第十七話 ☆ああわびしきかな、続く契の現は憂し※
大きいお城のすみっこにある、何もなくて寂しいお部屋。廊下に出るドアには外から鍵がかかっていて、カミィはずっと部屋のなかでひとりぼっち。
ももいろのまるになろうと思っても、はりねずみさんが来てくれない。絵本のなかにはちゃんと居るのに、名前を呼んでもお返事が無い。何もできないでじっとしてるだけでも、夜は毎日やってくる。
仕方ないから、カミィは毎晩、お手紙を書く。届かないお手紙は、集めてつなげて「日記」って呼んだ。
今日もベッドのなかでお手紙を書いてると、バルコニーからコンコンって音がした。
「なんだろう?」
カーテンのあいだからそっと覗くと、夜のなかバルコニーに立っていたのは、外と同じ色のコートの知らない男の人。
「ほわ――!」
飛び出しそうになったびっくり声を、カミィはなんとか両手でストップ。男の人が「しーぃ!」とナイショのポーズをしてるから。その人は「ここをあけて」と、鍵のところを外からツンツン。
言われた通りに鍵を開けたら、外と中がひとつになった。でも、外は暗くて遠くは見えない。
「お前、開けろって言っといてなんだけど、俺が危ない奴だったらどーすんだ。もうちょっと警戒心を……あーいや、今はそれはいい。その、覚えてるかわかんねーけど、えっと、久しぶり……だな」
「久しぶり?」
そういえば、ショコラクリーム色の肌に、暗いところでも見える銀色の髪、お口のなかには狼さんみたいに尖った歯。この人は――。
「マリ……ク! マリクだぁ! わぁ。どうしてここに来たの?」
こどものときに森で会ったお兄さん。カミィは自分を助けてくれたその人の手を握ってピョン。マリクの手は、やっぱり大きくて温かい。
「お前が困ったときに、きっと助けてやるって、約束したから」
小さいときも今と同じみたいに、出口が見えない迷路で困っていて。
そんなときにやってきた銀色のナイトさん。
あのときは嬉しくて、キラキラ石の宝物をあげてもいいって思ったのに。
握った手を離すと見える、マリクの首にかかってる指輪。宝物にしてた本物のきらきら石。忘れちゃってた失くしもの。だって宝箱には、別のものを入れたから。指輪はもう宝物じゃない。
どうしてだろう。困ってるのは同じだけど、今の宝物はあげられない。
「そんなことも、あったねぇ」
「お前、やっぱり忘れてたろ」
マリクは困った顔で笑ってる。
カミィよりも困った顔で。
「わたしが困ってるって、どうしてわかったの?」
「薄紫の髪をした男のことは知ってるか?」
「お城の廊下で会ったよ」
「そいつから、お前が辛い思いをしてるらしいって聞いてきたんだ」
準備は整えた。と、マリクが指したところにあるのは、高い塔のお姫様が髪を編んで垂らしたみたいに太い紐。風でゆらゆら、カミィの部屋のバルコニーから、ずっと下のお庭まで。
「俺がお前を逃してやるよ」
いたずら好きのコヨーテが、お腹をすかせて呼んでるみたい。
ここからちょっと足を出せば、風の匂いがするでしょう。ホップステップジャンプでそこはもう迷路の外。おいで、おいで。逃げちゃおうよ。
でも。
「それはダメだよ」
フレームのなかで、薔薇の花が見てるから。
「な……んでだよ! お前、王に傷つけられてんだろ? 俺が助けてやる。俺を頼っていいんだ。そういう約束じゃねーか」
「違うよ。いじわるされてるんじゃないんだよ。あのね、トーマス様は、ママのことも知らなくて、ひとりぼっちのはりねずみなの。とげとげがあるから、痛いの。でもね、ひとりぼっちは寂しいんだって。それで、わたしはももいろのまるになるから、はりねずみさんとお友達になるんだよ」
「はあ?」
マリクは本当に不思議そうな顔をして、
「お前、何言ってんだ? ひとりぼ――ちっ!?」
急に、すごーく強い風が吹いた。ビュウと音がなって、目をあけていられないくらい。
風が止まってカミィが目をあけるとそこには――何も、無くなっちゃってた。
「マリク!?」
マリクがいない。バルコニーも無い。ちょっと目を瞑ってるあいだに、全部消えちゃった。さっきまでマリクが立ってたところから下を見ても、真っ暗な夜がお口をあけてるだけ。
「何事ですか!?」
慌ててお部屋へやってきた兵士にお話しようと思っても、何が起きたのかカミィにも分からない。
「あ、あぅ。か、かぜが吹いて、バルコニーが、壊れて、あの……無くなっちゃった」
「そんな馬鹿な」
何もないお外に向かって、兵士はポカン。
*
――ガサガサガサ! と。
葉と枝が擦れ合う音を盛大に響かせて、マリクは背中から着地した。
幸いにもかすり傷をいくつかつくった程度で済んだのは、背の高い植え込みと柔らかい腐葉土がクッションとなったおかげか。
「痛って……どうなってんだよクソ!」
見張りに見つかる前に離れなければ。
向かい風に抗って歩きだす。
相手が忘れていようとも、約束はずっと現在進行形。返す機会を失って、指輪は今もまだ胸元で揺れている。
花束を手に来ていれば、別の答えが聞けただろうか?
「俺じゃ駄目だってのかよちくしょう……俺だって、親なんか知らないで生きてきたってんだよ。クソッ。馬鹿野郎」





