表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/9

4

俺は商人の幌馬車の荷台に、腰を下ろしていた。乗り心地は最悪で、木製の車輪が小石を乗り上げる度、尻に衝撃をうけた。

ここは、人の乗る場所では絶対に無い。

乗合する木箱ですら、軋む音を立て弱音を吐いているのだ。

良い子の皆には、真似してほしくない。

商人と共に御者台に座る、マリーンが羨ましかった。

しかし彼女を荷台に乗せて、ツライ思いをさせる位なら、このままの方がずっと良い、そうも思えた。

背後の警戒の役目を割り当てられていた俺は、のどかな平原と離れて行くクラウンシティを黙って見続けている。尻の痛みに堪えながら。

雲が気持ち良さそうに大海原を流れていた。

なんだか心地よくなり、いつしか眠気との戦いに敗北してしまう。

目を覚ますと、既に日が傾いていた。

背後の警戒を怠たってしまったと、焦って見渡す。

しかし、現在も見える物は広大な平原しかなかった。太陽が、何者にも遮られる事なく、真っ赤に染め上げた平原だ。

それは息を飲む程に美しい光景だった。

夕陽をじっくり眺めるのは、いつぶりだろうか。

向こうの世界では、夕陽は通り過ぎるだけのものだった。

ただの日常だった。

いつか、この美しい夕陽にも、見慣れてしまう日が来るのかも知れない。そう思うと切なくて、心がキュッと締め付けられた。

それからも馬車は進み続け、夕陽がツルッとした頭頂部だけを残し顔を沈めてしまった頃に、漸く止まった。

尻が瀕死状態の俺は、その瞬間に飛び降りた。

長時間座っていたからか、若干足がふらつくが、大地の感触はとても気持ちよかった。

早く宿で眠りたい。

そう思い、馬車の進行方向を向くと…

…ひたすら平原が広がっていた。

荷台から見る景色と何一つ違わない、地平線まで続く平原。

俺は旅の恐ろしさを、初日から思い知る事となった。

呆然とする俺を尻目に、商人とマリーンは地べたに座り、会話を弾ませている。

彼女には聞きたい事があった。

会話を遮るのも忍びなく、話題の変わり目を待った。

「マリーン。ちょっといいかな」

「なに?」

「今日はどこに泊まるの?」

「ここだよー」

彼女は平然と言った。こんな平原のど真ん中で、文明とは程遠いこの場所で、たった三人で⁉

「まじで?」

「まじだよー」

まじか⁉旅人にとっては、野宿くらい平常運転のようである。

無論俺だって旅に野宿は付き物だという偏見はあったし、覚悟もしていた。

しかし、モンスターが出るという話は大丈夫なのだろうか。

今の所は見ていないが、ほとんどの肉食動物にとって、夜は活動時間だ。

モンスターが肉食じゃない可能性はある…が、ならば"モンスターから人を守る"なんて仕事が成り立つ訳がない。

「寝ている間にモンスターに襲われたりしない?」

マリーンに尋ねた。

「勿論襲われるよ!だから私達がロビーさんと一緒にいるんじゃない」

その口調は、「一は知らなかったの?」とでも言いたげだった。

お髭のロビーさんの顔にも「知らなかったのですか?」と書いてある。

知らないと言うのは憚られた。

少なくとも、雇い人のロビーさんに聞かれるのは避けるべきだろう。

「知ってたさー。勿論知ってたさー。もう最初からよく知ってたよ」

嘘をつくと必ず棒読みになる、これは幼い頃からの癖だった。

「当然、ですな」

お髭の紳士は、ホッホッホと笑いながら言った。

「それより、一もこっちに来なよー」

二人とも、俺のお粗末な嘘に納得したようだ。この世界の住人は皆、素直なのかもしれない。

マリーンに促されるまま、地べたに座る。瞬間、尻に違和感を感じ、悪寒が生じた。

「痛ってぇぇぇ!」

自分の声だと思えない程、大きな叫び声が野を駆ける。

座った場所を見ると、嘘をついた罰なのか、偶然そこには石があった。

石が俺の尻に、深手を負っていた尻に、追い討ちを掛けたのだ。

叫びながら飛び回る男の様子は、さながら古代の踊りにも見えた事だろう。

