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第二四話   ☆運命の女神よ、我らを導きたまえ※


「痛ッ!」


 反射的にあげられた声はトーマスのもの。

 その右腕には血が滲み、取り落とされた銃が床上で無機質に音を鳴らす。





 引き金がひかれるその瞬間。


 やめろ、と叫びジュンイチはメスを投擲。メスは見事に的を切り裂き、銃の狙いを狂わせた。カミィの心臓めがけて飛び出した鉛玉は、幸か不幸か、脇腹へ命中。


「なんてことを!」

 ジュンイチは血相変え、意識を失った少女の元へ。


「どいつもこいつも俺様に歯向かいやがって!」

 血の滴る腕を押さえて、トーマスは憎々しげに吐き捨てる。

「もういい。こんな国はもう要らない。俺様は俺様の理想の国をつくり上げてやる。さようなら、だ。ゴミども!」

 行くぞゲツエイ! の合図で巻き起こる突風。刹那、ふたりの姿は部屋から消失。


「なっ! 消えた……。おい、見たか? 消えたぞ!」

「そんなことはどうでもいい!」

 ジュンイチは驚くマリクを一蹴。少女に寄り添い跪けば、小さな身体から溢れる赤黒い液体が白衣を濡らす。


「ああ、大変だ。はやく治療しなきゃ」

 ベッドのシーツで手早く止血処置を施し、すぐに彼女を抱えて立ち上がる。


「医務室は下だ。ホールの少し奥」

「ありがとう」

「待て。これ持っていけ」

 マリクが投げ渡したのは、首から下げていた指輪。


 ぐったりとした少女を抱いたままで、ジュンイチはそれを器用に受け取り走り出した。


*


 全速力で廊下を駆ける。


 途中、薄紫色の髪の男と遭遇。男はすれ違いざま、ジュンイチが抱えた少女に目を向け、

「后!? 何があった?」

「二階最奥の部屋へ行けば分かる!」

 ジュンイチは止まらず、振り返らず、そのまま疾走。

 

 少女の顔色は刻一刻と悪化の一途をたどる。

 医務室に到着したときには呼吸も弱まり、予断を許さない状況。


「死んじゃだめだよ」


 寝台に寝かせ、即座に治療開始。

 血液で皮膚に貼り付いた衣服を剥がし傷を確認。近距離からの射撃に加え、患者が細身、小柄であったことが幸いしたらしく、弾は貫通している。が、出血が酷い。傷口をメスで広げ目視。付近の内臓に損傷は無し。


 消毒薬、抗菌剤、鉗子、ハサミ、ピンセットに針に糸。必要器材を探し出し外科治療を行うも、依然患者の容態は変わらず。


挿絵(By みてみん)


 危惧していた事態。

 出血量から判断して、このままでは失血による死を引き起こす可能性がある。くまなく室内を探索するが、輸血バッグは発見できず。


「研究室に戻ればあるけど」

 車に乗せても、今の様子では患者が移動に耐えられないだろう。


 残る選択肢はひとつ。


「……直接輸血法」


 他人同士の血管と血管を直接つないで輸血する方法。舞踏会で入手した包帯から調べた彼女の血液型は、自分の血液型と同じ。もとより、この血液型は有害な反応が起こりにくい型だ。ならば不可能ではない。


 しかし、リスクは甚大。

 点滴フィルタを通さず生の血液を直接他人に流し込めば、拒絶反応で重篤な後遺症が残ったり、死亡する可能性がある。あらかじめお互いの血液を混ぜて反応を確かめる検査ができればより安心だが、今はその時間すら惜しい状況。



「でも、何もせず放っておけば確実に死ぬんだ」



 迷っている暇は無い。

 瞬時に判断し、ジュンイチは自らの右腕とカミィの左腕を固定。それぞれの手首を切開、自分の動脈と少女の静脈の口を合わせ吻合(ふんごう)


 繋いでほどなく、少女の唇と頬に赤みが差しはじめたら、再び血管を切り離し、それぞれもとの持ち主のものと繋ぎあわせ体内に収納して、施術終了。




 最善は尽くした。


 

 今度は自分が血を出しすぎた。

 貧血により視界が点滅し、意識が途切れかける。血と汗で汚れたシャツの重さが気にかかるほどに、体力を消耗している。いつにも増してダルく、肉体は休息を欲している。



 だが、それよりも今、痛烈に精神を支配しているのは――。



挿絵(By みてみん)


 ジュンイチは寝台に横たわる少女の手を両手でそっと握り、


「あのね、僕、実を言うと、感情っていうものがよく分からなかったんだ。怒り、悲しみ、恋、不安、恐怖。原理としては理解していたけど、実際に感じたことは無かった。体感したことがあるのは、研究して謎を解明する楽しさ。それと、退屈。それだけだった。誰かが死んで涙するとか、人と会話をして面白いとか、知らなかったんだ」


 穏やかに眠る少女に向けて、独白は続く。


「だから僕は、自分は感情機能の一部が欠如してるんだと思ってた。それでも不便は無かったから、特に問題視もしてなかった。でも、違った。僕のなかには、実際は膨大な感情が埋もれていたらしい。カミィちゃんに結婚を断られたとき、最初はただ、研究がひとつ終了しただけだと思った。でもそれだけじゃ説明がつかない喪失感に襲われた」


 忘れようとして、意図的に他の研究にのめり込もうとしたことを回想し、自嘲する。


「ひとりでは知ることができないいろいろなこと、全部カミィちゃんを通して知ったんだ。他のだれかで代用が利く”きみ”じゃなくて、カミィちゃんじゃなきゃダメなんだ。今だって、カミィちゃんを失うかもしれないと思うと、非常に耐え難い。これが恐怖なんだね」


 腕の震えもそのままに。


「人はいつか死ぬって、それが当たり前だって、知ってるけど。理解はできても納得できない。カミィちゃんに生きていて欲しい。知りたいことがまだまだたくさんあるから」


 握った手を、額に押し当て。


「こういうとき、みんなは祈るんでしょ? 『運命の女神よ、我らを導きたまえ』。神の存在は証明されてないけど。今だけは、何にだって縋りたい気分だ。カミィちゃんが生きてそばにいれば、僕は、他に何もいらない」


 だから、お願い。

 またいろんな姿を、見せて。




 気づけばいつの間にか外の喧騒は収束している。祈り終えれば静寂が訪れ、室内に反響するのは微かな呼吸音だけになっていた。

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