チートに頼らない俺TUEEE
長大な山脈に挟まれた二つの国――帝国と王国――は古の時代より争ってきた。
争いの原因は誰も覚えていない。遥か太古の時代より血みどろの歴史を歩んできていた。たまに戦争をしない期間があるものの、次の戦争に備えることを決して忘れることは無かった。
ある時、皇帝は思った。戦争に勝つのではなく、敵の王国を消し去ればいいのではないかと。すべてを消し去ることは難しくても、敵の王都を王族ごと消し去れば勝てるのではないかと。
皇帝の行動は早かった。
帝国一番の『魔法使いミアジン』に王命を下す。曰く、『敵の王都は消滅せしめろ』
ミアジンにはあらゆる権限が与えられた。潤沢な資金。優秀な人間の徴用。希少な素材までもが惜しげもなく与えられた魔法使いは精力的な研究を行った。
帝国の人間は誰も敵の王都を消滅できるなど信じていなかった。命令を下したはずの皇帝でさえ、『あれは気の迷いであった』 と親しい人間に漏らしているほどであった。
しかし、一度下した王命である。覆すわけには行かなかった。その上、国家の計画として走り出してしまったために止めることも難しく、失敗するまで見守るしかできなかった。
計画は成功した――少なくともミアジンは成功すると主張した。
ミアジンの計画は極めて単純である。巨大な物体を高速で敵の王都にぶつけると言う方法であった。お互いに数百年前から同じ方法で攻撃を行っているから目新しい方法ではなかった。が、攻撃に使用される物体が問題であった。
帝国の南方に存在する大砂漠の巨石を利用すると書かれていたのだ。
巨石の大きさは、推定全長十キロメートル。推定全幅五キロメートル。推定厚三キロメートル。推定重量四〇〇〇億トンの巨石であった。
誰もが反対をした。昔からお互いに攻撃を行っていたから、攻撃は成功しない――どころか、反射魔法を使われたら帝都が消滅するとの主張であった。
ミアジンは一笑に付した。
王国の人間がどんなに優秀であっても、音の何倍もの速さで飛来する巨石に気が付くことは無い。仮に気が付いたとしても、発見から反射魔法を使用するまでの時間的な余裕はほとんどなく、仮に間に合ったとしても、巨石の大きさから反射までには至らず、わずかに速度を緩めるのが精々である――との主張であった。
皇帝は逡巡した。あまりにも荒唐無稽な方法ではないか。失敗したら同じことを王国がやってくるのではないかと悩んだ。
ミアジンは囁いた。
「一度だけやってみましょう。少しだけ手を加えれば我々がやったとはわからなくすることができます」
◆ ◆
帝都より南方の大砂漠では、多くの魔法使いたちがせわしなく働いていた。
数千人の魔法使いを集めた攻撃計画は極めて単純なものである。
“浮遊魔法”を唱え、巨石を砂漠から浮かばせる。浮かばせた巨石を“透明化魔法”で見えなくした後に“転移魔法”で上空に転移させた後に“加速魔法”で王都へ発射すると言うシンプルな方法であった。
透明化魔法を使わなければもう少し労力を減らせたであろうが、これだけの規模になると誤差の範囲であろう。
「ミアジン殿、すべての準備が完了しました」
軽くうなずいたミアジンは、早速、攻撃の命令を下した。
魔法使い達が浮遊の魔法を唱える。砂漠に姿をほとんど隠した巨石が少しずつ姿を現す。巨石が浮かび上がった分だけ砂が流れ込み流砂があちこちで発生する。何も知らずにいたのなら巻き込まれていただろう。
完全に地表に現れた巨石の大きさに目を見張る。想定していたものよりも一回りほど大きいのではないだろうか。
ミアジンは予定を変更し透明化魔法を王国から視認できる範囲にのみ止めた。
部分的に透明化された巨石を魔法使いたちは高空――高度一一〇〇キロメートルの宇宙へ転移させた。
何故か? それは、巨石の弾道を制御することが不可能だからだ。
加速魔法は指向性を持った加速を行うことはできるが、緩急をつけた加速はとても難しく、コントロールできないのだ。そのために巨石を出来るだけ高いところまで上げて、直射させるしかなかった。
ここから、王都までの距離はおおよそ四〇〇〇キロメートルであるから、高度一一〇〇キロメートルで十分であった。
高空に転移させた巨石には予め加速魔法が付与してある。高さの関係で直接魔法を唱えても唱えても届かないからだ。時間になれば自動的に巨石は加速をして、目標に飛んでいくのである。
◆
ゆっくりと移動し始めた巨石が急加速を行う。
巨石とは言え、破壊力を最大にまで高めるのならばできるだけ早い方がいいだろうと考えたミアジンの手によるものだが――これは、いささか……
巨石は音速を軽々と越え、数分後には音の速さの四十倍に到達した。
王都の人間は誰も隣国の――帝国からの攻撃であるとは気が付かなかった、
帝国の人間は自分たちのやったことだとは思わなかった。
重量四八〇〇億トン。速度マッハ四十の巨石は、王都の北西七キロの地点に落下した。放たれた衝突エネルギーは、十テラトン。六五〇〇万年前に地球に落下した隕石のエネルギーが推定十五テラトンだと言うから、想像を絶する規模であることがわかる。
衝突のエネルギーで一瞬にして半径数百キロの物体は原子の塵に還り消滅した。放たれたエネルギは、熱や光や衝撃波となって惑星に広がっていく。衝突の衝撃で発生した地震により、なんとか即死を免れた地域も完全に破壊された――どの道助かりはしないのであるが。
帝国とて例外ではなかった。巨石の落下地点から離れていたので、被害は王国に比べ小さいものであった。が、時間が経つにつれ世界中に広がっていった塵に帝国も覆われはじめた。
塵が全てを覆い尽くし氷獄が世界を支配する。
帝国は自らの滅びと引き換えに王国を消滅させることに成功した。
目標は達成した、勝利である。
皇帝と魔法使いの願いは叶ったのである。
世界の滅亡と引き換えに。
シンプルで超威力いいよね……