3.目立つ黒ローブ
怒りから突発的な行動をとった探偵だったが、それが以外にもクリミナリア王国の好転する機会になった。
あの戦争をきっかけに糞国王の国は中立機構の監視の下、国の重鎮たちの更迭が決まり事実上の政権交代となった。
主犯格だった糞国王は全て召し上げられ、何もない平民となった。
その時の絶望した表情を見て幾分か気分がスッキリした探偵であったが、結果から見ると軽い罰ですんだことが納得いかなかった。
クリミナリア王国の多くの民が無差別に殺されたことにそれだけの罰しか下されなかったから。
中立機構の面々からしてみれば余計なことを押し付けられ何の利益にもならないただ働きをさせられ面白いことではなかったのだから当然の結果だったとしか言いようがなかった。
そのため中立機構から公表された今回の事の顛末は各国には都合の良い様な内容となり、関心の薄い反応が多かった。
それをクリミナリア王国が全力で否定したとしても小国が発する言葉と組織として成り立っている中立機構とでは立場が違いすぎた。
下手をすれば近隣諸国からの援助どころではなくなってしまい、国が終わってしまう。
クリミナリア国王は喉から出掛かっていた言葉を仕方無しに飲み込み、民のことを思えばこそと、その場を収めた。
その場に居合わせた探偵は何も言わず事の成り行きを見守ってこれ以上どうにもできないことの無能さを改めて実感した。
もっと上手くやりようがあったと今更ながら思う。
どれだけ頑張っても人一人ができることは限られているのだから。
そしてクリミナリア王国には近隣諸国からの援助もあり時間をかけ、ゆっくりと立て直していくことになり国王からは感謝の言葉、姫からは飛び切りの笑顔を賜り、この先の活力となると訳のわからないテンションになった。
民からはなにやら尊敬と期待の眼差しを受け、面倒なことにならなければいいと思った。
そう思ったのが原因かわからないが国王からとんでもない言葉が探偵の耳に入ることになる。
国の相談役になってほしいとのことだった。
今までは要が済んだのだからとっと出て行ってほしいと言われることが全てだった。
この言葉には何の裏もなくクリミナリア王国の今の状況を考えれば、第三者視点の意見が必要になってくると判断したためだった。
そんなこともあり今探偵はとある一室のソファーに腰掛けていたのだった。
『まったくどうしたらこうなった?国にここまで深く関わるなんて今までの俺からしてみれば考えられないな。自由気ままにやってきたのにこんなにも心を乱されることになるなんてな………。』
戦争のあった日から怒涛の一月、国王から提案されてから二日。
いくら考えてもこの先の事が想像できなくなってきた。
過去に個人や国から依頼は請けてきたが、国の相談役などそんな大それた事を言われたことは初めての経験だった。
いきなりの話だっただけにその場で答えが出せずズルズルと日を跨いでしまっていた。
よくよく考えてみれば自分の実力としては魔力がでたらめに多いだけで魔法を上手く使えるわけでもない。
剣の腕に自信もあるわけでもない。
事実、この探偵よりも実力のある人間は五万といる。
そんな人間が国の相談役などとんでもない話だった。
予想外の展開になってしまい悶々としていた時に探偵がいる一室の扉の外から控えめなノックする音が響いた。
どうぞー、と適当に返事を返す探偵。
ここ一月に尋ねてきた人間はメイドやら兵士やらがほとんどだったためまたその辺の人が尋ねてきたのだろうとぞんざいな返事になってしまった。
『失礼致します。』
そこで頭を傾げる。
どこかで聞いたことのある透き通った声が探偵の耳に入る。
『お加減はいかがですか探偵さん。』
ニコニコとした表情で一室に入ってきたのは姫だった。
銜えていた煙草が落ちそうになり慌てて落ちないように掴み取る。
その間抜けな姿を面白そうに見ていた姫にどこか探るように尋ねる。
『姫様。本日はどのようなご用件でしょうか?』
