-白い薔薇が染まる時-
目の前には真っ白な薔薇のアーチ、その奥には白や赤の薔薇園が広がっていた。
そして、白い薔薇は血を吸って赤くなる…。
私の頭にグルグルとその言葉が回る。
『大丈夫、きっと薔薇は目覚めない。』
『アリス気をつけて、薔薇は全てを狂わしたり迷わしたり惑わしたりするからね』
そっとそっと薔薇のアーチをくぐる私の後を、ふわふわと飛ぶチェシャ猫は私に変な事を言う。
『起きなきゃ問題ないわよ』
『そうだね、起きなきゃ問題ない。』
アーチの先には薔薇の木の壁の迷路が続いていた。
『血を吸わなければとても素敵なところね…』
『血を吸わせると赤くなってもっと綺麗になるよ』
『いやよ、私は一滴もあげたりなんてしないんだから…。今何か聞こえた?』
気が可笑しくなりそうな程長い薔薇の迷路を、ゆっくり進んで行き
帰り道もわからなくなってきたあたりに、微かに何かを引きずる様な音が聞こえた。
【ズズッ…ズズッ…】
『何の音?』
『薔薇が起きたね』
【ズズッ…ズズッズズズ】
周りの壁を見てみると、棘のついた蔦がウネウネと動き、薔薇の花も蔦にのせられ動いていた。
痛みを感じたのは、逃げようとした直後だった。
『いたっ!?』
針の様なものが足首に絡まり私は前へと転けてしまったのだ。
足を何かが引っ張るが、それは薔薇の蔦だと直ぐにわかった。
棘の蔦が足首に食い込んでいる。
『痛いっ…!』
這いつくばる様にもがくが、余りの痛さに足を引っ張ることが出来なくなっていた
周りを見ると、薔薇はさっきの白い薔薇とは違い、真っ赤な薔薇に変わっていた。
『チェシャ猫…どこ!』
チェシャ猫の姿を探すが、さっきまでいたはずのチェシャ猫はおらず、声だけが聞こえた。
『アリス!!』
今まで聞いたことのない大きな声で叫ぶチェシャ猫の声と共に、何かを切り裂く音が聞こえる。
そして、その音と共に薔薇が散っているのはわかった。
チェシャ猫は私の側で、薔薇と戦っているらしい。
私は、チェシャ猫の言葉を思い出した。
狂わす…。
どうやら私は視覚を狂わされた様だ。
『チェシャ猫…!』
意識が朦朧として行き、フィルムが巻き戻されたかの様に昔の記憶が蘇る。きっとこれも薔薇に見せられているのだろう。
ふわふわとした気持ちだ。
このまま、薔薇に殺されても本望だとさえ思えてくる程に心地よくなっていく。
この記憶は、幼い私と両親とで遊園地に行った時の記憶。
私はウサギさんから風船を貰い、小さなジェットコースターにも乗った。
それから…。。
『ありすー!起きなさい!』
『っ!?あれ…私の部屋??薔薇の壁は??』
目が覚めた私は自分の部屋にいた。
目の前には私を起こす母がいた。
『薔薇の壁??まーたメルヘンな夢でも見てたの??今日は、お誕生日会でしょ??』
時刻は7:50くらいになる
『誕生日は明日よ…』
『友達呼んで今日、誕生日会するって言ってたじゃない』
『あー!そうだった!服届いた?!』
『ええ、買っておいたわよ』
差し出されたのは、赤いレースがつき、腰には大きなリボンの付いた黒がベースのゴシックワンピース。そして、白と黒のシマシマの靴下に黒い靴。どこかでみたことがある気がした。
一日早めの誕生日会にワクワクする私。
『わー!イメージ通りよ!ありがとう!誕生日会なんて初めてだし凄く楽しみ!!』
『アリスはずっと楽しみにしてたもんね』
母もニコニコと笑っていた。
そう言えばどうして私は一日早めに誕生日会をしているのだろうか…。
そしてお昼になり、部屋中にシチューの良い匂いがしてきた頃だ。
チャイムが鳴って友達が数人、プレゼントを持ち尋ねてきてくれた。
『嬉しい!!来てくれてありがとう!』
『これ誕生日プレゼントよ!』
『ありがとう!!』
昼食を終え色んな遊びをした後、ケーキを食べ何の変哲もない誕生日会。
そんな一日がキラキラと輝いて楽しくて、凄くあっという間に皆が帰る時間。
『お母さん!あきちゃんの家は直ぐそこだから、送って行ってもいい??』
『そうね、まだ外は明るいし、気をつけてね??』
『はーい!』
友達のあきちゃんを家に送り終え、帰り道の事、道の真ん中に黒猫がいた。
一瞬こちらを見て笑っているように感じた。
猫もあんな風に笑うのだろうか。
『アリス』
『?!』
『にゃぁー』
名前を呼ばれたのは気のせい??
