魔王様一行エクジルへ 怒りと涙
「それじゃ、一端宿屋に戻るぞ。ヴェランスさん失礼します」
豪はそう言うとヴェランスさんをだき抱えた。
「俺は一人で歩ける。降ろせ!!」
「時間がもったいないんでね。何よりも俺が直ぐにでもブラッドをぶん殴りに行きたいんです」
「しかし、今は夜だぞ。ブラッドの城には数百のアンデッドがいるのを知らないのか?」
「大丈夫、きちんと仲間を連れて行きますから…春香、お前はどうする?怖いんなら無理しなくて良いんだぞ」
確かに、先の豪もヴァンプァイヤも怖い… でも、それ以上に私が知らない豪がいる事の方が怖い。
「そりゃ、いきなり怒鳴ったり相手を殴ったりしたから驚いたよ…でも、昨日の晩に鼻を鳴らしながら、私に抱きついてきた人を怖がれって言われてもね」
ここで強気に出ないと、豪は私との距離を開けかねない。
「泣いても、知らねえからな」
豪は苦々しい顔で、そう言いながらも口の端を僅かに緩めている。
(本当、分かりやすくて可愛いんだから)
ツンデレ魔王を可愛いって思うのは、私だけだと思うけど。
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宿に着くと、目深にフードを被った人達が待っていた。
「骨丈さん、金体さん、来て早々ですいませんが、ブラッドの城にカチコミを掛けます。ジャック、町に防御結界を張れ。雪さん、サイス達にアンデッドとの戦い方を見せてやって下さい。お前等、ブラッド達に派遣員のヤバさを教えてやるぞ!!」
まるでヤクザ映画みたいなノリで話が進んでいく。
「骨丈さん、例の物を持って来てくれましたか?」
「はい、こちらで良いんですよね?」
リッチの骨丈さんが首から下げれる様な大きな数珠を豪に手渡してくれた。
数珠の珠は清水の様に透き通っている。
(青山さん、これをお渡ししますので、後から読んで下さいね)
豪と骨丈さんのやり取りを見ていると、雪さんが小さな紙を私の手に握らせてくれた。
「春香、ヴェランスさんこの数珠を触って下さい」
豪に促されるまま数珠に触ると、気が付くと私は珠の中にいた。
「豪、何がどうなったの?」
「これは封魔の数珠って言って本来は魔物を封じる為の魔道具なんだが、俺は保護対象者を確実に守りたい時に使っているんだよ。落城する城から逃がす時とか危険地帯を抜ける時とかにな」
「つまり、首に掛けられた数珠を奪う為には、豪さんを倒さなきゃいけないんですよ。 人喰い虎に首輪をかけるより何倍も危険ですよね」
ジャックさんが、苦笑いをしながら説明をしてくれた。
人喰い虎の何倍も危険って。
「安心・安全にブラッドの最後を見れるVIP席だぜ…よっしゃぁ、行くぞ!!」
夜の闇を切り裂く様な魔王の咆哮がアンゴロの町に響いた。
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魔王が、地響きをたてながら大地を疾走している。
不思議な事に数珠の中は微動だにせず揺れを全く感じさせない。
ちなみに骨丈さんと金体さんも数珠の中にいる…派遣員で本気で走る豪に着いていけるのは数人しかいないそうだ。
(そう言えば雪さんがくれた紙には何て書いてたんだろ?…)
「豪さんが無口・無表情になったら気を付けて下さい。それは豪さんが本気で怒った証しですから」
無口で無表情な豪…あまり想像がつかない。
無口な時は照れている時だけれども、そういう時は照れ隠しの為にしかめっ面になっているし。
「さてと、この辺で良いな。骨丈さん、金体さん、出しますよ」
豪はこの辺でって言ったけれども、月明かりに照らされた大地には草さえ生えていない。
「しかし、凄いですね。魔力を使わずにあの速さで走るんですから」
「細川主任は猿人の限界を越えて、既に別の生物になられているのでは?」
