-小さな親方と小さな仲間-
独りにされたアリスは、扉を開け中に入った。
そこは螺旋状の階段になっており、下におりて行くと小さな動物が階段の端っこに座り居眠りをしていた。
『これは、ハリネズミね…なんでこんなところに…』
『親方…むにゃむにゃ…えへへ』
『ハリネズミが喋ってる……。でももう不思議と驚きもないわね。この子、夢でも見ているのかしら…風邪引くと可哀想だし…起こすくらいなら良いわよね。』
『はっ!良い匂いがする!』
ハリネズミの鼻提灯が、パチンと割れる音と共に、起き上がり私の匂いをクンクンと嗅ぎだした。
『ん〜!なんて良い匂い!お嬢さん!僕たちのお店へ置いでよ』
ニコニコとするハリネズミは私の腕を引っ張り何処かに連れ出そうとする。
『やめっ、やめて!』
少し大声を出すとハリネズミはビクリとし、手を離し怯えた表情でこちらの様子を伺っているのがわかった。
『僕はつい…その…ご…ごめんなさい』
『私こそ大きな声を出してごめんなさい…びっくりしちゃって…どういうお店かもわからないし、貴方のこともわからないから』
『あー!そんな事でためらってたの?!大丈夫!僕らのお店は服屋さんさ!そして僕はハリー、親方の弟子だよ!』
ハリネズミはさっきの表情がまるで嘘の様にニコニコし名前を名乗る。
『服屋さん?!私に合う服もあるかしら?!』
『もちろんあるとも!!お嬢さんに似合う服はいっぱいあるよ!ささ、僕らのお店へおいで!』
怪しさはあったが、先ずは服が欲しいため私はハリーについて行くことにした。
螺旋階段を降りると一本道の長い通路、
その通路の途中、右手に看板が見えた。
看板には【ハニークローズ】と書いてあり扉のドアノブには【Open】と書いた看板がかかっていた。
『ここが僕らのお店だよ!!』
『ねぇハリー、私名前を言い忘れてたわ。服に気を取られて…。私はアリス、宜しくね』
名前を名乗るとハリーは目を丸くし驚いた。
『アリス?!本当にアリスなの?!』
『そうよ』
『本当に本当?!』
ハリーは何度も確認するので、そこまで聞かれると、本当に私が私なのか、私でも疑わしくなるものだ。
『本当にアリスよ。』
『わー!おかえりおかえり!アリス!』
『おかえり??私はここは初めて来たはずなのだけれど…。』
ハリーは私の手を握りブンブンと上下に振る。
『そうだ!親方に、親方に伝えなきゃ!』
そう言うとハリーは扉を開け【親方ー!】と叫び、中に入って行った。
数分と経たずに中ががやがやしたと思うと、バタンと扉が開きおじさんが出てきた。
普通のおじさんでびっくりする程だ。
『おめーさんがアリスかい?』
『は、はい…』
『それにしては目が赤くないかい?』
『えっと、これは手術で『そんな事より親方!!』
話の途中で割り込んで来たのはハリーだ。
『匂いです、匂いですよ!嗅いでみてください!』
ハリーは鼻をヒクヒクさせ親方に言い、親方もクンクンと私の匂いを嗅いだ。
『この匂いは本物だ!!!アリスだ!アリスが帰ってきた!』
『あの、私は服を…』
『服??あぁ!アリスの服はもうあるんだ!ささ!こっちこっち!』
目をキラキラさせながら中にお招きする親方や、それについていくハリーには質問が山の様にあるけれど、私は服を貰いに店の中に入った。
中に3羽、毛が所々毟られてなくなっている鳥たちがいた。
鳥たちは大きな嘴を器用に使い自分の毛を毟り何かを作っている様だ。
『あの鳥は何をしているの??』
『ん?あの鳥はな、名前はドードって言う鳥なんだ。羽毛の取れるこの時期には、いつも来てもらっているんだぜ!』
『痛くないのかしら』
『さぁなー…でもあいつが居なきゃ良い素材がなくなるんだよ。』
そしてその横にはハツカネズミが、三匹せっせこと何かを拵えていた。
『あのネズミたちは手先が器用でな!たまに料理なんかも作るだぜ!あいつらのハニーパイは特別さ』
『それは美味しそうね!是非食べてみたいものだわ』
『ハニーパイの蜂蜜はな、そこにいる蜂がとってくるんだぜ』
と、親方は眼鏡をかけた蜂を指指した。
