魔王の過去
重めの話になります
魔王子達の教育が始まりエクジルにも束の間の平和が訪れた。
それを感じてか今日は日差しも穏やかで、時の流れさえゆっくりと感じる。
ジャックの話だとのグラスランドの貴族はエクジルの金製品に涎を垂らさんばかりの反応を示したらしい。
そう遠くないうちにアルマ達が勇者隊を率いてエクジルに攻めいってくるだろう。
(自分で積み上げた平和を自分で崩す…まるで餓鬼の積み木遊びだな)
だか、もうあの時の俺みたいな思いは誰にも味わって欲しくない。
人は大事な人を奪い取られると、自分を含めた世の中全てを呪う。
そして哀しみを紛らわす為に全ての物を恨む。
それが神の建てた計画の歪みなら誰かが防がなければならない。
あの日、俺はそう心に決めたのだから。
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嬉しさの余り、全身がこそばゆくなってしまう。
中坊の時みたく胸の奥から甘酸っぱい物が溢れ出して全身を包み込む。
「豪、料理はどうする?それと余興の時間も決めなきゃね」
俺は結婚式の打ち合わせをする為に春香と式場を訪れている。
(本当に青山さんと結婚出来るんだな…夢じゃねえよ)
結婚をする青山春香は中学時代から片想いをしていた初恋の人。
「それと引き出物も決めないとな。親父は店で作った菓子にしろって言ってるけど、本当にそれで良いのか?」
ちなみにウェディングケーキは俺が勤めている店で作ってもらう。
司会は春香の上司のアナウンサーにお願いしている。
その道のプロが参加してくれ、何とも豪華な手作り結婚式になりそうだ。
「お義姉さんがアイディアを出してお義父さんとお義兄さんが作る。そしてお義母さんが一つ一つ心を込めて包装して、手書きのカードを添えてくれるんでしょ?細川家の嫁にとって最高の贈り物だよ」
「細川春香か…本当にあの青山さんが俺の嫁さんになってくれるんだな」
幸せをゆっくりと噛み締める。
「細川春香をよろしくお願いします。さてと、私は一回実家に戻るね」
「お義父さんとお義母さんによろしく言っておいてくれ」
俺は笑顔で手を振る春香を満面の笑みで見送った。
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春香と別れて一時間後、不意に携帯が鳴り響いた。
掛けてきた相手は春香の母親。
(まさかやっぱり娘はやれませんって言われるんじゃないだろうな…まだお義母さんは気が早いし。なんて呼ぼう?)
「はい、細川です。青山さんこの間は…」「細川君、春香が刺されて危篤なの!!早く来て」
春香がキ…ト…ク?
何を言われたのか分からない、いや頭が理解する事を拒否をしている。
「場所は市立病院、早く来て!!」
春香の母親の絶叫が頭に鳴り響く。
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春香は俺と別れた後に、知らない女に刺されたらしい…。
そう、刺されただけで死んではいない。
絶対に死んでなんかいない…あれはふざけて寝ているだけ。
寝ているから動かないし、声を掛けても返事をしないんだ。
でも何で顔が青いんだ?
何で息をしないんだ?
何で笑わないんだ?
何で豪って呼んでくれないんだ?
「残念ながらご臨終です」
医者の言葉が俺の意識を刈り取っていった。
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心が空っぽだ…笑う気も飯を食う気も動く気力すら湧いてこない。
「豪、飯ぐらい食え。明日は青山さんの葬式なんだぞ」
兄貴が優しく話し掛けてくれる…その優しさが俺の心を蝕む。
「恐いんんだ。飯を食って美味いと感じる自分が怖いんだ。あいつはもう何にも食えないのに、飯を食って美味いと感じる自分が嫌なんだ」
「三日も何も食わなきゃ美味くて当たり前さ。自分で自分を壊す気か?」
コ・ワ・ス?壊れる訳がない…俺の心は既に壊れているんだから。
「壊したいけど壊れないんだよ…何で俺の体はこんなに頑丈なんだ!?いっそ、壊れれば春香の所に行けるのに」
「やれやれ…今のお前を見たら青山さんは泣くどころか怒るだろうな。本当は規則違反らしいが警察にいるダチに無理を言ってコピーをもらってきた…青山さんからの手紙だ…お前宛のな」
兄貴が一枚のコピー用紙を手渡してきた。
所々、インクの様な物が滲んでいる…あぁ、春香の血だ。
豪へ
改めて手紙を書くのは照れ臭いけど、きちんと伝えたいから書きました。
同じ年に生まれ同じ地域で育った豪と私は中学校で出会いました。
それは素敵な偶然でもあり必然。
だって別々の道に進んだ二人が違う町で再会して恋人になれたんだもん。
偶然の様な必然が私と豪の運命。
そして今度から一緒の人生を歩んでいきます。
何かあったら遠慮なくビシビシと突っ込んでいくので覚悟する様に…貴方は私の旦那様なんだから。
いつか二人で笑顔を沢山創れるケーキ屋をやろうね
豪の可愛い嫁 細川春香より
その日、俺はようやく涙を流して春香が死んだ事を認めた。
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春香が死んで一年経つが情けない事に未だに春香が死んだ事を受けいられずににいた。
その日、仕事を終えて部屋に帰って来た俺は不思議体験をする。
電気を着け用と真っ暗な部屋に入ったのは良いが、いくら歩いても蛍光灯に辿り着けずに五分ぐらい歩いた。
端から端へ歩いても三秒も掛からない部屋なのに五分も歩いている。
巨大な足を見つける、人の足と違い鱗に覆われ鋭い爪をもった足。
「人の子よ、強き魂を持ちし者よ。我は世界を創る者なり。派遣員となり異世界を巡れ。そして生きとし生ける者を守れ。輪廻する魂を守れ」
巨大な竜は俺にそう告げる。
そして俺は派遣員になった。
大切な誰かを失う人を無くする為に、もう一度春香の魂に会い幸せに暮らしている事を見届ける為に。
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