キャリーバッグとミニマム王子
こちらの小説は、『ミニマム王子シリーズ』として投稿しようと思っているものです。
章汰の背景にもご注目下さい。
これは僕が5歳だった時の話。
両親が共働きでよくおばあちゃんの家に預けられていた僕は、両親よりおばあちゃんが大好きな、おばあちゃん子だった。
いつも僕に色んな事を教えてくれるおばあちゃんが大好きだった。
おばあちゃんは僕が預けられるたびに、いつも同じ事を繰り返し教えてくれた。
"今は分からないだろうけど、いつかきっと分かるようになるよ。"
そう言っては繰り返し教えてくれた。
そんなある日、
「おばあちゃん、コレなぁに?」
僕が尋ねると、おばあちゃんはいつもの優しい顔で教えてくれた。
「これは旅行する時に使うカバンだよ」
「へぇ〜っ。おっきいカバン〜」
「そうよ。物がたくさん入るの」
「べんり〜っ」
僕が興味を持ってじっと見つめていると、おばあちゃんは僕にこう言った。
「…章汰。これ、あげようか?」
「え? いいの?」
僕がこう返すとおばあちゃんは、少し寂しそうな顔をした。
「いいのよ。私はもう旅行に行けないしねぇ。これからは章汰が使ってくれるとおばあちゃんは嬉しいよ」
「ほんとっ!? ありがとうっ! たいせつにつかうねっ!」
「これを使っておばあちゃんの代わりに色んな所に行くんだよ」
「うんっ!」
僕は笑って答えたけれど、おばあちゃんはまだ寂しそうな顔をしていた。
「……章汰は、人に愛される人間になりなさいね…」
「…?」
そう言っておばあちゃんは僕を抱き締めた。
何故か、おばあちゃんの体はいつもと違って冷たく感じた。
「人を愛して…、いつも尊敬の気持ちを忘れずに…、心が大きい人になりなさい…。人に幸せを分けてあげられる人になりなさい…。愛を持って生きていきなさい…。章汰は…あんな人間になっちゃいけないよ…」
「おばあ…ちゃん…?」
おばあちゃんは痛いくらいに僕を、強く強く抱き締めていた。
「あ、ほら、お迎えが来たようだよ」
「あ…、うんっ。じゃあボク、かえるね。コレありがとうっ。バイバイ、おばあちゃん」
「さようなら、章汰」
さっきまでのおばあちゃんはとても悲しそうな顔をしていたのに、最後に僕に手を振るおばあちゃんは、とても優しくて安心したような顔をしていた。
おばあちゃんが元気になったと思った僕は、笑顔で手を振って貰ったカバンをガラガラいわせながら両親の元へ走っていった。
でも、
これが、僕とおばあちゃんが話した最後の会話だった。
おばあちゃんはこの後すぐに心臓発作で倒れ、近所の方が救急車を呼んでくれたらしい。
でも、病院に運ばれた時にはもう心臓は止まっていたんだそう。
おばあちゃん子だった僕は信じられなくて、葬儀の間も火葬の間もずっと、泣きもせずにただ呆然としていた。
ようやく理解できた頃にはもう全てが終わっていて、おばあちゃんの最期の姿を思い出せない悔しさともどかしさに、いつまでも泣いていた。
そんなとき僕の側にあったのは、おばあちゃんがくれたカバンだけだった。
おばあちゃんの形見であるそのカバンは、僕にとってはおばあちゃんの代わりで、唯一の宝物となった。
おばあちゃんが亡くなったその日から僕は、毎日そのカバンを持ち歩くようになり、小学校に上がってもランドセルではなく、そのカバンでずっと通っていた。
両親は"手間がかからない良い子"と言って僕を愛してくれた。
変わったのは、それだけ。
でも、幼かった僕はそのカバンのおかげで愛してもらえるようになった気がしていた。
だから、僕の日常生活の中でそのカバンは必要不可欠となった。
そして、
そのカバンを使い始めてから、12年の月日が流れた。
僕は普通の高校に通う、普通の高校2年生。
でも、僕が登校して学校内を歩いていると、たくさんの人が笑顔で声をかけてくれる。
「おはよー王子っ」
「あ、おは…」
「あ、王子先輩っ。おはようございますっ」
「おはy…」
「王子じゃんっ! おはよー!」
「おはようござ…」
「おっ!」
全員が知り合いというわけではなく、同じ学校の人が会うたびに笑顔で挨拶をしてくれる。
恥ずかしいし、何でか分からないけれど…。
それに僕には、変なニックネームがある。
