-霧の原因-
『チェシャ猫ー?』
私は深い霧の中を真っ直ぐ歩きその名前を叫んだ。
辺りには、薄っすらとカラフルのキノコが生えているのが見えた。
『もう!待っていると言ったくせに!どこにも居ないじゃない!』
数分歩いて行くと、何やら奥から物陰が見えた。
近づくとシルエットが浮かび上がってくる、そして目の奥に熱を感じる。
まるで、初めてウサギを見た時のあの感覚が私を襲う。
この感じ、このシルエット。
間違いなく白うさぎだろう。
私は白うさぎの目のない穴を思い出し足がすくんだ。
『……ぁ、り。す…』
途切れ途切れに聞こえる声は、明らかに私の名前を呼んでいた。
ウサギに近づくにつれて熱が酷くなり頭痛もおきた。
『ダメだわ…これ以上は行けない…!』
『ぁり…殺……』
立ちすくむ私に、
白ウサギがゆっくりと近づいて来るのがわかった。
『殺…』
私に近ずく白うさぎは、呪文を唱えるかのように何かを言っていた。
それがはっきり言葉として聞こえたのは、白うさぎが私の目の前に来た時だ。
『アリスに、とっての邪魔な奴は…殺してあげる。大丈夫だよアリス、僕が助けてあげるから。』
そういうと白うさぎは首を絞めるかのように私の首に手を伸ばした。
私は足がすくみ、動くどころか声すら出せなかった。
そして白ウサギは、私の首に触れるか触れないかギリギリの辺りでスッと消えてしまった。
私は力が抜けてへたり込む
『アリス』
声が聞こえて前を向くと、
目の前には大きなチェシャ猫の姿があった。
そう言えば私、小さくなってたんだっけ。
『チェシャ猫…、今白うさぎがいて…そして、私の首を…』
『アリス、それはキノコの胞子が見せる幻だよ。』
『幻??』
こくりと頷くチェシャ猫、目の熱やあのウサギは全部幻だと知ると、ホッとした気持ちになった。
『おいでアリス。僕の背中にお乗り。』
『ありがとう』
まさか、相手がニンマリと笑う猫だとしても、猫の背中に乗るとは思ってもみなかった。
だがいつの間にか、ふわふわとしたその毛を、振り落とされないように握りしめ、ついでに猫の毛の感触も楽しんでいたのだ。
猫の毛は、凄く心地が良い。
今までの不安も恐怖も吹っ飛んでしまいそうな程だった。
思ったよりゆっくりと進むチェシャ猫、私を落とさない様にしてくれているのだろうか。
私は猫の頭までいき、話をした。
『チェシャ猫、私ハリネズミとその親方に会ったの。色々聞きたいことがあったのだけど、食べられそうになって聞きそびれてしまったわ。』
私が猫の頭を小さな手で撫でてやると、猫はゴロゴロと喉を鳴らす。
『私の肉は美味しいんですって。この世界では、私は食べられる物なの?』
『アリスは食べれるよ。ここの住民達はアリスが大好きなんだ。』
『それは食べ物として?』
『皆、喉から手が出る程アリスを欲しがっていると思うよ。』
『チェシャ猫も私を食べたいの?』
『僕はアリスを食べないよ。』
『本当かしら…でもそれを聞いて安心したわ、チェシャ猫は私を食べようだなんて真似はしないでね。』
そんな話をしている間に、私からするとどれも大きいけど、今までみた中で一番大きなキノコが目の前に現れた。
キノコのてっぺんには、緑色の芋虫がいた。
芋虫は水タバコをプカプカとふかしていた。
そのタバコの煙が風に乗り、辺り一面を霧の様に真っ白に染めていたのだろう。
『やぁー、これは珍しい。アリスではないか。』
私は猫の頭からおり、イモムシの目の前にいった。
『こんばんは、イモムシさん。』
ふーとイモムシは、私に煙をはいた。
けほけほと咳込む私を、イモムシは面白そうに見ていた。
『そのタバコ、やめてもらえないかしら??』
『扉を探しているんだね?』
どうやら辞める気は、ないらしい。
『まだ扉があるの?』
『あー、あるとも、お前さんは沢山の扉を閉めてしまった。扉は何のためにあるのか知っているかい?』
『何処かに入るためかしら?』
『開けるためだよ』
『私は何の扉を閉めてしまったの??』
『アリス、これは君自身の問題なんだ。僕達は手を貸すことは出来るけれど答えを教えることは出来ないんだよ。』
私が閉めた扉の数、そんなもの数えた事などない。
『イモムシさんの言ってること、よくわからないわ…。』
『アリス、ヒントをあげよう。扉は誰を信じるかによって様々な場所へと繋がる。
君は誰を信じて、どんな扉を開くかを考えてみなさい。そしてちゃんと取り戻しなさい。』
『もし、間違えてしまったらどうなるの??』
『新しい道が出来るだけさ。さて、君が見る世界は本物かな?』
『今見ている物は自分でも疑わしいわ、イモムシさんも縮んだ自分の体も、チェシャ猫だってそうよ。
私にとっては、この世界は夢みたいだわ。』
『悩むといいさ、人生は色々だ。さて、これを持ってお行きなさい。きっと役に立つだろう。』
渡されたのは青いキノコと赤いキノコだった。
そう言えば縮んでしまった体は、赤いマカロンを食べたせいだ。
もしかすると青いキノコで、身体は戻るかもしれない。
『ねぇ!イモムシさん、もしかしてこれ!』
『もうお茶会の時間だよ、さぁ皆が待っている。』
そう言い残すと、イモムシはスッと霧に包まれ消えてしまった。
『もう!まだ聞きたいこといっぱいあるのに!ここの住民は皆消えるのが大好きなのね!』
私は怒りを爆発させながらチェシャ猫の頭に乗ると、霧がなくなっていることに気づいた。
『チェシャ猫、前が見えるわよ!』
『そうだね、アリス。』
『生えていたのはキノコだけじゃないのね。』
この緑色のは、本で見たことがある。
ハエトリグサとモウセンゴケだ。どちらも食中植物で本来なら小さいハエなどを食べている植物なのだけど、ここの植物は、チェシャ猫も丸呑みできるくらいの大きさだろうか。
こんな物に気づかないだなんて…。大き過ぎて見逃していたのか。
『霧がとけたね、草達が起きてしまうね。』
『寝ていたの??』
『霧のお陰で僕らは見えずにいたんだ。』
チェシャ猫は草から逃げるように少しスピードをあげた。
『どうしたの??』
『奴らは狩をする、猫を食べてしまうから、僕と一緒にアリスが食べられないように逃げるんだよ』
『え?!虫じゃないの??』
『虫は食べないよ。草は虫に食べられるものだよ』
ザワザワと草達が動き出し、私たちの行方を遮るように襲い来る。
チェシャ猫はそれを素早くかわしたり、爪で引き裂いたりしかわして、前に進んだ。
それから数分たち、気づけば草達も追いかけてこなくなった。
『諦めたのかな…』
チェシャ猫はコクリと頷いた。