廃棄
以下に該当しない場合の削除はおやめ下さい。
・出版社主催のコンテストに小説を投稿する場合
・自費出版あるいは各出版社などで有料で小説を販売する場合(同人誌含)
・法律上問題のある場合(著作権侵害/名誉棄損など)
該当しないので削除はしませんが、したいです。
七月某日。
一ノ瀬一が目覚めた場所。
それは街中だったーー
昨晩は部屋のベッドで眠った筈だ。ハジメには確信があった。
しかし、彼の眼前に広がる景色は明らかに室内ではなく、それどころか日本にすら見えなかった。
夏休みが始まり通学回数が減る事を喜びながら、世界が世紀末みたいにならないかなー、とか、夏休みは異世界で過ごしたいなー、なんていいかげんな事を考えていた記憶が、ハジメの脳裏を過る。昨晩、眠る前の記憶だ。
もしかしたら…ここは…
いや、眠りながら海外旅行する事だって、有るかもしれない。一種の夢遊病だな、これは。
ハジメはそう考ていたが、目の前の景色は淡々と事実を語っている。
ファンタジーゲームの中にでも入ってしまったかのような錯覚を引き起こす、中世ヨーロッパ風の建造物。
彼の十七年間の人生で、初めて見る様々な髪色の人々。コスプレ大会でも開催してるのかと思われる奇抜な服装。
街の端々から日本語が聞こえ、外国では無い事を完全に悟ると、ハジメの中に二つの考えが残された。
二つを審議する前に、深呼吸をし、少し冷静さを取り戻す。
ここは夢だろうか。異世界だろうか。
常識的に考えてみれば、異世界と考えるより、夢であると考える方がよっぽど自然だ。
しかし、これほどリアリティのある夢は見た事がない…
冷静になればなるほど分からなくなる、負のスパイラルが少年の中に生じていた。
そんな苦悶する彼の横を通り過ぎる人々が、奇怪な物を見るような生々しい視線をハジメに投げかけている。
ここでは彼の方が変な格好だった。
なんせパジャマ姿のままだし、ここの住人は皆不思議な格好をしているからだ。
「そこどいて!」
流れていた街の喧騒に突如張り詰めた声が響く。ハジメの背後から聞こえた咆哮は、女の声だった。
何かあったようだ。
これを契機に、彼は呆然と外界の声に耳を傾けてみた。
昼は何を食べようだの、誰々がカッコイイだの、呆れる程普通の会話が喧騒を作り上げている。
「アンタに言ってんの!」
「いたッ!?」
瞬間、ハジメの背中に鈍い痛みが走り、与えられたベクトル通りに体が倒れる。
突然の出来事で何が起きたのか、理解が遅れていた。
痛い、背中が痛い。
なんだってんだ⁉
皮肉にもこの痛みで、この世界が夢で無い事をハジメは確信した。
痛すぎたのだ。
夢か異世界かという問いに一つの決着がつき、いやに冷静になると、彼の中にふつふつと怒りが湧き出してくる。
いきなり異世界に放り込まれ、挙句いきなり蹴り飛ばされ、もう最悪の気分だ。
現実世界の鬱憤が既に満ちているハジメの心の器に、これ以上の許容量などありはしなかった。
「痛いだろッ!」
彼は振り返りながら、憤りを吐き出すように怒鳴りたてた。
しかし、そこに立っていた娘を見て、心の器に溜まった怒りが蒸発していった。
「かわ…いい…」
自然と言葉が漏れた。
ハジメの目の前には、蒼眼の美少女が立っているのだ。とびきりの美少女だ!
興奮は心の器を灼熱の鉄器に変えた。器の底に沈んでいた淀んだ感情さえも気化し、空気に混じる。
代わりに彼女に対する好奇心が湧き出す。それはマグマのようだった。
ハジメは、彼女を舐めるように視ながら考察した。
見た感じは同年代位だろうか。うっすら日焼けした小麦色の肌はとても健康的で、顔に少しばかり残るあどけなさは、十代前半の少女を彷彿とさせる。
しかし、肢体はそのあどけなさとは対象的だ。
例えるなら、蛇の顔に龍の胴体とでも言えるだろうか。
適度に引き締まった腿とくびれ、椅子になり座られたくなるような臀部、黒い帯で幾重にも巻かれているものの、圧倒的な重量感を放つ胸。そのなかでも特に、帯からはみ出た上部の潰れマシュマロと、王家の谷よりも歴史学的、人類学的価値に価値があると推察される谷間には釘付けになる。
それは神の与えたもうた奇跡ーー
かつて二大宗教が、どちらが挟まれるかを争ったと言われる聖地ーー
そんな豊満ボディが、超短い腰鎧と短スパッツ、胸元に黒い帯で、足もとはブーツという出で立ちなのだ。事実として犯罪的なエロさを醸し出す。
心の中に悪魔が生まれるのも、男であれば必然だった。
不可避の道だ。
「ごめん…少しやりすぎたよ…頭に血がのぼっちゃってた」
「でも、アンタも悪いのよ!道の真ん中で堂々と座りこんでさ!」
彼女が挙動しながら話す度に胸が揺れ、ハジメの心にいる悪魔はいきり立ち、醜い剣を振るった。
悪魔を生み出し悪魔を鼓舞するこの娘は、さながら魔王のようである。
「悪かった。」
彼女の二つの瞳ではなく、彼女の二つのマシュマロを見つめながら、少年は無愛想に謝罪した。
彼は心の中の悪魔と、第二次大戦中なのだ。真摯に謝っていられるほどの余裕などない。
ハジメは、この大きな戦いに絶対に負けられなかった。これからの命運がかかっているのだから。
少年の右腕が無意識に持ち上がる 。それは男にしては頼りない、か細い腕であった。
強引に引っ込めようとした彼の心に、槍で貫かれたような痛みが走る。
右手が求める。その手中にマシュマロを納めたいと、五指が空を切る。その指一本一本が動く度に心臓を抉る。
例えそれが禁忌であろうと、人類は禁断の果実の魔力に、悪魔の誘惑に抗う事は叶わないようだ。
ハジメは刀を鞘に納め、悪魔に惜しみない賛辞を送る。それが戦士としての礼儀であり、敗者としての義務だった。
悪魔に身を委ねると、心の痛みは急速に癒えていく。心地よい風に吹かれた気がし、少年の心は晴れやかだった。
むにゅっ
彼の右手が柔らかい物を掴んだ。
末端の神経細胞が、光速より速く幸福を脳に送り届けた。
「ああ、生きていてよかった」
それは心からの気持ちだった。
純粋で画一された思考は、人生初の体験であった。
正義の反対は別の正義というように、悪魔にもまた大義があり忠義があり故に戦をする。
彼は身をもって理解した。
「何…してんだよ?!」
美少女の怒号が飛ぶ。
しかし恐怖は感じていなかった。
仏陀よりも平静な少年の心は、殺意を知らぬ程に無垢なのだ。
「君のおっぱい、最高ですよ!」
賞賛を述べ立ち去ろうとした瞬間、彼の後頭部に凄まじい衝撃が走り妙な浮遊感を感じた。
地面がこくこくと迫るなか、ハジメの脳を満していたのは痛みではなく、充足感であった。
やれる事はやりきったのだ。
一瞬、目の端にキラキラと悪魔が凱旋されている景色が見えた。
悪魔はやはり高潔な戦士ではなく、悪魔にすぎない。
彼は悪魔に復讐を誓いながら、充足感の中で意識を失った。