「ミニマム王子っ! おはよっ!」
「あ、あのっ…! 王子だなんて申し訳ないですっ…!!」
「「「「「「「ミニマムは許すのか!!」」」」」」」
これが僕のニックネーム。
何故か分からないけれど、皆さんから「ミニマム王子」と呼ばれている。
"王子"だなんて恐れ多い…。
「今日も相変わらずのもん持ってんな〜」
「うんっ」
僕のカバンは皆と違う。
ヴィンテージ調で大きくて重くなってもへっちゃらなカバン。
僕がそのカバンを持って歩くと、後ろからガラガラガラという音がついてくる。
「ってか、何で"キャリーバッグ"で通学してんの?」
「ものがたくさん入るからっ…!」
「………」
本当は違う理由だけど、暗くなると嫌なので、こう質問された時はいつもこう返している。
「お前は相変わらずだなぁ…」
「?」
おっと、紹介が遅れました。
先程から僕と話している彼は、幼なじみの"橘大介"。
僕は"大ちゃん"と呼んでいます。
「お前は一生変わらないで、そのままでいてくれよっ」
そう言って大ちゃんは、僕の頭をぎゅうぎゅうと押す。
「ちょ、ちょっと…! 頭押さないでよっ…!」
僕と大ちゃんは、学校内ではちょっとした有名人です。
何故なら、
「押してるんじゃなくて撫でてんだよっ。ってか、心配しなくてもそれ以上身長は縮まねぇよっ!」
「こ、これから伸びる予定なんだからっ…!」
学校一の高身長と低身長の、身長差が30cm以上もある凸凹コンビだからです。
体育会系な大ちゃんは力も強く、何事もちょっと乱暴というか、雑です。
そんな大ちゃんはもちろんO型です。
「何でさっきから俺の紹介ばっかりなんだよ」
「え?」
「あ、いや、何でもない! ほら、早く教室行こうぜ!」
「あ、うんっ」
さあ、今日も楽しい1日の始まりですっ!
「今日も1限目からたくさん動くぞ〜っ!」
「大ちゃんは昔から体育好きだよね」
「当ったり前だろっ! 俺の好きな教科は昔から体育だからなっ!」
「……」
同じ事繰り返された…。
まったく理由になってないよ大ちゃん…。
「しかも今日はバスケだしっ!」
「バスケ好きだったっけ?」
「球技は何でも好きだっ!」
「………」
分からない…。
もう10年以上一緒にいるけど、未だに大ちゃんの扱い方が分からない…。
「王子ーっ! 橘ーっ! 早くしねぇと遅れっぞーっ!」
「おうっ! って、やっべ! 意外と時間無い!」
「すみませーんっ…! あ、王子だなんて申し…!」
「そんな事言ってる場合じゃねえよ!」
クラスメイトが声を掛けてくれたおかげで遅れていた事に気付き、僕達は速やかに着替えて体育館へと向かった。
「パスパスっ!」
「今だシュートしろっ!」
只今バスケの試合を観戦中です。
試合をしているのは大ちゃんがいるチーム。
やっぱり大ちゃんは上手い。
投げたボールがするするとゴールに吸い込まれていっちゃう。
格好良いなぁ〜…。
僕も背が高かったら、あんな風に活躍出来たのかなー…。
「はい次っ! ミニマム王子んとこのチーム、コート入って!」
「は、はいっ…! あ、王子だなんて…!」
「ほら早く入れっ」
「わぁっ!?」
コートから出てきた大ちゃんが、すれ違い際に僕の背中をドンッと押した。
毎度の事ながら雑だ…。
「頑張れよ〜っ!」
大ちゃんはニヤニヤと笑いながら応援してくれている。
幼なじみの大ちゃんは知っているんだ。
僕が運動苦手なこと…。
「試合始め!」
「「「「「「「「「「お願いします!」」」」」」」」」」
5対5の試合なんだけれど、僕がいるチームは4人と言っても過言ではないほど僕は使えない。
なのに、
「王子っ!」
「え、えぇ…!」
何故かよくパスが回ってくる。
とりあえずドリブルをしようとするんだけど…、
「あっ、わぁ…!? ぎゃっ!?」
ボールを蹴ってしまい、コートから出てしまった。
しかも足がもつれ、転倒。
「アハハハハッ!! "ぎゃっ"だってよ〜っ!!」
「王子可愛い〜っ! アハハハッ!」
むぅ…。
本気だっただけにすごく恥ずかしい…。
「おいおい大丈夫か〜っ?」
「ちょっと待っ…!? 大ちゃん起こし方っ…!」
大ちゃんが起こしに来てくれたんだけど…、両脇に手を添えて立たせるって…、それ完全にちっちゃい子起こす時のやつだよね…?
