魔王の旅立ち
気まずい、なんで女は堂々としていれるんだろう… いや、俺がオドオドし過ぎなのかもしれない。
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そう、夕食を終えた俺と春香は、リビングでゆっくりと寛いでいたんだよな。
自然と見つめ合い唇が触れ合う寸前に家のドアが開いて、アコニさん(かあさん) とアルマ(いもうと)が現れた。
「あらあらあらー、お母さんお邪魔虫だったかしら。来年にはお婆ちゃんになるのかなー」
はしゃぎまくりの母さん。
「お、お兄ちゃま、そちらの女の人は誰なのかなー?僕の知らない人だよねー」
何故か弱冠涙目のアルマ。
「アコニ・グレイス夫人とアルマ・グレイス隊長さんですよね。私はルッカ・バレル、ゴーさんとは結婚を前提にお付き合いをさせてもらっています」
堂々としている春香さん。
「ひ、人の家を尋ねる時はノ、ノックをするのが礼儀だろ!!」
そしてどもりまくりの俺…親に1人プレイを見つかった過去を思い出してしまう。
「悪い事をしていた訳じゃないんだから別に良いでしょ。今、お茶を淹れますからお義母様とアルマさんはお座りになって下さい。ゴー、お二人のお相手をお願いね」
流石は地方局とはいえ、元女子アナ、本番にお強い。
「あらー、お義母様だってー。ようやくゴーちゃんを任せれる人が現れてくれたんだ。ルッカちゃん、ゴーちゃんを見捨てないでね。口は悪いけど優しい子なんだから」
何でアコニ母さんは本物の母さんと同じ事を言うんだろう。
「ゴーの口は照れ隠しですから大丈夫ですよ、粗茶ですがどうぞ」
「お、お兄ちゃま、ルッカさんは今日ここに泊まるの?まさか、僕のベッドに寝るの?」
「アルマさんのベッドは使わないから安心して下さい。ねっ、ゴー」
うん、なんかアルマの視線が痛い。
「そうね、ゴーちゃんのベッドは大きいから安心よねー。でも嬉しいな、ゴーちゃんを好きになってくれる女の子がいて…これでやっとゴーちゃんも幸せになれるんだ」
まあ、アコニ母さんは乳飲み子の俺と引き離されたり、餓鬼の俺が1人で外国に飛ばされたりしたから心配のし通しだったと思う。
「ああ、ルッカがいてくれれば、幸せなのは確かだよ」
「でも良かった、身請けしたマリアちゃんやアリアちゃんに手を出さないかったから、ゴーちゃんは女の子に興味がないのかなって、お母さん心配したんだよ」
流石は空気を読めないマイマザー、それを今言う?
「ゴー、後からゆっくりお話しようか」
娼館には行ったが、何もしていないからセーフと信じたい…さっきからアルマが無口なのは人見知りをしているんだろうか?
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自分でも嫌な女だなと思う。
明らかにアルマちゃんは豪に対して異性的感情を持っているのが分かった。
だから、ついベットの話なんかしちゃったんだよね。
豪は自分ではモテなくて嫌われてるとか言ってるが、中学や高校の時に、それなりに人気があった。
ただ、豪が異常に鈍く実家の手伝いに明け暮れていたから告られなかっただけなんだよね。
「悪いな、アルマの奴、人見知りをしてたみてえだ」
これだ、アルマちゃんが無口になったのは大好きなお兄ちゃまを盗られたのが悔しかったからなのに。
「相変わらず鈍いんだから。アルマちゃんは大好きなお兄ちゃまを私に盗られたと思ったんだよ」
「まさか?俺とアルマは兄妹なんだぜ。そんなのはイケメンで美少年の兄貴だけだろ?俺を好きになる女はお前以外いねえと思うぞ」
浮気の心配はしなくて良いけど、ここまで鈍いとは思わなかった。
「豪、あんた女を馬鹿にしてない?まさか、女が見た目だけで男を選んでるって思ってるんじゃないの」
「誰もそんな事は言ってねえだろ。それに俺がモテなかったのは事実だろ、むしろ嫌われていたろうが。女子に話し掛けられた事は数える程遠だし、バレンタインに義理チョコすらもらえなかったんだぞ」
これだ、この鈍さがむかつく。
「そりゃそうでしょうよ、年がら年中不機嫌そうな顔してたら話し掛けにくいでしょ、それに自分から話し掛ける努力をした事あった?バレンタインにチョコがもらえない?家の手伝いでチョコまみれだってぼやいてたら、渡せる訳ないでしょ。それに手伝いがあるって速効帰るし」
「確かにそうだけどよ…それとモテるのは別問題だろ?」
この鈍感は…何であまり話をした事がなかった私がアンタの事を詳しく知ってるのかって、疑問に思えないのかな。
「はいはい、分かったわよ。明日、許可が降りたらすぐに旅立つんでしょ?そろそろ寝ましょ」
私は嫌な女だ。
豪がアルマちゃんに内緒で旅立つのを知っていていながら、それを止めるかどうかで悩んでいる。
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魔王子の調査は無事に受理された。
俺達はその足でエクジルに向かう事にした。
ちなみに旅立つの日程は、母さんにもアルマにも知らせていない。
これから俺はグラスランドに災いをもたらす魔王にならなくてはいけない、それはあの人達を哀しませる事なのだから。
ジャックが用意してくれた馬車に乗り込もうとすると、何人かの影が駆け寄ってきた。
「お兄ちゃま、行っちゃうの」
アルマが悲しそうに呟く。
「ゴーちゃん、お出掛けする時は、きち
んと挨拶をしなさいって教えたでしょ。ルッカさんが教えてくれなきゃ、お母さん悲しくて泣いたよ」
母さんが優しく微笑む。
「ゴーさん、私は絶対に立派な神官になってみせますから」
アンジェが真剣な眼差しで見つめてくる。
「兄貴、勝手にいなくなるなんてズルいぞ!!自分だけ言いたい事を言っていなくなるんなんてよ」
リチェルがプッと頬を膨らませた。
「勝手に現れて、勝手にいなくなるんですね」
マリアさんが溜め息を吐きながら呟く。
「私、まだなんの恩返しもしていないんですよ。酷いです」
アリアは不機嫌そうににらんできた。
「ほら、嫌われてないでしょ?」
春香は俺の背中をそっと押してくれた。
やがて、馬車の車輪がゆっくりと動き出す。
それは異世界で知り合った大切な人達との別れの運命の輪。
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