*記憶の底
出来れば思い出したいけれど、思い出そうとする度にモヤがかかったように記憶がかすれる。
バイトが休みの今日は、特にすることもなく街を歩いていた。
ふと映画館が見えて滑り込んだ──タイトルからしてB級のホラー映画っぽかったが、構わずにチケットを購入してぼんやりと眺めた。
記憶を無くしている間に何があったんだろう……と、スクリーンに映る血しぶきを見つめる。
ホラーなんて何級だろうと無理だったのに、今は平気で見ている。
好みについても変わっていた。
栗毛の女性が好きだったのに、どういう訳か今は黒髪に惹かれている。それも、腰までの長い髪だ。
今時は手を加えていない髪なんて少ない。
探してもいないのに目は自然と黒髪を見つけて追ってしまう。
そんな風に日々は過ぎ──気がつけば半年が経過していた。
無くした記憶にも執着が消え、真里という恋人も出来て充実した毎日を過ごしている。
時折、無くした記憶の苛立ちに襲われる事はあっても、それに囚われる事はなくなった。
それを話せば、「恋人の存在が大きいんじゃない?」と言われるが、どちらかと言えば逆な感じはある。
真里の黒髪に、何故だか無性な苛立ちを覚える時があるからだ。
怒りや鬱陶しさとかじゃない、別の何か──それが心の奥を騒がせる。
バイトから帰ると、アパートにはすでに真里が部屋でテレビを見ていた。
「あ、おかえり~」
と言いつつ、こちらを振り返らない。
また趣味のカラーコンタクトでもしているのかな?
剛は、買ってきた物をキッチンテーブルに乗せて無理に近づいた。
彼女はカラーコンタクトを集めるのが好きで、初めてであった時も青いコンタクトをしていた。
嬉しそうな背中に笑みを浮かべて肩を叩く。
「じゃーん!」
披露するように大きく目を見開いたその瞳に、剛は強い衝撃を覚えた。
「赤……?」
「うん、すごいでしょ。こんなに綺麗な赤いカラコン見たの初めてで衝動買いしちゃった」
「そうか、そうだったのか」
「どしたの?」
止まった歯車が動き出す──途切れた記憶を思い出して、なんか色々と腹が立ってきた。
「ごめん」
「え?」
「ごめん、俺……真里の向こうを見てたらしい」
立ち上がり、切なげに笑みを浮かべた。
「向こう? 記憶が戻ったの!?」
「真里のことは好きだけど、これ以上はダメみたいだ。荷物、全部持って帰って」
呆然と見上げる真里を置いて部屋を出て行く。
「なんで記憶を!?」
息を切らせて都心に向かう──ようやく思い出した名前を心の中で連呼して、路地裏を探し回る。
記憶を消されてつながりが断ち切れたのか、ジェティスの存在をまったく感じ取る事は出来なかった。
「記憶……消さなかったんだ」
つぶやいて足を止めた。
これは消したんしんじゃない、忘れさせたんだ。
でも許せない、いきなりこんなことするなんて──!
デイトリアからしてみれば俺は邪魔者なのは解ってる、それでもやっぱりマクバードといたかったんだ。
マクバードと会った他の人はどうしたんだ?
俺みたいに記憶を操作したのか?
「教えてくれよ、デイ──」
煌びやかなLEDライトと、激しく耳を打つ音楽に囲まれて剛は孤独に立ちつくした。





