魔王派遣します
本編はこれで終わりとなります
二度と来る事はないと思っていた世界に再び来た。
前に来た時と違うのは世界全体が暗く澱んでいる事だろう。
「豪さん、穢れ者はグラスランドの城に向かっているそうです…今、妹さん達勇者隊が迎撃に向かいました」
「あそこの城は無駄に豪華だからな。穢れ者の神経を逆撫でするんだろ。ジャック、関根、俺が穢れ者と接触したら周りの奴等を待避させろ…行くぞ」
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不味いな、それがこの世界の穢れ者を見た第一印象だ。
四メートル近い大きさの黒い塊がウネウネと緩慢に動いている。
体には幾百幾千の顔が着いている。
泣いている顔、怒っている顔、妬んでいる顔、どの顔も泣きながら何かを叫んでいた。
怒号をあげている顔もあれば、哀しみ泣き叫んでいる顔もある。
不意に穢れ者の動きが早くなった。
「あの馬鹿!!あんな綺麗な装備で行ったら穢れ者が怒りが増すだけだろうが」
極限まで磨かれた鎧、シルクで作られた法衣、無数の魔法が編み込まれたローブ。
アルマ達は絵に描いたような勇者様の格好で行軍して行く。
「王に着せられたんでしょうね。しかも、魔王子達も一緒にいますから穢れ者が荒れますね」
「今のアルマ達はグラスランドの民の希望になっている。殺されでもしたら哀しみが穢れ者に流れ込んで手がつけられなくなっちまう…行くぞっ」
本当ならアルマ達を転移させたかったんたが、そんな暇はないらしい。
穢れ者から無数の触手が伸びてアルマ達に襲い掛かる。
雨霰の如く降り注ぐ黒い触手。
一瞬でアルマ達はボロボロになっていた。
剣は折れ曲がり体中傷だらけ、真っ白な肌も泥まみれだ。
「負けない…僕は勇者なんだ…お兄ちゃまと約束したんだ!!この世界は僕が守るっ」
アルマは折れ曲がった剣を杖がわりにして立ち上がる。
「アルマちゃん、今法術を掛けますから無理しないで」
アンジェがよろよろとした足取りでアルマに駆け寄る。
「アンジェ、俺に掴まれっ。三人で彼奴を倒すんだ」
リチェルがアンジェを支えて勇者三人が集結した。
でも物語と違い、ここは現実。
神に選ばれた三人の勇者が集まっても奇跡なんて起きる訳がない。
むしろ穢れ者の癇に障るだけだ。
「餓鬼ども、下がってろ。邪魔だ…天使早くこいつらを連れて行け!!」
「お、お兄ちゃま?なんで…死んだ筈じゃ…」
アルマの顔が歪み始めたのが分かる。
これは大泣きするパターンだ。
「悪いが俺の名前は細川豪だよ。ただの会社員さ…穢れ者!!ここからは派遣員が相手だっ」
「化け物っ、お前の相手は僕だっ!!」
嫌な予感がしたので、上空を見るとユウキが穢れ者に向かって見栄を切っている。
穢れ者は直ぐ様に標的をユウキに切り替えたらしく、何百もの触手が襲い掛かった。
「こんのっ馬鹿天使っ!!」
突っ込むと同時に穢れ者を思いっきりぶん殴る。
穢れ者は一瞬怯んだが、直ぐ様に俺へに向かって雪崩れ込んできた。
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ヤバイな、周りが全部真っ黒だ。
どうやら穢れ者に取り囲まれたらしい。
「アハハッキモいのが来た。ヒャッハッハハッー格好をつけて馬鹿じゃねえの、クスクス殺されに来たの?」
四方八方から嘲笑が聞こえてくる。
少女の声がしたかと思うと、若い男の声が聞こえてくる。
年齢も性別もバラバラの声が俺に話し掛けてきた。
どうやら穢れ者は俺を取り囲んで得意になっているらしい。
このままじゃ不味いから、ぶん殴って脱出しようとしたら背中に強い衝撃が走った。
次は右脇腹、脳天、股関、無数の触手が次々に攻撃をしてくる。
掴んで千切ってやろうとしても引っ込ませるのが速すぎて掴めやしない。
「やーい弱虫、尊い私に逆らうからだ、痛い目に遭いたくなかったから金をだせ、あんたの亭主は私のものになったの」
これはこいつらが生きている時に投げ掛けられた言葉なんだろう。
「ちっ、うるせぇんだよ…グブッ」
見ると腹を真っ黒な触手が貫いていた。
そして顔をぶん殴られ足を折られた。
額が切れたのか血で前が見えない。
意識が朦朧として何も考えれなくなる。
(なんか怠いな…楽になりてぇ)
地べたに座ると立つのも傷を治すのさえ億劫になってきた。
ただひたすらに眠い。
「さあ、仲間になろう。みんなで一つに。恵まれた奴を倒そう。合い言葉は死ね、リア充」
「一つに?」
「苦しみは他人に回すんだ。今まで私達だけが辛い目にあってきたんだから他の奴にも味あわせるの」
辛い目?苦しい事?今まで何が一番辛かった?
