*声
剛は変な奴に遭遇した翌日── 酔いが醒めていたのに、二日酔いはキッチリと訪れた。
「こりゃダメだ。会社休もう」
ズルズルと布団から這いだして携帯を手に取る。
「もしもし、佐藤です。すんません、体調不良で今日休ませて下さい。ハイ、すいません」
体調が悪いような声色で話すと、なんとか休みは取れた。
心配してくれる上司の声に、なんとなく悪い気はしながら布団に再び体をあずける。しかし実際、気分は最悪だ。
目が覚めたら覚めたで、昨日の夜の事が脳裏を過ぎり眠る処ではない。
「あいつ一体、何だったんだ?」
クラクラとする頭で考えていたが、いつの間にか寝ていたらしく、剛は夢の中にいた。
自覚がある夢というものは、ある意味嫌なものだ。自由になると思っていても体が重いのだから。
暗闇をトボトボと歩いている剛の目の前に、ふいに人影が現れた。
目を凝らす──
「!? げっ!? なんであんたが?」
それは、昨夜見たジェティスとかいう奴だった。
相手もこちらに気が付くと、「ヤレヤレ……」といった態度で剛に発する。
「まずいな、俺の波長に合っちまったか? とりあえず帰れ。ここにいると消滅する」
「なんのことだよ? おい!?」
ジェティスが左手をゆっくり振ると、剛の体は後ろに引き込まれて意識が遠のいた。
「──うわぁっ!?」
勢いよく飛び起きて、荒い息を整える。
「な、なんであいつが……。それに、何て言ってた? 波長? 消滅?」
訳がわからない。なんだってあんな奴の夢なんか見なくちゃならないんだ。どうせなら綺麗なお姉さんの夢にしてくれよ。
再び目が覚めると、夜中だった──
「いつの間に寝たんだろ?」
空腹だという事にも気が付いて、仕方なく多少フラフラする足取りでコンビニまで行く事にした。
コンビニは剛のマンションから少し遠い、途中ちょっと嫌な雰囲気の廃工場──かなり昔につぶれたらしい──があって、剛はあまりそちらを見ないようにしていた。
「男のくせに」と言われるかも知れないが、彼はホラーとかあまり好きじゃない。
それに、あそこは質の悪い輩が時折ウロウロしていて、何かヤバい感じもする。
静かにそこを通り抜けようと、足音を忍ばせる。そんな彼の耳に、微かに話し声が聞こえた。
男たちが争っているような音……素早く通り過ぎようとしたが、何故か心臓が大きく踊った。
それは何かに反応するように血液を勢いよく流動させる。
見てはいけない! 心の中で何かが叫ぶ、見れば後戻りできなくなる──そんな感覚に囚われながら、警告した心の声は虚しく剛の横を素通りした。
「マジかよ」
そこにはやはり、あのジェティスという男がいた。
これは何かの縁か? それとも受難の始まりか? 後者が当てはまってる気がして、剛は泣きたい気分になった。
昨日より広い場所と、周囲にある街灯の明かりで状況がよく見て取れる。
「今度は一体、何で言い争っているんだ? あいつ」
耳をそばだてていると、なんとなく状況がわかってきた。
「いい加減にしろ。自分たちのやっている事が悪い事くらいは理解しているだろう。女性には優しくするもんだ」
ジェティスは眉を寄せて男たちに発した。
なるほど、こいつら女の人に乱暴しようとしたんだな。当の女の人はもう逃げたあとらしいけど。
「うるせぇよ、おまえ警察?」
まあ当然、そういう反応になるよな。
今度の数も6人ほど。男が6人で女性を乱暴しようとしたのかと思うと、嫌な気分になる。
すると、ジェティスはまた勝ち気な顔をした。当然、相手はカチンと来る。
「警官だったら、お前たちは生きていられただろうに」
そのささやくようなつぶやきに、心の声は再び剛に警告した。
見てはいけない!──その声は今度はひと足遅かった。
漆黒だったジェティスの目が青く輝く。まるで、闇に輝く宝石のように……そして、薄闇にいくつかの軌跡が描かれた。
男たちは、何か刃物のようなもので切り裂かれたように血しぶきを上げながら倒れていく。
必死に叫びを上げないように朽ちを押さえてジェティスを見やると、形の良い手から血がしたたり落ちていた。それでようやく、爪による攻撃なのだと解った。
「馬鹿が、少しの良心も持たぬ者に慈悲など無い」
ジェティスは苦しみ悶える男たちを見降ろし、冷たく言い放つ。その物言いは、剛にはなんとなく高貴に感じられた。
剛は怖くなり、その場から急いで遠ざかる。
その後ろ姿をジェティスが見ていたとも知らずに──