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最終話   終幕:ある晴れた日のキャロル

 国は今、新しい体制をつくり上げている最中だ。


 王族の最後のひとりだったトーマスが消え、統治者が居なくなり、混乱するかと思われた国内。

 しかし、意外にもあっさりまとまることになった。


 反乱のあったあの日、ジュンイチに言われた通り問題の部屋へ駆け込んだヘルトゥ。

 彼はそこでマリクから事情を聞き、すぐさま「王が居なくなった」と各陣営へ伝達。すみやかに停戦を促した。


 もとより王の独裁により起きた反乱。その王が居なくなったとあって、反乱軍側に戦う理由が無くなった。

 城陣営側にとっても、攻めてこられたから応戦しただけのもので。

 主が居ないのに、一体何を守ればよいのか。


 反乱軍は、勝った。


 たしかに勝った……のだが、あまりにあっけない終わり方。何せ、捕まえて尋問しようとしていた王が影も形も無く消えてしまったというのだから、実感がいまいちわかない。


 狼狽える、はたまた放心する者達の前で、ヘルトゥは声高らかに説いた。

 自らが過去に犯した過ちの一部を。滅んでしまった国の話を。もう二度と繰り返してはならないと。


 そうして、その場から教会、(貴族)、市民、スラムの代表者をすばやく決め、彼らをとりあえずのリーダーとし、言ったのだ。

「新しい国の体制を、皆が納得できるかたちで、これからつくりあげていけばいいじゃないか」。


(ちなみに、スラムの代表を決めるとき「君、やってみないか?」とヘルトゥが誘い「やらねーよ。めんどくせー!」とマリクが辞退するやりとりがあった)


 そういうわけで、連日代表達による会議が開かれ、ヘルトゥも助言をする立場として加わり、現在国は新しくうまれかわろうとしている。





 ジュンイチとカミィは、宣言通りに結婚した。


 怪我の治療が済んだあと、カミィはジュンイチによって自宅へ送りとどけられた。

 仕事で長期不在だったため反乱を知らなかったカミィの父は、ボロボロのカミィの姿を見て言葉を失った。


 ジュンイチが事情を説明し、そのついでとでもいうように、

「それと、僕達結婚することにしたよ」

 なんて報告したときには、カミィの母は言葉だけでなく気も失ったほど。


 けれど、ジュンイチがカミィの命を救ったこと、侯爵の地位である吾妻家の当主であること、それになにより、無理に嫁がせた結果を聞いて、両親はこの報告に異を唱えることはしなかった。


 そして、撃たれた傷が良くなった頃、ふたりは小さな結婚式を挙げた。


 参列者はカミィの両親、そしてセバスチャンだけ。

 マリクも一応招待したものの、欠席の返事が届いた。


 誓いの儀式のとき、カミィの指には、ジュンイチがマリクから託されたあの指輪が嵌められた。約束を守り続けた証の指輪はやっと役目を終えて、あるべき場所にそっと収まって。


 そうして夫婦になったふたりが吾妻邸にて共同生活をはじめてしばらく。

 事件は起こる――。



*


 