マリーン達は哀れな男を見て、爆笑していた。

しかし、気にしている余裕もなく、俺は跳ね続けた。

そんな出来事の何分か後、三人で会話をしていると、不意にマリーンが背嚢を漁り出した。

互いの表情は既に、鮮明には見えなくなっている。

彼女は、肘から指先まで位の四方の正方形を取り出すと、それを地面に敷いた。

そしてまた、ボロのリュックサックを漁り出す。

次に取り出した物は、小さなごつごつとした固形物だった。

輪郭からして、多分石か何かだろう。商店で買っていた石かもしれない。

彼女は背嚢を傍らに放り、物体を持ったまま立ち上がった。

「汝、火の御霊よ。我等にその力をかし給へ。」

マリーンが呪文のような言葉を唱えた。

すると、地面に置かれていた紙の上空に、突如燃え盛る小さな火球がボウッと顕れた!

灯りの下で見る四角形は、縁が不揃いで、洋紙に比べて薄くも白くもない、羊皮紙のようだった。

更に、ボロ紙の中央に描かれた図形をも、夜の闇に素肌を晒した。円とその内部に六芒星が描かれた、典型的な魔方陣といったかんじだ。その魔方陣は、血が乾燥したような赤黒い塗料で描かれていて、独特の不気味さを放っていた。

マリーンが六芒星の上に、石を置く。やはり、それは昼間の物と同一だった。

これが魔術なのか!科学では説明もつかない現象が、目の前で起きている。心なしか鼓動が速まった。

興奮を誰かと共有したかったが、この場に共感をおぼえてくれる人間は一人も居ない。

それどころか、ミーミアリアで共感してくれる人間は、いないだろう。

俺は眉をひそめたが、口許は自分勝手に緩んでいた。

夕飯は干肉と、蜂蜜味のオニギリの様な物だった。とても簡素だし、普段ならば一口で置いてしまっていただろう。しかし今は非日常!空腹は最高の調味料だという事をひしひしと実感し、有難く食べた。

「一、見張り番の順番を決めよ!」

食後、一服をしているとマリーンが言った。

「順番って先か後って事か?」

「そう!」

一は眉をしかめていた。

先と後、どちらも大差が無い様に思えたからだ。

「マリーンに任せるよ」

「分かった!じゃあ一が先ね。はい、これ時計。今は九時だから、二時になったら起こして!」

そう言って、古びた懐中時計を渡された。よく見ると裏側に文字が二つ、浅く彫り込まれている。酔っ払った蛇の様な文字で、書いてある事は理解出来なかった。だけど、恐らくはイニシャルだろう、そう思った。

マリーンとロビーさんは地面に、等身大よりも少し大きなボロ布を敷き、夢の中へ旅立とうとしている。いや、マリーンは既に旅立っていた。いびきをかいて、ぐーすかと気持ち良さそうにしているのだ。

彼女達が床に着いてから、まだ一分も経とうとしていない。

「流石に早過ぎるだろ!」

口から漏れるほど、圧倒的な早さだった。

その早さは、地球どころか、宇宙一を狙える程の速度だった。

俺はする事もなくなり、宙に浮かんでいる不思議炎と、マリーンの無防備な寝姿とを交互に見ていた。

時折そのルーティンの中に、星見を挟みを挟んだ。

この世界の夜空は、とても美しかった。

テレビ番組で紹介されるような、満天の星が、皆競うように輝きを放っているのだ。

そして、向こうの世界とは決定的に違う部分もあった。

月が二つあるのだ。

横に並んだ二つの丸は、双子のようにソックリだった。

言い訳ではないが、見張りを怠っていた訳ではない。

いくら二つの月が有ったって、今は夜なのだ。見える距離は多く見積もっても、十mが関の山だ。ならば見るのでは無く聞けばいい、夜の大地には虫の音と、時折吹く風の音しかないのだから!

俺の鼓膜を、マリーンのいびきが震わしていた。

ワォーーーーン

突如、狼の遠吠えの様な声が聞こえた。

声の主は、それ程遠くなさそうだった。

殺意が大地を蹴ってやってくる。

「愉快な夜になりそうだ」

鼻で笑い、余裕あり気に呟くが、その足は恐怖に震えていた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