*感情
剛が食べ物のいい香りに誘われて目を覚ますと、何やら玄関の方が騒がしい。目をこすりながら部屋の戸を開いた。
隙間から聞こえてくるのは男の声──誰かがデイトリアに詰め寄っているようだ。
「どうしてなんだ! 俺の気持ちはわかっているはずなのに」
「私も考えは伝えたはずだが」
少し興奮気味の男をよそに、デイは至って冷静に応えている。
剛はドアの隙間を広げてこっそり覗いた。歳の頃は28歳くらい、ややがっしりした体格だ。
「どうしてあんな男を部屋にいれるんだ!? 俺がいくら誘っても食事にも行ってくれないのにっ」
剛と目が合った男は、さらに興奮してデイトリアに詰め寄った。
「助手を部屋に入れずにどうやって仕事を手伝ってもらうというのだ」
デイトリアは眉間にしわを刻み、半ば呆れたように発した。
「仕事の時だけならな。しかし一緒に住むってのはどういうことなんだ?」
男は剛の事を知り、駆けつけてきたらしい。
今までも何人かの男が駆け込んできたが、その都度、説明しているデイトリアが可哀相に思える。
「住み込みで雇っている方が何かと便利だ」
ほとんど俺役に立ってる気がしないんだけど……と、剛はデイトリアの言葉に半笑いを浮かべた。
「君は女性なんだぞ。それなのに一緒に住むなんて、何かあったらどうするんだ」
「何かあれば死んでもらうだけだ。心配はいらん」
いま、さらっとものすごいことを言った気がする。
さすがの男も、毒気を抜かれたのか次の言葉が出なくなった。
しばらく会話が続いたあと、男は渋々と帰って行った。
「まったく」
デイトリアは肩を落として顔をしかめつつ、朝食の準備に戻る。
「そりゃ仕方ないよ、デイ超美人だし。恋人でもない男と同棲してるんだし」
「誰のせいだと思っとる!」
オタマでビシッ! と剛を差した。
「え、俺のせい?」
「む?」
言われて思案する。
「気分転換で性別など換えなければ良かったのだ」
深い溜息を吐きながらうなだれた。
その様子に剛は生ぬるい笑みを浮かべる。
デイの性格というか、行動が一環してない気がするのは気のせいだろうか? いつもクールなイメージがあるんだけど、時々ギャグをかましてくれたり。
今だって、ちょっと気の抜けた感じだ。それが可愛く感じてしまう俺ってどうかと思う。デイは神様なんだよ。神様!
頭では解っていても、デイトリアの言動が剛を惹きつける。
「デイには恋人とか、いないの?」
「恋人?」
剛の質問に、デイトリアは料理の手を止めた。
俺はなんてことを訊いたんだ……と、視線を泳がせる。
いや、神様でも恋人がいたって不思議じゃないよね。剛は心の中で自分にそう言い聞かせた。
しばらく沈黙していたデイトリアは、少し愁いを帯びた瞳に笑みを浮かべ剛に向ける。
「生憎、私に恋愛感情はなくてね」
「え……」
剛は、かなりのショックを受けた。
いつから、こんなにデイを好きになっていたんだろう。たった一週間ちょっと一緒にいただけで、いつの間にか彼女を好きになっていた。
「ごめん、ちょっと買い物」
剛はどうしようもなく動揺しているので、それを隠すのと落ち着くために外に出た。
「あーあ、可愛そうに。失恋だな、ありゃ」
「ジェティス、覗き趣味か?」
「冗談、そんな趣味ありませんよ。しかし、奴の感情には気付いてましたか?」
ジェティスは肩をすくめて首を横に振った。
「いやまったく」
それを聞いたジェティスは、カクンと肩を落とす。
「あなたらしいと言うべきか。自分の事に対しては、まったくといっていいほど関心が無いんですから」
「悪かったな」
どうしたものかな……この問題に関して、解決の糸口は難しいとデイトリアは感じていた。