-出会いと最悪-
18歳の誕生日
テーブルには大きなケーキが用意され、テーブルの下には私のプレゼントが隠すように置いていた。
この大きさからすると、ずっと欲しいといい続けた【犬のぬいぐるみ】だろうか。
『ハッピーバースデー!!』
母と父は手元のクラッカーをならした。
『アリス、お前が欲しがってたぬいぐるみだぞ』
ニコニコする父がプレゼントを私にわたし、母がケーキを取り分けてくれた。
『うわー!ありがとう!!お母さんお父さん大好き!!』
誕生日は特別の日。
母の愛も父の愛も素直に受け止められる日だからだ。
毎年誕生日には欲しい物をくれて、会話も出来る素晴らしい一日である。しかし、今日は少し違っていた。
それはプレゼントの中身だ。
プレゼントを開けてみると、犬ではなく金色の目をしニンマリと笑う妙にリアルな大きな猫のぬいぐるみ。
そういうこともあるのだろうと少し残念な気持ちと共にぬいぐるみを抱きしめニッコリと笑う。
ぬいぐるみを抱えた感触は、猫を抱きしめた感覚と似ており少し暖かく感じた。
母も父も満足そうに笑顔になった。
誕生日会が終わり自室に戻りぬいぐるみをベットに置き、ベットに横になった私はそれを抱きしめて目を閉じた。
『なんて不細工な猫なの??ニンマリと笑って…色だって可笑しい。紫とピンクのシマシマですもの…』
呟きながら欲しかったぬいぐるみとは違うそれの頭を撫でてみると
『アリス…』
微かに聞こえた声、聞き間違いかと思い一度は無視したが、その声が再び聞こえたのだ。
『え?誰?!』
『僕だよアリス。』
びっくりして飛び上がると、ポトリとベットからぬいぐるみが落ちた。
『誰なの??』
『痛いよアリス』
声はベットのしたから聞こえてくる。
下をのぞくと、ニンマリと笑うぬいぐるみ。
『貴方なの??』
聞くとぬいぐるみはピクリと動き
立ち上がった。
さっきまでぬいぐるみだったそれは、ふわふわと浮いてこちらをじっとみている。
『ぬ、ぬいぐるみが浮いてる?!』
『僕は猫だよ』
『ね、こ??ぬいぐるみの?』
猫だと名乗るそれは何かを考える様に首を少し曲げた。
『僕はぬいぐるみじゃないよ、アリス。』
『だってニンマリしてるじゃない』
『猫は笑っているものだよ』
パニックになった私は、自分でも何を言っているのかわからなくなっていたが、猫は更にちんぷんかんぷんな事を言う。
『そんな事はどうでもいいんだ、アリス白うさぎを追いかけよう。』
『は?え、白うさぎ??』
『そう、そのためにチェシャ猫の僕が迎えに来たんだ。僕らのアリス…帰ろうよ』
『帰…る??どこに??私の家はここよ??』
猫は困った様にニンマリとしたまま首を傾げた。
『もう扉は開かれた。』
『え、は?扉??』
『行こう、僕らのアリス』
『いや…!!』
怖くなった私は猫を押しのけ自分の部屋から出た。
『お父さん!!お母さん!!ぬいぐるみが!!ぬいぐるみ…!!』
リビングにいくとそこには母と父の姿はなかった。
代わりにいたのは真っ白なふわふわとした毛、耳がピンとたち、二本足でたちながら包丁の様な物を握りしめチョッキを着たウサギの姿。
その真っ白な毛やチョッキは所々赤く汚れていた。リビングは暗く良く見えていなかったが、ウサギは何かを探している様に見えた。
『白、うさぎ……』
ハッと白うさぎはこちらを見る。
こちらを見る白うさぎの目はくり抜かれたようにぽっかりと穴があき、穴からは血がタラタラと流れていた。
『ひっ!!』
私は怖くなって尻もちを着いてしまった。白いウサギはこちらを見たその瞬間私の目の奥がじわっと熱をおびた。
『…い…いそが、なきゃ…あ、ぁ…あ、り…』
何かを言いかけた白いウサギはこちらを見たまま目の奥の熱と共にスッと消えてしまった。
『なんだったの…』
『あれが白うさぎだよアリス。』
『…!?あんた!!』
後ろを振り向くとチェシャ猫の姿があった。
『白うさぎといっても本物ではない。あれは足跡だよ』
『足跡??』
猫はニンマリとしながら頷く。
『白うさぎを捕まえてどうするの??』
『アリスは白うさぎを追いかけなきゃいけないものだよ』
『いや…い、意味がわからないんだけど…。』
ブルブルと震えた身体を支えながらゆっくりと立ち上がり、私は母と父が眠っているであろう寝室に向かった。
『どこにいくんだい?そこは行かない方がいい。』
『うるさいうるさい!着いてこないで!』
寝室の扉の前に行き、扉を開けようと取っ手に手をかけた瞬間、嫌な予感がした。
ドキドキとした心臓を止める様にチェシャ猫が私の頭を撫でた。
『大丈夫かいアリス。』
『大丈夫…』
不思議と鼓動は収まり暖かい気持ちになった。
『チェシャ猫、この扉を開けると私はどうなるの??』
『さぁ…』
猫は相変わらずニンマリし、尻尾をゆらりと揺らしながら答えた。
『わかった…。と、とりあえず外に…。』
『扉を開ける気になったのかい?』