猫は直ぐ様何処かに走って行ってしまった様だ。
家に着き玄関を開けようとした時に思った。
私は今日の出来事を全て、一度見たことがある…。
ガチャ
玄関を開け私は、リビングに向かった。母が片付けをしているだろうと思っていたが、リビングはそのままの状態で母の姿も見当たらなかった。
カリカリカリと何やら物音がする。
見にいくとそれはゲージに入れられた白いウサギ。
私はこの子を誰よりも知っている…なのに思い出せないのは何故だろう。
ケージから白いウサギを出してやると、慣れた様に私にスリスリと近づいてきた。
白いウサギを抱え、母と父の寝室に向かう。
『お母さんいるの??私、ちょっと約束があるの』
キィーと音を立て、扉が開いた。
そこには、ベットに座り込んで写真を眺める母がいた。
きっとあの写真は私が2歳のころ亡くなったお父さんの写真。
『アリス、誕生日会は楽しめた?お父さんも生きていれば良かったのに。約束?また変なお友達のところかしら?』
お父さんは…七歳の時にはもういなくなっていた??
あれ…??私、明日で七歳だっけ??
変なお友達?そういえば私は、誰と約束してたんだっけ?
『もう、今日で終わりにしましょう??』
『何、いっているの??…お母さん、なんか怖いよ…』
『もう疲れたでしょ??おいでアリス。』
『いや…お母さん、またお薬飲も??そしたら落ち着くから…!』
母は安定剤を飲んでいる。定期的に飲まないと不安定になりやすくなる心の病気。
この日は目の色も変わっていて、身の危険を感じる程、母が怖く感じた。
『アリス、おいで?来なさいよ!!』
怒鳴り声をあげる母に私は足がすくみ、泣きながら首を横に振ることしか出来なくなっていた。
母は包丁を、握りしめ少しずつ私に近づいて…
そうだ、この時、私は抱えてたウサギを力いっぱい抱きしめ……。
『大丈夫だよアリス。僕が助けるからね。もう怖くないよ』
ふとどこかで聞いた声がした。
私は、ぼとりとウサギを落とした。
その時、母は包丁を私へと振り下ろした。
そこから視界は真っ暗になり、
聞こえてきた言葉は
『アリス、白うさぎを追いかけよう』
そうチェシャ猫の声…
『チェシャ猫?!』
我に返ったのはその声が聞こえた時だ。
そして、周りを見ると薔薇の壁は無くなっていた。
目の前には私の顔を覗き込むそっくりな顔の、二人の男の子。
『わ〜目が覚めたよ〜??』
『本当だ、冷めやがった!こいつ本当にアリスかよ?』
『間違いないよ〜、だってチェシャ猫だっているし?匂いもアリスだよ〜?』
『匂いは確かにアリスだけどよー』
一人はおっとりとした喋り方、もう一人はガサツでやんちゃな喋り方。
おっとりした子の手には青い大きな斧、やんちゃな子は赤い大きな鎌を持っていた。
その子達の後ろには、大きな門がありその後ろには大きなお城が見えた。
『あれ…ここはどこ??』
『さーね!教えてやんない!』
『ここはね〜女王様のお城だよ〜』
『お前!!秘密にしろよな!!』
『だってアリスが困ってるじゃんか〜』
『女王様??あ!チェシャ猫は?!』
頭がはっきりしてきた私はチェシャ猫を探す。
『ちゃんと生きてるぜ?』
『ボロボロだけどね〜』
ふわふわと浮かぶチェシャ猫は、傷だらけの身体をペロペロと舐めていた。
『チェシャ猫…ごめんね??痛かったでしょ??』
『大丈夫だよ、舐めていたら治るよ』
『いっ!!』
