*遭遇
春も間近の肌寒い夜、きらびやかな栄華をまとった都会の端っこ──青年は悪友どもとしたたか飲んだ帰り道フラフラしながら歩いていると、路地に入るビルの間に複数の人影をみかけた。
いつもなら「また誰か絡まれてるんだろう」と気にも止めないのに、 何故か俺の目を止めさせた。
声や動く影と足音から、1人の男が6人ほどの男たちに囲まれている。
どうやら、その男に青年の目は引かれたようだ。雲に隠れた月のせいでハッキリと見えない姿なのに、何故か気になった。
気付かれないように少しずつ歩みを進めて、そうしてようやく、男の姿をくっきりと捉える距離まで近づいた。
「!?」
青年は一瞬驚いた──膝まで届くんじゃないかと思うくらいの黒髪が時折、差し込む月明かりに照らされる。
普通ならば、そんな長い髪の男なんてとても見られたもんじゃないと思うのだが、その男は不思議とそれが似合っていた。
漆黒の瞳に顔立ちはかなり整っているものの、日本人とは違っていた。
かといって、どこの国の人間なのかは不明だ。歳は25か26歳といった感じか、見ている青年よりも少し若く感じられる。
「邪魔に座っているから邪魔だと言っただけでこんな場所に呼び出すとはな」
長髪の青年は、この人数にたじろぐ事も無く淡々と発した。
「なんだとてめぇ」
そんな青年の言葉とは裏腹に、絡んでいる男たちの声は荒い。
男たちは絡む理由が欲しかっただけなのだろう、相手なんて誰でもよかったのだ。
運悪く、この青年がひっかかったにすぎない──見ていた青年は、その男の表情を見るまではそう思っていた。
「お前たちに家族はいるか。悲しんでくれる家族が」
「あぁ? なに言ってんだお前」
男は、あからさまに勝ち気な笑顔を見せた。
「!」
まさか、わざと絡まれたのか?
そう直感した刹那──その男は目の前にいた男の首を右手で掴み、ゆっくりと持ち上げた。
「なっ!?」
他の男たちは、信じられないといった顔で持ち上げられた仲間を凝視した。
はたから見ている青年も信じられずに息を呑んだ。
しばらくその光景を眺めていると、バキリと何かが折れる音がした。その男が掴んでいた男を横に放り投げると、そのままぐったりと動かない。
その時ようやく、男たちは仲間が死んだという事に気付き慌ててその男に殴りかかった。
「愚か者どもが」
男がぼそりとつぶやくと、何かに弾かれたように残りの男たちは倒れ込んだ。
「うわっ!?」
倒れ込んだ男たちがぴくりとも動かなくなって、見ていた青年は思わず叫び声を上げてしまった。
「誰だ」
低い声で発し、厳しい目を向ける。
青年はその問いかけに何て答えようかと思案していると、男がこちらに歩いて来るではないか。
青年は逃げられずにそこに立ちつくす──あと1mの距離で男が立ち止まった。
ばっちりと目が合う。
「あ、えーと。その……」
愛想笑いでごまかそうとするが、そんなのは無駄だろう。
「見たのか」
「はい」
正直に答えてしまった自分が憎い。
「名前は」
「言わなきゃだめ?」
「だめ」
「……佐藤 剛」
「さとうつよしか。覚えておくぞ」
去ろうとした男に、
「ちょっと、そっちも名前言えよ」
速攻でギロリと睨まれた。
「ジェティスだ。忘れろ」
「なんだそりゃ」と、口には出さずに見つめた。
ジェティスと名乗った男は、音もなく暗闇にかき消える。
「!? やべえ、ここにいたら疑われる」
ハッとして、慌ててその場から走って逃げた。
そうしてしばらく走ったあと息を切らせて立ち止まると、もうすぐマンションにたどり着く処まで来ていた。
「ハア、ハア。あいつ……。一体、何者だ?」
すでに酔いの醒めた足で、夜風に震えながら家路についた。