低くしわがれた骨丈さんの声に続いて聞こえてきたのは少し高めの男性の声。
「金体さん、それ酷くないですか?…早速、来た様ですよ」
「もしかして、旅の方ですか?この辺りには宿屋がありません。もしよろしかったらうちに泊まっていきませんか?」
「お兄ちゃん達、泊まっていってー」
「あらあら、この子ったら…夫が亡くなって寂しいのかもしれませんね」
声を掛けてきたのは多分親子だと思う三十才ぐらいの女の人と十才ぐらいの女の子。
母親は質素な造りだけれど綺麗な長袖の服とロングスカートを履いている。
体の線はあまり分からないけれども清楚な色気があった。
(豪の奴、鼻の下を伸ばしてるんじゃないでしょうね)
「はー、マジかよ。せめてもう少しリアリティを出してくれよな。こんな夜中に子供を連れて出歩く母親がいる訳ないだろ?しかも未亡人が野郎三人組に宿を勧めるか?鼻の下を伸ばして着いていったら眠り薬を飲まされて血を吸われちまうんだろ?骨丈さん、間に合いそうですか?」
「いえ、死後三年は経っているので手遅れです」
豪の問い掛けに骨丈さんが頭を振る。
「何を言ってるんです?さあ、貴方も不死者になって闇に生きましょう。あの人みたいに私と娘を見捨てるんなら許さないっ!!」
「おじちゃん遊ぼうー」
親子は人間離れした高さに飛び上がり、豪達に襲いかかる。
「女子供を殴るのは好きじゃねえんだよな。せめて綺麗な顔のまんま、あの世に送り返してやるよ…法術ターンアンデッド」
豪の手から出た光が親子を包んでいく。
最初は苦しんでいた母子だけど、一分ぐらいすると、穏やかな笑みを浮かべて豪に頭を下げると骨へと戻った。
「豪、今度は何がどうなったの?」
「多分、あの母子もヴェランスさんの家族みたいにブラッドに襲われたんだろな。アンデッドとしては下級だけど幻術を使えるから旅人を誘惑しては血を吸っていたんだよ。自分の体を汚し娘に血を吸わせていたんだろ」
多分、父親はアンデッドになった妻と娘に恐れをなして逃げたのかもしれない。
「ブラッドは何でこんな事を…」
「番犬と鳴子の代わりさ。他にも似たようなアンデッドを配置しておけば餌が集まるし、アンデッドが倒されたら強い冒険者が来たのが分かる」
豪が闇夜を睨み付ける、その先には城が浮かんでいた。
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その城は闇夜に不気味にたたずんでいた。
「ここがブラッドの城さ。調べに行かせた冒険者の話だと扉は頑丈な鉄で作られていて、しかも強力な魔術が掛けられていて開ける事が出来ないそうです」
ヴェランスさんは、そう言いながらも城を睨み付けている。
「豪、どうするの?」
「さっき、人の家を訪ねたらノックをするのが礼儀だって言ったろ?うるぁ!!ブラッドいるのは分かってんだよ!!出てきやがれ」
そう言うと、豪は扉を思いっきり叩きだした。
そして分もしないうちに鉄の扉は殴り破られる。
「ほらっ、開いたぜ」「扉をノックアウトしてどうするの!!お城には何百ってアンデッドがいるのに気付かれたらどうすんのよ!!」
でも既に時遅く、色んなアンデッドが入り口目指して集まってきていた。
「ホソカワ殿、露払いは某にお任せ下さい」
金体さんがローブを脱ぐと、ギリシャ彫刻の様に引き締まった体をしていた…正確には金属の彫刻そのもの体なんだけど。
そして、金体さんはアンデッドの群れに突っ込んで行く。
「豪、大丈夫なの?」
「金体さんはミスリルゴーレムなんだぜ。アンデッドの牙なんかじゃかすり傷もつかないよ」
「それでは次は私が…闇の住人達よ、我が下僕と化せ、アンデッドドミネーション」
骨丈さんが呪文を唱えると、アンデッドの群れが左右に別れる。
「ひゅー、まるで十戒だな。さて行くぞ」
「豪、この人達はどうするの?」
「ブラッドを倒せば自然に魂も開放されるさ…そうだろ、自称伯爵のブラッドさんよ」
