*その正体
「責任取れよ」
「なんだ唐突に」
路地裏の一角、剛は見知らぬ男たちに絡まれているジェティスに壁に発した。
「なんだおまえ。こいつの知りあいか?」
おそらく、これから殺されるであろう男が剛にも絡んでくる。
「そいつのせいで彼女にふられたんだ」
「チッ、女くらいで」
別の男が舌打ちする。どうせこいつも殺される予定の奴だ。
「こいつら殺すんだろう? 早くやれよ」
「俺たちを殺す? ふざけてんのか、アァ?」
眉間にしわを寄せてすごみを見せているようだが、ジェティスに効果は無い。5人いても、きっとジェティスには敵わない。
「機嫌が悪いのはわかったがな、人を殺める場面を見たいのか?」
「見たい訳ないだろ、そっちの仕事を早く済ませろって言ってんだ」
俺の態度に、ジェティスは眉を吊り上げ少しの怒りを見せた。
「愚かだ。そのような人間にため口を吐かれる覚えはない」
低く発すると次の瞬間、2対の翼が現れた──
「うわぁ!? なんだこいつ!?」
皆それぞれに叫び声を上げ、漆黒の翼を凝視する。
ジェティスが翼をひと羽ばたきさせたかと思うと風が舞い、男達は地面につっぷした。そして静かに死体を見下ろし、死んだ事を確認すると剛を睨み付けた。
「これで満足か」
「う……」
吸い込まれるような黒い翼から視線を離せず、剛は恐怖で体を震わせた。
「そんなに知りたいか、ならば教えてやるよ。我が名はジェティス。黒の闇天使ジェティスだ」
「天使だって?」
黒々とした風貌はどう見たって死に神じゃないか。
「俺は裁きの天使だ。絶対神マクバード様の配下であり、計り事の神デイトリアの僕、俺に与えられた名は自由を司る黒の闇天使ジェティス」
「な、なんだよ」
なんでいきなり全部暴露するんだよ。
「知りたかったんだろう? だから教えてやったんだ」
「なんでおまえが怒ってんだよ。俺が先に怒ってたんだぞっ!」
「人が死ぬ瞬間を平然と眺めていられる事は、俺の望んだ事じゃない」
「なんだよ、おまえは平気なくせに」
「お前がそう思っているからそう見えるだけだ。それに俺は人間じゃない」
「なに勝手なこと言っ──」
「何をしている」
突然、背後から聞き覚えのない声がして剛は振り返る。
「!」
そこにいたのは、背中までの美しい黒髪をなびかせた赤い瞳の女性だった。
手入れしているようには見えないが、艶やかな髪に整った顔立ち、吊り気味の目尻は文句のない美人だ。
「デイトリア様」
ジェティスは翼を仕舞い、軽く会釈した。
「えっ!? こいつが? いや、この人が……」
女は際立った存在感を放ち、剛を威圧するように視線を合わせる。
見つめられた剛は、いてもたまらず目を逸らした。何もかもを見透かされる感じがしたからだ。
その女は剛をしばらく見つめたあと、ジェティスに向き直り、少し厳しい口調で発する。
「何故、話した、馬鹿な事を。おまえらしくもない」
「すみません。処で、どうして女性型なんです? いつも男性型なのに」
「気分転換に替えてみたんだが、やはりダメだな。仕事もろくすっぽできん。女になった途端にこれだ」
「それでいつも男性型なんですね。ストーカーはいますか?」
「ん、こないだいたなぁ」
2人は剛の存在など忘れたように、そっちのけで盛りあがっている。
「どうしましょう」
呆けた剛に気付いたジェティスが、女性に意見を求めた。
「おまえの波長にしっかりと乗っとるな」
どうしたものかと思案している。剛はそれをじっと待つしかなかった。
「名前は」
「佐藤 剛と言うらしいです」と、ジェティス。
「仕事は何をしている」
「え? えーと、サラリーマン」
「ずいぶんと幅の広い答え方だな。英語は」
「え? ちょ、ちょっとは……」
なんでこんなこと聞くんだろう?
「ドイツ語は」
「無理に決まってんだろ」
「ふむ」
なんだか思案している様子、彼女は剛をどうする気なのだろうか。
「今の仕事を辞めてくれんかね」
「は? いきなりなに言ってんの」
「では記憶を消すのはどうだ」
「いや、言ってる意味がわかんないんですけど」
「このままにしておく事は出来んのでな。方法としては命を奪うか、記憶を消すか、私の助手になるか」
「はあ……」
どうでもいいけど、見た目すごい美人なのに、この男口調はなんとかならないのか。
「早く決めろ」
狭い路地裏で剛の今後が決められようとしていた。
「決めろって言われても、突然すぎて無理です」
「では記憶を消す」
「嫌なんですけど」
どうやら、選択肢は1つしか無いようだ──