ちっちゃい子ではあるけど、僕もう17歳ですから…。
「ちっちゃい子は認めちゃうのかよ…」
「ん?」
「あ、いや、何でも。ほらっ! 試合頑張れよっ!」
「うんっ…!」
その後の試合は、当然ながら僕らのチームは負け。
皆さんの足引っ張っちゃった…。
「すみませんでした…。僕がヘマばっかりしてしまって…」
僕は教室に戻りながらクラスメイト達と話していた。
僕が落ち込んでいると、皆背中を叩いたり頭を撫でてきたりする。
なんか励まされる度に傷つく気がするんだけど…。
「そう落ち込むなよ王子っ!」
「そうだよ! いつもの事だろ!」
「うっ…」
全然フォローになってない…。
むしろトドメだよ…。
「お前がヘマしてくれると、俺らが笑顔になるからいーんだよ!」
「!」
僕が皆さんを笑顔に…。
そっか。
じゃあいいんだっ。
「フフッ…! ありがとうございますっ…!」
「いやいや、お礼を言うのは俺らの方だから〜」
「王子はそのままの王子が一番面白いからさっ」
僕と話すクラスメイト達は、いつも笑っている。
「良かったな。ミニマム王子」
「うんっ…!」
僕は他人に幸せを分けてあげられているのかな?
心が大きい人になれたのかな?
おばあちゃんがなってほしかった僕になっているのかな?
僕がキャリーバッグと共に貰った言葉たちは、僕の目標として今も生きている。
"人を愛して尊敬の気持ちを忘れない"。
それはおばあちゃんがくれた言葉で、僕のモットー。
なのに、
「あっ…! 王子だなんて申し訳ないですっ…!!」
「ミニマムは許すのかよっ!」
ニックネームが"王子"だなんて…。
そんな学校中で知られているニックネームに謙遜しつつ、僕は毎日楽しく過ごしている。
人を愛する事は簡単に出来るかもしれない。
でも、人に愛される事は難しい。
それを僕は知っていた。
だから昔、その解決方法をおばあちゃんに教えてもらったんだ。
おばあちゃんが何度も繰り返し教えてくれた言葉。
幼い頃は全く意味が分からなかったけれど、成長した今なら凄く納得出来る言葉だった。
───"他人を疑わない心を持つ事が愛されることに必要だよ。"
───"自分が相手を毛嫌いしたら、それは相手に伝わって毛嫌いされてしまう。だから、自分から人を嫌っちゃいけないよ。"
───"誰かを幸せにしたいのなら、その人を笑顔にしてあげなさい。その人に正しい道を教えてあげなさい。その人にいつも笑顔で接してあげなさい。それが"愛する"ということだよ。"
だから僕は疑わない。
他人の裏は考えない。
それが相手に対する尊敬の気持ちだと、僕は思う。
「あ、次数学だぜっ!」
「うわっ! 早く教室行って急いで着替えねぇと!」
「ほら行くぞ王子!」
「ま、待って下さい〜…!」
置いていかれそうだったため、必死に走っていたのだが、
「予想以上に遅い!」
と、戻ってきた大ちゃんが僕を俵担ぎした。
「ちょ、ちょっと大ちゃんっ…! 抱えないでよっ…!」
僕を抱えた大ちゃんを見て、クラスメイト達も、擦れ違う人達も、皆笑っている。
「アハハハハッ!」
「王子ちっちぇ〜っ!」
「お前軽すぎだろっ! もっと飯食えよっ!」
「た、食べてるよ〜っ…!」
これが僕の普通。
僕らの日常。
ねぇ、おばあちゃん。
僕、今すごく幸せなんだよ。
だって、こんなにも僕を愛してくれてる人達がいるんだよ。
毎日が明るくて楽しくてしょうがないんだ。
僕は背が低くてて運動オンチで、頭もさほど賢くない。
でも、愛されているから僕は生きていられる。
だからいつか、おばあちゃんがしてくれたように、僕も誰かに教えてあげたいんだ。
『笑顔は人を愛している証』
で、
『愛し愛される事が生きる事だ』
って。
おばあちゃん。
おばあちゃんの教え、僕、ずっと守ってるよ。
おばあちゃんの言葉たちが、おばあちゃんが僕を愛してくれていた証だから。
おばあちゃんの言葉たちが、おばあちゃんが生きていた証だから。
おばあちゃんの言葉たちが、今の僕を生かしてくれているから。
ありがとう。
おばあちゃん。
愛してくれて、ありがとう。