豪がアンデッド群れの奥に声を掛けると、それは現れた。
真っ黒なスーツとマントを身に纏った紳士。
肩まで髪を伸ばした漫画に出てきそうなイケメン…そして顔色は不自然なぐらいに真っ白だ。
「おやおや、おもてなしの準備はまだ整ってないのに、随分と気が早いお客様ですね」
「悪いな、俺は早く用事を済ませて寝たいんだよ。ブラッド!!随分とふざけた真似をしたみてえだ。何様のつもりだ?」
「強者が弱者を支配して何が悪いんですか?弱く醜い、それだけで大罪です」
次の瞬間、豪の顔から全ての表情が消えた。
「同じアンデッドのよしみで教えてあげますよ。貴方はアンデッドである事を後悔するでしょう」
骨丈さんがゆっくりと口を開く。
「ホソカワ殿は怒りが限度を越すと、相手に対して感情が消えるんですよ。怒り、憎しみそして優しさや憐憫の情さえも」
気の所為か、金体さんの声が震えている。
「馬鹿らしい…グブウェー」
豪が何も言わずにブラッドの腹を殴りつけた。
「人とは思えない力ですね。でも私はヴァンプァイヤですよ、これ位の傷は直ぐに回ふグゥー」
ブラッドの言葉を遮る様にして、豪はブラッドの頬を殴る。
「無駄です、いくら攻撃をしようともアンデッドには…あ、熱いー!!」
豪の手から現れた炎がブラッドを包み込んでいく。
「ホソカワ主任の攻撃は貴方の回復が限度を越えるまで続きますよ」
骨丈さんが話している間も、無表情の豪がブラッドに攻撃を加えていく。
蹴り殴る、そして炎、氷、雷、岩がブラッドに降り注ぐ。
「くっ、限界が近い。ここは一端体制を整えなければ」
ブラッドは、そう言うとコウモリに変身したけど、直ぐに豪に叩きつ落とされた。
「金体さん、ブラッドの口をこじ開けて下さい」
抑揚のない声で豪が話す。
金体さんがブラッドの口を開けると、豪は親指を噛んでそこに血を垂らした。
「ゲホッ、グェフォー、エフォ」
何故か豪の血でむせるブラッド。
「ホソカワ主任の血には魔力やら法力やらが溶けまくってますからね。子供にウォッカを飲ませる様なものです」
「回復したな。まだまだ、いくぜ」
「鬼っ、悪魔っ、魔王っ!!何でこんな酷い事をするんですかっ?ヴァンプァイヤは血を飲まないと死ぬんですよ」
涙ながらに訴えるブラッド。
「お前、言ったじゃねえか。強者が弱者を支配するのは当たり前だって、弱いのは罪だって…何回も悔やむんだよ、お前みたいな奴を放っておいた自分の愚かさを!!そして怒りで体が震えるんだよ、もっと早くお前を倒していれば救えた人がいると思うとよ」
どこから取り出したのか、豪の手には一本の大剣が握られていた。
それは飾りも何もない分厚い剣。
「あの、その禍々しい剣は何なんですか?」
「知り合いの神さん達が力を注いでくれた剣さ。首だけにして溶岩にぶちこんでやるよ!!」
豪は決して無表情なんかじゃなかった。
私にしか分からないと思うけどあれは泣いているんだ…悔しくて哀しくて、でも人には見せれないから歯を食いしばって無表情を貫いているんだ。
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「ありがとうございます、ありがとうございます、ありがとうございます。これで妻と娘も浮かばれると思います」
ブラッドが倒されたのを見ると、ヴェランスさんは何回も何回も頭を下げてくれた。
「骨丈さん、分かりますか?」
「ちょっと待って下さい…あそこです。さあ、こちらへ」
骨丈さんが案内してくれた先には二体の骨が転がっていた。
「この指輪はエリンの…こっちの靴はエリーゼの…ようやく、ようやく会えたね…」
ヴェランスさんは二人の骨を愛おしそうに抱き寄せる。
豪は、何回何十回もこんな場面を見てきたんだろう。
その度に泣きながなら、歯を食い縛りながら進んできんだと思う。