表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そしてふたりでワルツを【漫画版あり】  作者: あっきコタロウ
外伝(むしろメイン)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

46/76

異聞三   ゲツトマ冒険記( ようこそ桃源郷 編)

メイン:ゲツエイ、トーマス ジャンル:温泉(温泉が出るとは言ってない)


 霧はむせ返るほどに味濃く、脳髄を煽る遠吠えが耳を射つ夜。

 とある険しい山道を、トーマスとゲツエイは進んでいた。


 人食い虎が出ると噂の山。旅人は迂回して街道を行くのが常で、人の立ち入りは少ないという。けれど迂回するより直線に抜けたほうが早いことは明白。虎の一匹や二匹、ふたりにとっては、遭遇したところで何ら障害にはなり得ない。

 今夜中に山を抜ければ、明日は新しい国に着くだろう。ゲツエイがトーマスを抱えて走れば、夜のあいだに抜けられる。


 そうして踏み込んだ山中の、ひらけた場所を通りがかったとき。

 夜の匂いに混じり、触れそうな敵意に囲まれた。

 ゲツエイの足が止まり、そっとトーマスを下ろす。


 刹那、飛来する矢。


 ゲツエイはそれを、シッと闇を斬る音をたてて弾き止め、掴み、前方へ投擲(投げ返す)

「ぐぁ」と、男の声が小さく響いて。


「盗賊の類か。ゲツエイ、良いぞ」


 引き金の言霊を受け、銃弾(ゲツエイ)は跳んだ。

 

 深緋(あか)が舞う。

 無味単調な岩肌で。

 一蹴にて空を裂き、血花が染めて大気に椿。


 数分後、最後のひとりを肉塊に変え、濃く赤い月光に照らされながら、ゲツエイは身を震わせた(絶頂)


 そのまま空腹を満たしはじめる道具(ゲツエイ)の横で、トーマスはあたりを見回す。

 転がる頭は数十。中規模の盗賊団だったと見える。注意深く目を凝らせば、少し先に穴ぐらが。

 なかを覗くと、縞模様の毛皮や干された肉、この国の貨幣が隅にまとめられていた。ここを根城にしていたのだろう。

 路銀の足しにと、盗品らしき貴金属を少々見繕って、懐へ。


「行くぞ」


 戻って声をかければ、”お弁当”を持ったゲツエイはぶるると振るい汚れを落とし、トーマスを抱え上げた。



 それからまた代わり映えしない景色が過ぎて。

 明けが近くなった頃、ふいに鮮やかな色が視界の端にちらついた。


「ちょっと止まれ。降ろせ」

 言われた通り、ゲツエイはトーマスから手を離す。


「アレを取ってこい」

 トーマスが指したのは獣道。茂る緑の奥の奥、果物の成る木があった。ちょろちょろとした水音も微かに届く。

 だが、いつもならすぐに動くゲツエイが、このときばかりはじっとそちらを見つめるだけ。


「どうした? 行けよ」


 ゲツエイは、首を横に振った。


「なっ……!? どういうことだ。どうして言うことを聞かない? 行けよ、ゲツエイ!」


 深緋の瞳は揺れることなく、静かに群れの仲間(トーマス)を見据える。


「…………そうか。じゃあもういい。お前もいらない。道具のくせに、反抗しやがって。俺様はひとりで行く。お前もここで、さようなら、だ」


 最後まで何も言わぬゲツエイに背をむけて、トーマスは木々のなかへと立ち入った。振り返ってなどやるものか。背中に足音は、ついてこない。





 踏み込んだ地帯はまるで桃源郷。

 この一帯だけ、別世界のよう。


 樹上で寛ぐ果実は多様で、俗世の季節を感じさせず。ためしにひとつもぎとってみれば、熟れた芳香が甘ったるく鼻孔を抜けた。


 一歩進めば桃色に囲まれ、もう一歩で真紅の情景。さらに奥では紫が。一寸先には何があるのか。絶妙に不鮮明な景色が好奇心を撫で擦る。ぬかるんだ地面は沈み込むように両足を誘い、万華鏡のように変化してゆく極彩色。


 奥へ進めば進むほどに気温も上昇しているよう。取り巻く空気は生温かく、いつしかじわりと汗ばむほどになる。

 霧は密度を増し、幻惑の(もや)に覆われて。


 ふと、知っている香りがツンと。


「硫黄の匂い?」


 ボトリと音がして振り返れば、黒い果実が崩れて溶けた。

 まとわりつく臭気が徐々に不快なものへ変わる。


「そうか、地熱で」


 硫黄の香りは、近くに温泉か何かがあるのかもしれない。

 しかしそれを探す気には到底なれなかった。


 気がつけば周囲は腐り落ちた果実だらけ。ドロリと醜悪な姿を晒す汚物達。


 最初はたしかに霧だったはず。いつから蒸気になったのか。白く狭められた視界と、熱気で弱った思考力のせいで、思った以上に奥まで来てしまったらしい。


 自然の魔力。偶然が重なって、迷い込みやすい地形となった場所。ここも、世界中にあるそういう場所のひとつなんだろう。


「チッ」

 腹立たしくも、八つ当たりできるものも無く。


 引き返そうとしたトーマスの背後で、「ぐるるる」と、低い唸り声がした。


「虎か!」


 トーマスは咄嗟に銃を取り出し、引き金を引いた。


 轟音。虎の右目に命中。


「ガオオオオオッ」

 怒った虎が猛り狂い向かってくる。


 跳躍した虎に向かい二発、三発。左目、眉間。

 命中はしても、飛ぶ虎の勢いは止まらない。


 不快極まりないが、衣類が汚れる覚悟で走って避けねばならないと覚悟したとき。



 紅い閃光、流線(えが)き。



 虎のからだがふたつに割れた。

 スパンと左右に開かれて、どしゃりと地に落ち緩やかに大地を濡らす。


 中央に立つのは、双角の面。

 

「いらないって言ったのに。ついてきてたとはな」


 振り返ったゲツエイが面をあげると、普段は首にまいている布で顔の下半分を覆っている。自ら呼吸を制限するその意味は。


「匂いか」


 たずねれば、頷きがひとつ。


「フン。お前はやっぱり使える道具だよ」


 あの分かれ道ですでに、腐った匂いを感知していたから。立ち入れば惑わされる危険を知っていたから。どちらでもいい。理由に興味はない。

 結果的に、無駄足になるとゲツエイには分かっていたらしい。


「さっさと山を抜けて次の街へ行くぞ」


 ゲツエイはこくりとまた頷いて、トーマスを抱え、跳んだ。もうすぐ、完全に日が昇る。




 ふたりが去った山は静寂に包まれ、生きものの気配は無く。甘い香りを漂わせながら、次に迷い込むものを待っている。


 ここは魔の山、武陵桃源。


 おいでませ、おいでませ――呼び声は、霧と共に。


 異聞三END

 その後の山の様子はこちら。


 石川翠様著「[連載版]龍の望み、翡翠の夢 番外編〜おまけの小話〜」

 34.暴虎馮河(https://ncode.syosetu.com/n6097du/34/)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コメントを送る
↑ご感想はこちらから

egrzemshb61t631d4u4acx6ja3zs_r8_dw_2s_27
ちびワルツ!【コラボ集】
webサイト【漫画版はここから】
動画【登場人物のイメージ動画】
小説家になろう 勝手にランキング
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