかで、蠢く八本足がひとつ消えた。
「あ、死んだ」「死んだね」「死んだな」「死んださ」
動かなくなったひとつのまわりを、囁き声が取り囲む。
「どうする?」「次は誰?」「若いのがいい」「賛成」
「じゃあ、僕が」
「よろしく」「頑張れ」「楽しんで」「いってらっしゃい」
望まれた若い声があがると、他の声達はそそくさと散った。空へ、森へ、街へ、砂地へ。それぞれの住処へ。
蜘蛛。
ここに集っていたのは蜘蛛だった。八つの足と、八つの眼。肉厚のお尻とふさふさの毛を持つ、小さないきもの。
長かった足を縮こめてしわくしゃで地に転がる、絶えた命。
その横で。
残ったいっぴきは、穏やかに歌いはじめた。
「僕は今から新しい蜘蛛」
お尻から糸を出し、ぴょん。歌いながら、蜘蛛は跳ねる。
「人間と一緒に旅をする蜘蛛」
声は徐々に高らかに。紡ぐ糸はキラリ光ってアーチのように。
「受け継ぐもの。記憶。生活。からだ以外の全部。彼にとっての森羅万象」
ぴょん、ぴょん。舞い踊るたび糸は増え。
網目、幾何学、ランダム結晶。
張り巡らせて美しく模様を描く。
ひと糸ごとに模様は重なり、密度は満ちて。組みあがってゆく、蜘蛛のからだよりも何倍もおおきな立体図形。白い糸で、城を編む。
「これだけあればいいかな」
編んだ城からぶらさがり、全体像を眺めてこくり。若い蜘蛛はひとつうなずくと、近くの糸を触肢でピン、とはじく。
ピン、ピ、ピピンピピ、ピピンピピ。
小気味良く、リズムに乗って。ピンピン、ピ。
「通信、通信。みんなに向けて。教えて、教えて。死んだ蜘蛛のこと」
それは無音の弾き語り。
糸の振動は空気を伝い、水平線の向こうまで。
しばらく待てば、揺れる城。世界中から届く返振動で、張った糸がピリピピリピリ。
「なるほど。なるほど。そうなんだ。」
若い蜘蛛は振動を足先で感知。届いた返振を読み解いて、自分のなかへ取り込み咀嚼。鋏角ハミハミ、呪文のように繰り返す。
「僕は今からオイラ」
震える糸は止むこと知らず。どんどん増える無音の波。
ピリピリピリ、ピピピリ。デュオ、トリオ、カルテット。
「最初は山、それから海を越えて、今は街」
重なる振動。高まる鼓動。
クインテット、セクステット、セプテット。
「あんなこと、こんなこと。いろいろあったね死んだ蜘蛛。きみの冒険は、みんなが覚えてる。語ってる」
流れ着く揺れる言葉をひとつも逃さず。
オクテット、ノネット、ついにデクテット。
「今日からは、今からは。僕がきみ。全部、八つの僕の目で見てまわる」
欲しかった情報を全て飲み下し、ピン、ピピピピ、ピピン。
”みんなありがとう。もうじゅうぶん”の気持ちを弾けば、返ってくる”どういたしまして”の波。
そしてまた世界は静まり返り、闇のなか蠢く足八本。
「おつかれさま。アンタの役目は、オイラが引き継ぐさ!」
最後の仕上げに、そばに転がる絶えた命に糸を巻く。くるくる、丁寧に。くるくる、敬意を込めて。
できあがった蜘蛛糸の繭。白く光るお城に吊るせば、好奇心が眠る墓となる。
これで”引き継ぎ”の儀式は終わり。
何も知らない若蜘蛛はもういない。
ここにいるのは、遠くからやってきた蜘蛛。人間と一緒に旅をして、八つの目で世界を見る蜘蛛。
全ての記憶を受け継いで、からだは新しく、記憶は古く。
蜘蛛は余韻を抱いて小さな声で歌いながら、ぴょんぴょんとその場をあとにする。
いつもいっしょの相棒が、そろそろ目覚める時間。永遠の一瞬が今日もやってくる。
「空に游ぐ鳥が哭いて、ほらねはじまったよ世界再生」
朝日が色づける薄明かり。いちにちのはじまりを告げる鳥の声。そこに交ざるは蜘蛛の旋律。
「オイラは蜘蛛。人間と一緒に海を越えた蜘蛛。山犬の住む森から、人間の街にやってきた蜘蛛」
相棒の肩口から耳元まで這いコソコソくすぐれば、相棒は目をさまし、蜘蛛を優しく指先に乗せる。
同じときを過ごすなか、何度も繰り返されてきた”代替わり”。違うからだでも、中身は同じ蜘蛛だと、相棒ももう知っている。
相棒の指のうえ。蜘蛛は新しいからだを見せびらかすようくるりと一回転。舞台者のように礼儀正しくおじぎして。
「おはよう、ゲツエイ。今日も楽しい日になるといいな!」
番外七 END





