魔王様一行エクジルへ 魔王の怒り
豪と一緒にブラッド伯爵の話を聞いて回る事にしたんだけど。
「みんなブラッド伯爵の事を聞かれたら迷惑そうな顔になって、口を閉ざしちゃうね」
「意外と根深い物があるのかもな。それならスラムの方に行ってみるか」
スラムには街灯はなかったけれども月明かりのお陰でスムーズに歩るた。
途中、何人か男の人がナンパ目的で声を掛けてきたけど、剛の一睨みでみんな一目散に退散。
番犬ならぬ番魔王もしくは番恋人。
「結局、何も聞けなかったね」
「平家の禿みてえに町人の中に監視している奴がいるのかもな…春香、ちょっと来い」
豪はそう言うと私を強引に抱き寄せた。
見た目は肉食系の癖に中身は草食系の豪にしては珍しい…ちなみに結構嬉しかったりする。
「これはこれは仲が宜しい事で羨ましいです」
話し掛けてきたのは物腰の柔らかな中年男性。
卵型の顔には八の字髭があり、ボンッと突き出たお腹と短い足が愛嬌を感じさせる。
「それで何の用だ?」
豪は中年紳士を警戒しているのか、眼光鋭く睨み付けている。
(豪、何でおじさんの足元を見てるんだろ?)
「貴殿方がブラッド伯爵の事を調べていると聞きまして。この道を真っ直ぐ行くと青い屋根の家があります。そこに住むと言うペルセ・ヴェランスと言う男性がブラッド伯爵の事を良く知っているそうですよ」
「そうか…それはありがとよ。次に会った時に改めてお礼をさせてもらうよ。春香、行くぞ」
「ちょっ、豪腕を離してくれないと歩き難いよ」
「それなら、よっと。行くぞ。落ちない様に俺の首に手を回しておけ」
豪はそう言うと、私を片手でだき抱えて歩き出した。
――――――――――――――――
豪に抱えられながら十分ぐらい移動すると青い屋根の建物が見えてきた。
「ここだな。春香、降ろすぞ」
「良いけど…ここ本当に人が住んでるの?」
ここはスラム街だから、どの建物も粗末な物ばかりだけど、この建物は群を抜いてボロい。
建物自体が大きく造りも良いだけに、余計に寂れて見える。
「いるよ。さて、ノックをするか…人の家を訪ねのにノックを忘れちゃいけねよえな」
豪は強い風が吹いただけで吹き飛びそうな扉に配慮して優しく静かにノックをした。
「こんな夜中に誰だ?」
聞こえてきたのは老爺の様な声。
「夜分遅くに申し訳ありません。魔物討伐騎士のゴー・セクシリアと言う者です。ブラッド伯爵の事についてお聞きしたい事があり来ました」
「待て、今扉を開ける」
カツッカツッと杖を突くような音が近づいて来て、扉が開いた。
「ヴェランス様ですね。お目に掛かれて光栄です」
豪はそう言うと私の口を分厚い手で塞いだ。
きっと、それがなければ私は大声で叫んでいたと思う。
薄汚れた白髪に痩せ衰えた体、そして右足は膝の下から義足だった。
「よせ、俺はもう騎士ではない。ただの生ける屍だ…入れ」
ヴェランスは入れとと言ったが、月明かりでうっすらと見えた室内は入るのをためらう程に汚れている。
「お邪魔させてもらいます。春香、行くぞ」
室内に明かりと言った明かりはなく、扉を閉めると目を凝らさないと歩けない位に暗くなった。
でも、豪が私の耳元で軽く指を弾くと室内が鮮明に見え始めた。
部屋の造りや調度品は豪奢な物が多いけど、どれも分厚く埃が積み重なっている。
「そこに座れ。今、茶を持ってくる」
ヴェランスが指した先には薄汚れた椅子とテーブルがあった。
「それでは失礼します…春香、お前は俺の膝の上に座れ」
巨体で椅子が壊れるのを防ぐ為か、豪の腰は微かに宙に浮いている。
「茶だ、飲め。それで奴の何を聞きたい?」
茶渋と汚れで元の色が分からなくなっているカップの中には水としか思えない薄さのお茶が入っていた。