『そうなの、私も蜂蜜は大好きよ』
楽しそうに話をする私たちを見てハリーは話を遮ると、自慢げに針を立て針を私に見せた。
『親方は僕のこのハリネズミの針で縫うんだよ!』
すると親方は、服を思い出し、本題に入ると、私に服を見せてくれた。
『そうだ、そうだ!忘れるところだったぜ!これがハリーの針で縫ったアリスの服だ!』
それは小さな私にしてはとても大きな服だった。
『サイズが合わないわ…』
ハリーと親方は顔を見合わせ不思議そうな顔をしている。
『何を言っているんだアリス?俺がアリスのサイズを間違えるはずがない』
『あはは!そうだよ!良いから着てみなよ!』
『えぇ…それじゃ』
私は衣装室に入り、服を着てみるが、やっぱりぶかぶかでサイズが合わないのだ。
下着と靴下、そして靴までもが用意されているので、全部身につけてみた瞬間、それぞれが不思議と縮みピッタリのサイズになってみせた。
『すごい!凄いわ!どういう仕組みなの?!』
『へへん!凄いだろ!』
自慢げに笑みを浮かべる親方とハリー。
『凄く似合ってるよ!』
『そうかしら?』
鏡を見ると、それは赤いレースがつき、腰には大きなリボンの付いた黒がベースのゴシックワンピース。白と黒のシマシマの靴下に黒い靴。
『派手すぎないかしら』
『凄く似合うよ!』
『流石俺が作った服だな!』
ハリーと親方はニコニコと言う。
『あ!やっぱり私、貰えないわ、お金が今なくて…』
申し訳なさそうに言うと親方は首を横に振った。
『アリスは俺の子供みたいなものだからお金なんて要らないさ』
『そんな、私は今日貴方に初めて会ったじゃない』
『僕達は初めてじゃないよ??ね、親方!』
ハリーはヒクヒクと鼻を動かし言った。
親方もうんうんと頷くが、私には見覚えがない。
それにもし、喋るハリネズミが知り合いなら絶対に忘れないだろう。
ハリーも親方も人違いしているのではないだろうか。
『お代は要らねー、ただ』
『ただ??』
『お前さんの体の何かをくれるといいさ』
ニヤリと親方の顔が歪むと、ハリーもニヤニヤとし、ゴマをするような仕草をしはじめる。
『体?!どういう意味なの??』
『アリスの肉はこの世の物とは思えない程美味しい』
『さっきから良い匂いがずっとしてるもんね!』
『え、待って!私を食べる気なの?!』
『そうさ!皆アリスが大好きだからね!』
『嫌よ!私を食べるつもりなら服なんて要らないわ!』
『そんな事言うなよ、せっかくアリスのために作ったんだから』
『そうだよ!』
ジリジリと近寄る二人に私は後退りし、逃げ出す道を探した。
『指一本!!それだけで良いんだ!』
『指一本でも嫌な物は嫌なの!』
『そんな事言わないでアリス。痛くないように食べるからさ!』
『食べられるのが嫌なの!』
『何処でも良いから少しだけ!!』
どこから持ってきたのか、ハリーはフォークとナイフを持ち私を捕らえようとしていた。
『そ、そんな事したら許さない!』
だが、その言葉でハリーと親方が止まった。
『親方、アリスに嫌われたくないよ…』
『俺だって嫌だよ…』
渋々と諦めるように肩を下ろす二人は、物凄くわかりやすい態度でションボリして私を見た。
『わかったよ。諦めるよ。』
『アリスの肉を食べたいけれど、嫌われるのはもっと嫌だから…』
『な、なんかごめんね??でも食べられたくないの。』
『食べないから嫌わないでくれる??』
『食べないと約束したらね?』
『『約束するよ!』』
声を揃えて二人は言った。
それから騒動は収まりお店を出て、私は二人の見送りもあって、無事に外に出る扉までついた。
『ありがとう、服ももらって見送りまでしていただいちゃって…』
『良いんだよ!気をつけて行ってきな!』
『また会おうねアリス…』
『えぇ、必ず会いに来るわ』
寂しそうな顔のハリーと、ニッと笑い手を振る親方に別れを告げ、私は扉を開き外に出た。
扉は閉じた瞬間に、スッと消えてしまった。
外は濃い霧に包まれていたので周りはよく見えないが、私はキョロキョロと周りを見渡しチェシャ猫を探した。