『えぇ、そうね…少なくとも玄関の扉を開け、警察にいく気持ちにはなったわ』
『警察??』
よろめきながらも玄関に向かい、扉を開け一歩踏み込むと、パラパラとパズルが崩れ落ちるように地面が真っ暗な闇の中に落ちていく。
あと一歩踏み込めば私もあの闇の中に落ちていただろう。
2歩ぐらい下がり私は尻もちをついた。
これで2度目の尻もちだ。
ピースが剥がれ落ちるように見慣れた風景が、日常が、闇に堕ちていくように感じた。
『なっ!?何これ!!』
『扉だよ』
猫は下を見ていった。
『扉?!』
『そう、早く落ちなきゃ入れないよ』
『落ちる??扉ってこの吸い込まれそうな程真っ暗な、え?もう何が何だかわかんないよ!』
『落ちてみればわかるよ』
『死んじゃうよ!!』
『扉から落ちても死なないもんだよ??』
『扉、扉って、何処が扉なのよ!底無しの落とし穴じゃないの!』
『最初の扉は落ちると決まっているんだ』
『え、は??』
『さぁ、帰ろう僕らのアリス』
『嫌よ!何処にもいかない!』
『ほら、扉がやってくるよ』
チェシャ猫が言った瞬間、私の足元の地面が剥がれ落ちる感触と共に、私は落下した。
『きゃー!!そんなのってありなのーー?!』
尻もちをついた状態で落下していく私の横で、ふわふわと落下しているチェシャ猫がいるのを私は見た。
『チェシャ猫!!助けなさいよ!』
『僕らのアリス、君が望むなら』
チェシャ猫が私の首根っこの襟を小さな両手で掴むと、身体がふわりと浮きゆっくりと落ちて行った。
『何だか母猫に咥えられてる子猫の気持ちがわかる気がするわ…』
『アリス、君は子猫じゃないよ?猫は僕の役だよ』
『…わかってるわよ。』
数分落ちたであろう暗闇、何処まで落ちて行くのだろうか…。
周りは真っ暗で目も慣れて来た。
『ほんとに真っ暗ね、チェシャ猫』
『そうだね、アリス』
『私は何処に向かってるの?』
『アリスの望むところなら扉は何処にでも連れてってくれるよ?』
『何それ…本当に連れてってくれるかしら…』
『行きたいところがあるのかい?』
『えぇ、あれ…私何処に行きたいんだっけ…』
『時が来れば思い出すよ』
『そうね…。チェシャ猫いる?』
『なんだいアリス。僕はここにいるよ?』
『ずっと持っててね?離さないでね?』
『僕らのアリス、君が望むなら。』
私は独りが怖くて何度もチェシャ猫を呼ぶ。
その度にチェシャ猫は途切れることなく返事をくれた。
そんなやりとりに終止符がつく。
『もうすぐだよ、アリス。』
チェシャ猫がそういうと、今まで真っ暗だった辺りは一変していた。
そこにはメルヘンチックな壁が広がり、机や椅子やお菓子などが浮いていた。
下を向くとポツリと机と椅子があった。
私はそこにふわふわと落ちて、地上に足を付ける事が出来た。
『やっと付いたわね…。』
『そうだね』
『なんか変な気分だわ。お腹も空いたし…』
『アリス、これを食べるといいよ』
チェシャ猫が机の上を見る、私も机の上を見るとそこには【私を食べて】と書いた箱があった。
『何かしら、食べても平気なの?』
そういいながら開けると、その中身は青と赤の美味しそうなマカロンだった。
『食べれるものではある様ね…。』
パクリと赤いマカロンを一口食べると、みるみると身体が小さくなって自分の服の下に埋れてしまった。
『まって??え、どういうこと?!』
服から這い出る途中で私は服を着ていないことに気づいた。
『チェシャ猫!!説明しなさい!!』
慌てる私に変わらぬ調子でチェシャ猫は口を開いた。
『君が小さくなったんだよ』
『小さく?!人間は小さくなったり出来ないのよ??』
『赤のマカロンを食べると小さくなるのは当たり前の事だよ』
『貴方と話しても通じ合えないことは良くわかったわ…。とりあえずチェシャ猫、私のポケットからハンカチをとってちょうだい…』
そう言うと猫はハンカチを私に渡し、私は身体にそのハンカチを巻きつけた。
『チェシャ猫、青色のマカロンを食べるとどうなるの??』
『大きくなるんだよ。』
『青色のマカロンとってくれないかしら??』
『それは出来ないよ。』
『どうして??小さいと何も出来ないわ』
『扉が通れるよ』
『また扉?!また落ちるんじゃないわよね?』
『もう落ちないよ。そこの扉を通るんだ』
猫が指差すそこには小さな小さな扉があった。私からすると普通に見えるのだけど、ネズミの通り穴の様な小ささだ。
『そう…次はこちらの扉を通るのね…。さぞかし素敵な世界が待っているんでしょうね。』
嫌味っぽく言いながら扉の前に立つ
『ここからはアリス、独りでお行き。』
『え、待ってよ!独りにしないで?!』
『僕は先に行って待ってるからね?くれぐれも知らない人には気をつけるんだよ、一本道だからね』
そう言うと猫は私を置いてスッと消えてしまった。
『チェシャ猫のバカ…独りにしないでよ…!!』
叫んでも猫が現れることはなかった。
『いいわ、進むしか道はないのね…』