魔王と憎まれた事、人や魔物を殺めた事…違う。
春香が死んだ時だ…俺が死んだら誰が哀しむ?
春香だ…春香が同じ思いをするのか?
それは駄目だ、春香にあんな思いはさせたくない。
どうする?…いや、話は簡単だ。
「冗談じゃねえぞ、こらっ!!なんで俺がお前らみたいないじけ虫と一緒にならなきゃいけねえんだよ!!彼奴に春香にあんな思いをさせてたまるかっ!!」
ヤバめの傷だけを治して無理矢理立ち上がる。
「俺達をまた苛めるのか?ひどい、ひどいっ。恵まれた奴には僕達の気持ちなんて分からないんだ」
「分かる?分かる訳ないだろ…俺は魔王なんだからよっ」
愛用の斧を召喚する。
穢れ者が強くなる?だったらもっと強い力でぶん殴るだけだ。
迫ってきた触手を斧で切り落とす。
後ろから来る触手は無視して本体に切りつける。
「痛い、痛いー。鬼です、悪魔です!!殺せ、殺してしまえ。自己防衛は罪にならん」
穢れ者が俺を押し潰そうとのし掛かってきた。
「いらっしゃいませ、お客様。今日のお勧めは魔王特製の濃い魔力でございます」
俺の魔力が尽きるのが先か、穢れ者が俺を押し潰すのが先か…こうなりゃ根比べだ。
俺の魔力で穢れ者の顔が焼けていく。
「熱いよ、熱いよー。退けろ、そこを退けろー。押さないでよ、馬鹿っ」
思った通りだ、穢れ者は一つじゃない。
負の意識で繋がっているだけ、いざとなれば自分が可愛くなり他者を犠牲にする。
「おいおい、つれないじゃねえか?俺と一つになるんじゃなかったのかよ。お前らがバラけてどうすんだ?」
「ひぃぃ、怖い、怖いー。助けてー、鬼よ、悪魔よ。人でなし罪の意識はないのか?」
今度は非難を始めやがった。
「罪の意識?そんなの、ある訳ないだろ…俺は魔王なんだぜ」
人に憎まれて平和を作る。
哀しみを抑える為に人に嫌われ役を演じる。
「魔王様に殺されたくなきゃ、とっとっ穴蔵に帰りやがれ!!」
残っている魔力を一気に解放。
そして俺は意識を手放した。
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一組の男女が会社に出社する。
それだけならありふれた光景である、男の方がニmを軽く 超える厳つい強面でなければ。
「はい、創竜カンパニーです…分かりました。それでしたら強くて優しい」
電話を受けた女性は、同じ会社で働く夫をチラリと見た後に誇らしげにこう言った。
「魔王を派遣します!!」
後はリクエストがあれば幕間を書きますが、一応は終わりとなります