魔王の仕込み
前回に続き春香視点です
真っ赤なスーツを着た豪が、事務所で何をしているかと言うと
「このデータは棒グラフに出来るか?出来たら美神が主神になる五年ぐらい前から頼む」
眼鏡を掛けた男性事務員と資料作成に勤しんでいた。
「えーと、美神に変わってからの魂の禊率ですね。後、他の神からの苦情件数の推移はどうしますか?」
「それは折れ線グラフにしといてくれ。確か、美神と同じ頃にパンダの神が代替わりしたろ。あそこを比較対象としと乗せてくれたら説明がしやすいから助かる」
「細川主任、そういえば先ほど注文されていた兜が出来たってゲンさんから電話が来ていましたよ」
事務員が手書きのメモを豪に手渡す…紫ジャージの次は仮面ときたか。
「おっ、ありがとな。菓子を買いに行くついでに寄ってくるよ。レシートで良いか?」
「領収書にしてもらえれば助かります。菓子は竜神庵ですか?」
領収書とは、なんともビジネスライクな魔王様。
「いや、美神は神格が低いからドラゴンベルのクッキーのアソートにするよ、一番安いやつな。あそこに竜神庵の和菓子を贈ったら他の神に気まずいだろ?」
贈り物に気を使う、なんとも日本人サラリーマンな魔王様。
「確かにそうですね。予算的にも助かります。細川主任が帰って来るまでには資料を作っておきますので」
「頼む、お前はドラゴンベルのポイントカード持ってるか?あるんなら押してきてもらうぞ。それと例のデータも出しておいてくれ」
事務員さんからポイントカードを預かった豪は、自分のロッカーに向かうと
エコバッグを取り出した。
私の彼氏は、なんとも生活臭い魔王だ。
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魔王が眉間に皺を寄せて眼光鋭く睨んでいる。
その先にあったのは
「俺とした事が秋の新作ケーキを見逃していたとは!!ぬー、カボチャのモンブンランも捨てがたいし栗のキャラメルタルトもありだな。しかし、このさつま芋のプリンを見逃す訳には」
クッキーを買った豪の目に飛び込んできたのは、秋の新作ケーキ。
新作ケーキをガン見する魔王、そんな奇妙な光景が出来上がった。
普段は規格外な強さを誇る魔王が、子供みたいに悩んでいる。
事務処理をしている派遣員や事務員へのお土産でケーキを買って帰るらしいんだけど、豪は自分は何を食べるかで悩んでいた。
「おや、バレルさんじゃないですか?」
「カ、カルム様…!?」
私に声を掛けてきたのは白髪の老人。
子供の頃から教会や絵本で御姿を何度も見てきたスフェールの神様カルム様だ。
その場に膝まづこうとした私をカルム様が押し留める、
「ここはスフェールじゃないんですから、それは必要ありませんよ。元気そうで何よりです。派遣員の仕事は慣れましたか?」
気さくに話し掛けてくるスフェール様、スフェールではカルム様にお会いしただけでも何代も自慢出来るのに。
「私の仕事は、そこでケーキをガン見している魔王の秘書ですので。他の派遣員よりは楽ですよ」
私の場合はプライベートの延長みたいなものだし。
「…ホソカワ様のお仕事を聞いて驚いろかれたでしょ。でも、私達神は派遣員の方々に感謝をしてるんですよ。派遣員がいなければ何代にも渡って恨まれる家系を作らなくてはいけないんですから」
確かに先祖が悪人だからと言って子孫が差別されるのは理不尽だと思う。
それが神様によって仕組まれた事なら尚更だ。
「そんな立派な奴には思えないんですけど」
「私の世界からホソカワ主任の伴侶が出たのは自慢なんですよ。何百柱もの神からのバレルさんの事を聞かれましたし」
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ようやくケーキを選び終えた豪と来たのは、ゲイン・ダンビル防具店というお店。
「ゲンさん、すいません。細川ですが新しい兜を取りに来ました」
鎧や兜が並べられた店の奥から出て来たのは、眼鏡を掛けた細面の男性。
「お待たせしました。こちらになります」
男性が取り出したのは、二本角が着けられたフルフェイスの兜。
邪悪な雰囲気が満点で、まさに魔王が被る兜。
「流石はゲンさん、あれも彫っておいてくれたか?」
「ええ、高位の魔法使いでも分かりませんよ」
店を出てから、何であんな悪趣味な兜を買ったかのか豪に聞いてみると
「魔王をやるとこっ恥ずかしい台詞を言わなきゃいけないんだよ。魔王が顔を赤くしていたらしまらないだろ?」
「それじゃ、何を彫ってもらったの?」
「ああ、支配系の魔方陣だよ。あくまで偽物だけどな。こうすりゃアコニさんに咎められないし、アルマの罪悪感も軽減出来るだろ。さて、事務所に帰るか」
豪は事務所に、不意の来客が来た所為もあり、秋の新作どころかケーキそのものを食べ損ねて軽くへこんでいた。
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私と豪は美神ブライネスト・ブレイブスが住む聖域に来ている。
それは塵一つ落ちていない足音を立てる事すら憚れる清浄なる空間。
聖域にいる大勢の天使がいて、その高貴で神聖なオーラに私は萎縮してしまう。
しかし、私の隣にいる豪は
「創竜カンパニーの細川です。ブライネストさんに中間報告に参りました」
大勢の天使の前で、神様をさんづけて呼びつけた。
天使達は、驚きのあまり目を大きくして口をポカンと開いたまま固まっている。
中には無礼を咎める様に睨み付けてくる天使もいたが、豪に睨み返さられて怯えている。
「ホソカワ君、突然来られても困るよ。僕へのアポは一ヶ月は前じゃないと」
姿を現したのは、純白の服を着た女性と見まがうばかりかの美貌をもった男の神様。
「申し訳ありません。しかし、報告が遅れれば世界の滅亡、場合によっては別世界との戦争になりかねませんので…ブライネストさん、ご自分の代でこの世界を滅ぼしたくないですよね」
それは口調は丁寧でも、立派な脅迫。
何しろ、豪は規格外な魔力やオーラも全開で居並ぶ天使達は怯えて泣いてた。
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赤いスーツを着た魔王と純白の服を着た神様が向かい合って座っている。
「ブライネストさんに代替わりしてから、魂の禊率は三十%減少、逆に別世界からの苦情は二倍に増えています」
「そ、それは僕が不慣れなだけで」
「同じ時期に跡を継がれたバン・ブー様の世界では問題がおきていませんよ」
豪は挑発する様にパンダの神様には様をつけて呼ぶ。
「でもこれ位は平気だろ?」
「では、こちらをご覧ください。この世界の穢れ物の成長率です。今でもブライネストさんより強くなっております。これ以上成長されたら当社としても手に余りますので、エグジルの住人の保護を命じて下さい。それに伴い、今回の依頼を若干出直しさせてもらいます。こちらが資料となります」
ベテランの魔王から提出された計画に新人の神が太刀打ち出来る訳もなく、ブライネストはエグジルの住人を保護を約束した。
色々とお疲れの魔王様には内緒で買っておいた新作ケーキをあげよう。
春香が来てから豪のやさぐれが解消された感じが