急に足の痛さを思い出した足首を抑えた私を、見つめているチェシャ猫は相変わらずにんまりしていたが、今回ばかりは心配している様に見えた。
『大丈夫かい?舐めてあげようか?』
『いや、遠慮しておくわ。』
『そうかい?』
『えぇ…。そうだ、チェシャ猫。薔薇は過去を見せるの?』
『何か見たのかいアリス』
目を細めて私を見るチェシャ猫を見たのはこれが、初めてだろうか。
一瞬背筋がゾクっとした。
『私が飼っていたのは白いウサギかもしれないの』
『それは幻覚かもしれないよ?』
『でも、私が見たものはリアルで、そして記憶にもある様な気がして…』
『一番知りたくないものを見せてくるんだよ。それが、嘘かもしれないし、本当の事かもしれないけれどね。』
『…何を信じたら良いのかわからないわ…。』
『白うさぎに会えばわかるよ』
『そうね…先ずは時間くんに会わなきゃね。何か知っているかもしれないし…帽子くん達にも連れ戻すと言ってしまったしね』
『時間くんに会いたいのか??』
割って入ってきたのはさっきのガサツの子。
『そうよ、何か問題あるかしら?』
『ありありだ!こいつはバカなのか?!』
『こいつ?!私はアリスよ!それにどんな問題があろうと、会いに行くの!女王様にもね!』
『女王様は、アリスに会うの喜ぶと思うよ〜??ず〜っと待っていたからね』
『でもよ、ティム、アリスが待たせ過ぎて女王様はカンカンなんだぜ??首刎ねられるかもよ?』
『そうだね〜。あ、自己紹介が、まだだったね〜、僕達はここの門番さ、僕の名前はティム、こっちはダムだよ。宜しくね??』
『よ…、よろしくね?』
名前を言われても似たり寄ったりの双子。
わかりやすく赤と青に分けられた色違いの服がありがたく感じた。
そして手にもつ物騒な鎌と斧くらいしか、見分けることが出来そうにない。
思わず苦笑いをしてしまう失礼な私。
『待たせ過ぎたって、どう言うことなの??』
『誕生日会、やるはずだったんだろ??』
『そうみたい…』
『女王様は時間くんに頼んでは時間を巻き戻してもらい、五時になるのを待っていた。』
『そして、何度も何度も巻き戻した時間くんも疲れ果て、王女様も待ちくたびれて、それが怒りへと変わってゆき、大好きだったお茶の時間に時間を止めて、時間くんを閉じ込めてしまったんだよね〜』
『そう、私のせいで止まってしまっているのね』
『そうだ、お陰でこっちはいつ首はねられるかヒヤヒヤなんだぞ?!トランプ兵もバラバラにされちまってさ。数が少なくて困ってんだからな??』
『私、女王様に謝って来るわ。門を開けてくれるかしら??』
『ん〜良いよ〜?その代わり猫をいかせるわけには行かないんだよね〜』
『ふぇ?どうして?!』
『女王様は猫が大嫌いなんだ!そんなことも知らないのか?!』
『でも…チェシャ猫を置いてなんていけないわよ…怪我もしてるし』
『大丈夫だよ、アリス。僕はここで待っているからね、気をつけてお行き』
『わかった…。きっと迎えにくるからね?死なないでよ』
『もちろんだとも』
『門を開くね??この門はちょっと不便で通りにくいかもしれないけどどうぞー』
ニコリとティムは門を開いた。
すると大きな門の真ん中に、130cmくらいの大きさの門の扉が開いた。
『え、大きな門は?!』
『これはフェイクだぜ!』
『フェイク?なんでワザワザ…』
『女王様はユーモアが有る方なんだよ。さ、行っておいで!』
ティムとダムが大きく手を振る中、私はチェシャ猫を後に、小さな門を潜りお城へ向かった。