魔王と春香の昔話
高3の夏に何があったか全然思い出せない。
俺の進路は製菓の専門学校だから受験とは無縁なので、相変わらず家の手伝いに明け暮れていた。
「その頃、私は自分の学力で受かる大学を受けるか、夢を叶える為に浪人覚悟で難関大学にするかで悩んでいました」
「青山さんの夢は何だったんですか?」
「アナウンサーです。でもアナウンサーになるには私の学力で受かる大学だと難しかったんですよ。進路が原因でその時の彼氏とケンカもしましたね」
後から春香から聞いた話だと、女子アナになるには一流大学じゃなきゃ難しいらしい。
(くっ、魔法も封印されてやがる…このままじゃ)
「豪、自分に聴力阻害の魔法を掛けてどうするんじゃ?でかい身体をしてるのに、気持ちは小さいの」
いやいや、自分の女の恋バナなんて聞きたくないっつーの。
「彼氏ですか?それは細川主任とは違う人ですよね?」
「当時、付き合っていたのは違う人です、軽音楽部でヴォーカルをしてた人で…誰かさんはこの話になると拗ねるんですよね」
周りの生暖かい目がむかつく。
「本当に豪は恋愛事に関しては餓鬼よの。どうせ振られるからとか思って気持ちを伝えなかったんじゃろ?」
「男がいる奴に告白しても迷惑が掛かるだけでしょ?一人前のパティシエになるまでは浮わついた事はしたくなかったんです…そこメモるな!!」
「細川主任は恋愛に関しては奥手と…それで何があったんですか?」
「その人は夢を追うタイプなんですけど、ドームを満員にしてみせるとかミリオンを出してみせるとかばっかり。でも何もせずスカウトが来る筈って遊んでばかりで…そんな時にたまたま豪の進路相談を聞いたんですよ。豪は進路指導の先生に専門学校のパンフレットを渡して”ここを受けるから奨学金のやり方を教えて下さい。後、フランス語を覚えたいんですが、先生の中で勉強をした人はいますか”って聞いてたんです。しかも夏なのにアパートやバイト先まで調べていて、自分の夢の為に真っ直ぐに進んでいたんです。ぶれずに夢に進んでいく姿を見てドキッとしたんですよ…私も負けてられない、アナウンサーになるんだって思ったんです」
初耳である。
まあ、学生自大の話は共通点が少ないからあまりしなかったんだよな。
「それからどうなったんですか?」
「私は何とかアナウンサー枠で採用されたんですけど、与えられた仕事はリポートばかりで腐っていました。私がやりたかったのは報道でしたし。そんな時にケーキ屋を取材する仕事が入ったんです」
そこで俺達は再会したんだよな。
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ケーキ屋に入ると豪は隅っこの方で果物の皮剥きをしていました。
「あ れ?細川君?やっぱりそうだ!!私だよ青山春香」
「あ、青山さん俺の事分かるの?」
「当たり前だよ。うちの学校でパティシエ番長細川豪を知 らない人はいないって!!ケンカは強いのにお菓子作りが大 好きなパティシエ番長細川豪だもんね」
豪は私と違って腐らずに端正込めて皮剥きをしてました。
「細川君、フランス留学をしたのに雑用ばかりっ悔しくないの?」
そう聞いたら、こう言われたんです。
「綺麗に飾られた果物を喜んでくれるお客様もいるのに悔しい訳ないだろ?それにケーキ屋の仕事に雑用なんかないんだ、全部大切な仕事さ。それに将来店を持ったら仕事は全部でやらなきゃ駄目なんだよ」
その時思ったんです、この人といたら小さい事で腐っているのが馬鹿らしくなるんじゃないかなって
「そうですか…最後に細川主任から何てプロポーズされたんですか?」
「ちょっと待て。時間だ、時間オーバーだ」
豪が顔を赤くしながら吠えている。
「それはですね、”貴女の笑顔は俺のケーキ屋に必要なんです。それに貴女は俺の人生に必要なんです、だらから結婚して下さい”そう言って目を潤ませながら指輪を渡してくれたんです」
顔を真っ赤にしながらうつむいてる彼は、今度はどんなプロポーズをしてくれるんだろう。
「ちなみに細川主任は青山さんが最初の彼女なんですか?」
「黙秘権を行使する」
「確か、フランス留学中に…」
「オジキ、心を読みやがったな!!」
今日はゆっくりと愛しの彼氏を取り調べるとしよう。