「いただきます、連れは茶を飲むと寝付けなくなるので遠慮をさせてもらいます…聞きたいのはブラッド伯爵の住み処と行状です」
豪はためらいもせずにカップに口をつけると一気に飲み干した。
「そこの娘さん、俺は何歳に見える?」
正直に言うと七十は越えている様に見えるんだけど。
「六十才ぐらいですか?」
「六十か…俺はまだ四十二なんだよ…あの日、彼奴が俺の全てを奪ったんだ!!妻も娘も右足も全て」
それからヴェランスさんは十年前の出来事をゆっくりと語りだした。
「十年前まで、我が家はアンゴロの領主に代々仕える騎士だった。あの頃は気立てがよく美しい妻エリン、エリンに似て可愛い娘エリーゼに囲まれて幸せな暮らしを送っていたんだ…だが、ある日ブラッドは妻と娘を差し出し様に言ってきたんだ。しかも信頼し敬愛していた領主まで早く差し出せと言いやがった!!娘はエリーゼは、まだ十才だったんだ!!俺達は隠れる様にして別宅であるこの屋敷に隠れ住んだ」
話が進むに連れてヴェランスさんの怒りが増して鬼気迫った表情に変わってい
く。
「そしてある日、突然扉が開いたかと思うとブラッドが屋敷やってきた。そして奴は俺を魔法で拘束すると泣き叫ぶエリーぜとエリンの喉元に牙を突き立たんだ…そして奴の僕と化したエリンはブラッドとキスをしたんだ、奴は動けない俺に見せつける様にして妻と娘を犯した…後に残ったのは奴への復讐以外に生きる意味をなくした屍だけさ」
豪は何も言わずにヴェランスさんを見つめている。
「土地や家宝の剣を全て売り払い、ようやくようやく…この聖なる銀の十字架を手に入れる事が出来た、これさえあればブラッドを倒せるんだ」
ヴェランスさんは、そう言うと狂った様に笑いだした。
「愚かな、そんな小さな十字架ではブラッド様おろか私にすら傷を負わせる事は出来ませんよ」
その声はヴェランスさんの背後から聞こえてきた。
「なっ、返せ!!その十字架がなくては」
「だから、こんなゴミではブラッド様にかすり傷一つ負わせる事は出来ませんよ。申し遅れました、私の名前はゲシュライ、ブラッド伯爵様にお仕えする者です」
ゲシュライと名乗ったのは、ヴェランスさんの家を教えてくれた中年紳士。
そしてゲシュライは、ヴェランスさんから奪った十字架を握り潰した。
「んな事は月明かりで影が出来なかった時点で分かってたよ…それで何の用だ?」
だから、豪はゲシュライの足元を見ていたんだ。
「そちらの美しいお嬢様をブラッド伯爵に献上しようと思いましてね。さあ、私の目を見なさい」
思わず、ゲシュライと目があったけど何も起きない。
「馬鹿か、お前は。春香には何重にも耐魔法術を掛けてあんだよ」
そう言うと、豪はパチンと指を鳴らした。
「あ、熱い!!手が焼ける…貴様、何をした」
ゲシュライは堪らないと言った感じで潰れた十字架を投げ捨てた。
「法術を付与したんだよ」
「ふん、十字架はもうありませんよ。高貴な私の体に火傷を負わせたんだ!!苦しみながら殺して…熱いー!!」
ゲシュライは足を一歩踏み出したかと思うと絶叫しだした。
「誰が十字架だけに掛けたって言った?お前の足元以外の屋敷全体に掛けたんだよ。だからこうすると、ホレッ」
豪が軽く壁を叩くと埃が舞い散りだす。
「熱い、熱い、苦しいー!!聖なる埃だと、ふざけやがってー!!ヴゥエー!!」
豪に殴られたゲシュライは壁を突き破って地面に倒れた。
「帰って、ブラッドに伝えな。魔王がお前を泣かしに行くってな!!」
それは初めて見た本気で怒る魔王だった。
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