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6

俺は獣と相対しながら、剣を腰の高さに構えた。

その獣は近くでみると、ますます大きく見えた。

死が俺を手招いている。


ヤバイよ、ヤバイよ、ヤバイよ

ピンチだ。窮地だ。青天の霹靂だ!


獣から目をそらせなかった。

一歩も動かず、ひたすらに睨み合いを続けた。

獣が喉を鳴らし威嚇する。

この威嚇に引けをとってはいけない気がした。

俺も負けじと、腹の底から捻りだすように叫んだ。


「グルブァォァァォルゥ!」


それは最早声ではなかった。

ただの音だ。

死に直面しているのに、顔が熱くなっていくのを感じる。

アラスカの永久凍土も今なら溶かせる、それほどに熱い。

獣が一歩退く。

その鋭い目に、憐れみが宿っているようにも見えた。

その時、俺の中に初めて本物の殺意が生まれた。

黒く淀んだ、原始的な意思だ。


敵に負けじと真似した行為に、敵がひくってどういうことだよ?

ふざけてんのか?

もうどうにでもなれ!


緊張状態の性か、思考は短絡的になり、役割を果たしていない。

俺は剣を掲げ、正面から突撃した。死ぬのは怖くなかった。

極度の緊張からか、死の恐怖は野良猫のように、姿を隠している。

滑り落とさぬよう、柄を握る指に力を加える。

獣も、俺の一手に対し身構え、今にも飛び掛らんばかりだ。

獣の目の前まで、一気に走り込む。その間僅か二秒ーー

左足を踏み込むーー


「くゥらえぇぇぇぇ!」


掛け声と共に力一杯振り下ろす。一撃で決めるつもりだ。

獣も唸りながら、俺の首目掛け飛びかかってきた。

それは毛深い後脚で大地を蹴り上げ、優雅に飛び上がった。

そしてそれの、大きな頭蓋が、鉄の刃と鉢合わせした。


グシャ


指がジーンと痺れた。

骨の砕ける音と共に、柔らかい物が岩に叩きつけられたような音がした。

刃は獣の下顎骨までを切り崩し、そこで進みを止めている。

俺を引き裂く予定だった獣の腕が、だらりと地面に垂れている。

この場に殺意は、既に無かった。

あるのは、黒い死体と、顔についた血まみれの膿のような物体だけだ。

いや、もう一つだけある。

俺の手の中で、獣の心臓が鼓動している。


俺が……殺した……

酷く不快な感触が、何度も何度も蘇った。

手の痺れはまだ取れていない。


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