「ジュンイチくん! わたしのプリンが無くなっちゃった!」


 これは大事件だ! と、愛する夫の書斎に駆け込んだカミィが目にしたのは、まさにそのプリンの最後の一欠片を口に放り込もうとしているジュンイチの姿。


「あ。ごめんね、糖分が欲しくて。僕、食べちゃった」


 ジュンイチはポリポリと頭を掻きながら、スプーンを口にくわえてバツが悪そう。

 カミィは目にいっぱいの涙をためて、


「ふえぇ! わたしのプリン。ひどいよぉ。ふえぇん」

「泣かないで。新しいの買ってあげるよ。百個でも二百個でも食べていいよ。おーい、セバスチャーン!」


 呼ばれてやってきた老執事の目に飛び込んだのは、泣いてしまっている奥様と、それをじっと観察している主人の姿。


「どうなされました?」

「プリン食べたら泣いちゃった。ああ、本当に、夫婦というものは難しくも面白い。この出来事はレポートにまとめておこう。プリンを食べると泣いてしまう、と……」


 ふえぇん、から、シクシク、に変わってきた泣き声の横で、主人はやや興奮気味に、ガサガサと紙の山を漁りはじめる。

 積み上がっていた紙の束が雪崩となって、部屋の床を埋めた。


「それでは私が、別のプリンを用意してまいりましょう」

「クリームの乗ったやつがいい」


 その場で膝をついて一心不乱にペンを動かすジュンイチと、鼻をかみつつちゃっかり要望を述べるカミィ。

 若い夫婦を微笑ましく思いながら、セバスチャンは振り返る。


 そして部屋から一歩踏み出そうとした次の瞬間。


 右足が、ジュンイチの散らかした紙の上をすべり、空を切って、視界が急激に半回転。

 ゴッ! という硬い音がしたかと思ったら――


 彼は床にひっくり返っていた。


*


「骨に異常は無いから、ただの打ち身だね。一日休息をとれば、明日には動けるよ」


 ジュンイチの診察を受けて、ベッドに横たわったセバスチャンは眉を下げた。


「申し訳ございません。まさか滑って転んでしまうとは。このままでは、本日の執務に支障をきたしてしまいます」


 時計の短針はまだ真上にすら到達しておらず。

 一日ゆっくり休息、というには早過ぎる時間。



「困ったな」

「まことに……。実のところ、ご結婚なされて坊ちゃまも屋敷で過ごされることが増えましたし、人員を増やそうと考えていた矢先でございました。もう少しはやく行動にうつしていれば」


 ジュンイチは「へえ」と一言。


「それって、何か条件ある?」

「若く健康で、信頼できる、あわよくば坊ちゃまの友達にもなりえるような人物。が一番の希望でございます」

「友達っていうのは難しいけど、若くて健康なら、心当たりがある。連れてこよう」


 ジュンイチはおもむろに立ち上がり、隣に座る妻の手をとった。


「カミィちゃん、出かけよう」

「うん! じゃあ、お菓子屋さんにも行こうねぇ」

「いいよ」

「わぁい。クリームの乗ったプリン買おうねぇ」

「いいよ。セバスチャンは、僕が帰るまで寝てて」


 仲良く部屋を出るふたりを見送って、セバスチャンは言われた通りに目を閉じた。

 主人は、変わった。今の彼は、よく、笑う。



*




「やあ、元気?」


 間延びした声が、風とともに頬を撫でる。

 聞き覚えのある声に振り返ったマリクの視界に飛び込んだのは、ヘラヘラと笑って片手をあげる白衣。予期していなかった客の訪れ。


「ああ!? 何しに来た」

 

「なんスか!? 誰スか!? オレら今から仕事行くんだけど!?」


 ボコがチョロチョロと突然の訪問者を威嚇するも、「こんにちはぁ」と、ジュンイチの後ろからカミィが姿をあらわせば、とたんに勢いをなくして頭を下げた。

「あっ、こ、こんにちは……ッス」

 口を固く結んでマリクの後ろに立つデコに向かって、「やべーよ。可愛い女のコだ。ボスとどういう関係!? てかアレ? あのコなんか見たことある系?」と、小声で話しかけている。


「うるせーな。ちょっと静かにしてろ!」

 部下達を怒鳴りつけ、数歩進み出て招かれざる客と対峙。

 近づくと、厄介事の匂いがした。


「わざわざこんなとこまで、何の用だ」

「マリクくん。うちで働いて」



「……は?」



「じゃ、行こう」

 ジュンイチは、事態が飲み込めず立ち尽くすマリクの腕を掴み、そのまま人さらいよろしく連れようとする。


「待て待て待て待て! おい! 何だどういうことだ!? おい、待て!」

 早口で騒ぎ立てても、抵抗むなしくずるずる引かれ。


「待てっつってるだろーがよっ!」

 殴りかかろうと拳を上げれば、後ろに目がついているのかと思うほど無駄のない動きで避けられ、流れるような動作で拳をキャッチ。デジャブ。


「くそっ! お前はあいかわらず空気が読めない!」

「何か不満がある? お給料はちゃんと払うし、住み込みの部屋だって用意する。ここよりずっと広いし、ベッドだって上質。生活環境はずっと快適になるよ」

「そういう問題じゃねーんだよ。俺にはもうすでに仕事があるんだ。なあ。デコ、ボコ?」


 ふたりの部下に向かって問えば、返って来たのは「え? なんスか?」と、気の抜けた返事。カミィと話し込んで、まったく聞いていなかった様子。


「あのねぇ。マリクが、わたしとジュンイチくんのおうちでお仕事したらとっても良いなって思ったんだって」

「あ、なるほど。そッスねえ! ボス、行ってもいいスよ! オレら仕事のやり方はわかるから、引き継いでやりますよ! いいなあ、貴族のお屋敷に住めるのかぁ。すげーいい暮らしッスね! あ、たまに遊びに行っていいスか?」


 うらやましッス! と全力の笑顔で、おそらく本気でそう思っているであろうボコと、その横でただ頷くだけのデコ。部下の裏切りに、開いた口が塞がらない。


「決まりだね」

 頷いて、ジュンイチは再びマリクを引きずりはじめた。


「待て! ちょっと、強引すぎねーか!?」

「欲しいものは自分で取りにいけって言ったのはマリクくんだよ」


「お前……馬鹿野郎」

 マリクは観念して吾妻邸で働く決心をした。




 きっとこれから、今までよりもっと楽しい毎日がはじまる。

 そんな予感に包まれた、ある晴れた日のことだった。

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