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明日の果て  作者: 河野 る宇
◆第1章~空と炎の瞳
8/22

*観察

「そういえば、ジェティスの目ってさ」

 同居を初めた剛は、本棚に本を仕舞いながらデイトリアに問いかけた。

 デイトリアの助手として暮らし始めた剛は、彼女が資料として使用した本を本棚に片付けている最中だ。

「なんだ。間違うなよ」

 嫌味のない物言いで返す。

「大丈夫だよ。それでさ、ジェティスの目って感情によって色が変わるの?」

「そういう訳ではないが。その本はそこじゃない、さっそく間違えているではないか」

「うっ!? 違うよ、英語だから間違えただけさ」

 10冊ほどの本を片づけ終わると、黒いノートパソコンを開いて作業しているデイトリアの隣に腰掛けた。

「デイって黒が好きなの?」

「ジェティスの話じゃなかったのか。それより、宿題は出来たんだろうな」

 剛はギクリとした。

 実は先日、英語を覚えるようにと彼女から翻訳の宿題を出されたのだ。

 童話集のような薄い本なのだが、言葉遊び的な内容のために、かえって難しい。

「ううーん……」

 本を片手に頭を抱えている剛を見て、デイトリアは「やれやれ」と小さく溜息を吐き出す。

「全て1人でやれとは言うとらん。わからないヶ所あれば聞けばいい。すぐに理解できるほど言葉は単純ではない。訊く事は恥ではないのだから」

「そりゃあ、聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥って言うけどさ。訊いてもいいなんて思わなかったよ」

 こんな風に喋れるようになれたのは、あれから一週間経つからだ。

 人間じゃないと知っているせいか、剛はどうしても警戒を解く事ができなかった。しかし、当のデイトリア本人は至って普通に生活しているときた。

 ただ不思議なのは、ここに来てから寝ていても幽体離脱しなくなった。

 デイトリアの側にいるのと、この部屋に特殊な何かを施しているかららしい。

「見せろ」

「あ、うん」

 冷蔵庫から2人分の飲み物を持ってきたデイトリアが発し、剛は本を少し右にずらした。

 曲がりなりにも、助手という形で同居している剛に彼女は給料を払っている。家賃や光熱費は負担してもらい、払うのは食費のみだ。

 問題といえば、自分で税金を払わなければいけないという点。

 彼女はフリーの翻訳家で、会社に勤めている訳でも会社を興している訳でもない。

 そんな人間(?)の助手だから当然ではあるが、今までは会社がやってくれていたので面倒このうえない。

 剛は、デイトリアの授業を受けながら部屋の隅々に目を通す。

 別に黒が好きって訳じゃないのか……と、の横顔を見つめた。

 少し前髪にクセのある彼女の黒髪は、思わず触れてみたくなるほど艶やかだ。すらりとした体型は、外を歩けば目を引くほど上品に動く。

 確かに、男ならほっとかない容姿をしていると思う。このしゃべり方も、個性といえば通じるだろうし案外、気品があって気に入られる口調かもしれない。

 気品というより偉そうって感じだけど、不思議にムッとする感覚は無い。悪く言えばジジ臭い。

 彼女の気を引こうと色んな人から贈り物が届くのだが、デイトリアはそれをいつも送り返していた。

 中身といえば、くそ高そうなアクセサリーやドレスにパーティの招待状などなど。

「もらっとけばいいのに」と剛が言うと、

「着ける機会が無い」と応えた。

 どうやら、チャラチャラしたものは好きじゃないらしい。

「売ればいいじゃん」とも提案した。

「それこそ失礼であろう。どんな理由があるにせよ、想いは込められている」

 生活できるアイテムだけを手元に残しているようだ。

 どうりで生活自体は質素な割に、家具や電化製品だけはやたら高価そうだと思った。

 栄養士かと思うくらい、バランスの採れた食事を作る。それがまた美味いとくれば、ちょっと幸せな感じも否めない。

 彼らに栄養バランスなんて関係無いだろうけど、剛の健康を考えてのことなのだろうか?

 そんな感覚に浸っていると、必ずジェティスが剛の様子を窺いにやってくる。剛はその度に、現実に引き戻されるのだ。

 解っているはずの現実──彼らは人間じゃない。

 

 そうして、まざまざと蘇るジェティスが人を殺す光景。

 目を背けてしまいたいが、それは脳裏にくっきりと焼き付いて剛を苦しめる。

 闇のような4枚の翼が剛を飲み込んでいく。あとに残されたのは、後悔の念と恐怖。

「剛」

「あっ、え?」

「何をしている。聞いていたか?」

「あ、ご、ごめん。最初からお願いします」

 微かに震えている剛の手を見て、デイトリアは静かに立ち上がった。

「お茶にしよう。何がいい」


 オレンジの香りがキッチンから漂う。オレンジペコだ。

 剛はキッチンに向かい、ダイニングのイスに腰掛ける。クッキーとティカップが剛の前に差し出された。

 ひと口、含むと自然に溜息が漏れる。

「すまんな。ジェティスは少々、気の荒い処があってね。許してやってほしい」

「えっ!? いや」

 見透かされていたようで、剛は視線を泳がせた。

 そして、上品にカップを傾けるデイトリアの動きを自然に追ってしまう。


 ふと剛は、デイトリアとの出会いをジェティスに感謝し始めている事に気付いた。

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