『ただお話をしてみたくなりまして………。迷惑だったでしょうか。』
次第に尻すぼみになっていく問いかけに、かなりの罪悪感と後悔が探偵に重くのしかかった。
打算的な考えを持つような人ではないことはわかっていただけに、探偵としての疑い深い話し方に怯えさせてしまったと今更ながら気付く。
そして目に潤々とした涙がしだいに溜まっていくのを見て。
可愛いの~。
と、場違いな思考が埋め尽くしていた。
このまま泣かれでもしたら何か変な感情が生まれかねないと頭を切り替える。
『申し訳ありません姫様。いつもの癖が出てしまいまして、そんなに怯えないでほしいです。姫様は笑っているほうが周りに元気を与えてくださるのですから、そのような顔をしていたら皆の元気がなくなってしまいますよ。』
できるだけ優しく包み込むように声色にして笑顔を向ける。
それを見て顔を赤くしながら俯いてしまう。
『それでは姫様の願いどおり私のお話をしますが、よろしいでしょうか?』
その言葉でキラキラとした目を探偵に向ける姫によく変わる表情だと思った。
これほどまでに表裏のない人を見たことがなかっただけに興味が湧いてきていた。
そして、こんな姫がいる国はどんな国なのかとも思った。
これからのことを漠然とだが思い浮かべることができたことに自分自身驚いたが、それも面白いのではないかと、結論を出すことにしたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それから更に一月経ったころのクリミナリア王国は少しずつ以前のような活気ある国に回復しつつあった。
そのクリミナリア王国の人気の少ない西側にある路地裏の中にこじんまりとした事務所がポツンとあった。
『今日の依頼はっと………。こいつにするかな。』
少ない依頼受注書から一つだけ選んで椅子から立ち上がる。
机の上にあった煙草の箱を掴み取り振って残りの本数の具合を探る。
『依頼主には午後から行って合えばいいか。でも煙草も切れそうだし今から外に行くべきか…。』
『シルヴィアさんお出かけですか?』
『んあ?あぁ、煙草が切れ掛かっていてな。なんならお前も行くか?』
『また煙草ですか?もう、一日何本吸うつもりなんですか?食材も少なくなってきましたし…。私も着いていってもいいならお供させてください。』
その返答に満足した探偵ことシルヴィアは早く行くぞといって掛けてあった黒のローブを掴み取り早々に出て行く。
一緒に行くといっていたのに取り残された女性は呆れ顔を貼り付けていた。
『シルヴィアさん!っとと!』
『準備できたみたいだし行くか。』
先に行ってしまったと思っていただけに女性は驚いたが、こういう人だったと思い出して前を歩いていくシルヴィアの後を見失わないようについていく。
『思ったんですけどどうしてシルヴィアさんはいつもそのローブを着て歩くんですか?』
『ふむ。では何故このローブを着ているか考察してみるといい。』
『そうですね。とりあえず黒から思いつくのは人の目につきやすいと思うので目立ちたがり屋なのかと。』
『君はどういう風に俺が見えているんだ…。今の君の答えは半分正解であって半分は不正解だ。まだ色々と理由があるがな。大きくはこの黒を着ている人はめったにいないだろう。だからそこに目をつけた。この黒ローブを見るということはそれだけ俺の印象を植え付けたいため。いつもこの黒を見につけているのが俺だと認識してくれればそれだけ何かあったときに俺に依頼を持ってきてもらえる。そして請けている依頼のほとんどが夜なのは君は知っていたかい?』
『そういえばそうですね…。そうすれば人の目につかず確実に依頼をこなせますね。』
納得して頷いて聞いていた女性ではあったが信じられない言葉が紡がれる。
『まあ、嘘だけどな。』
『………。最低です。関心して聞いていた私が愚かでした。』
『君も面白いな。そのころころと変わる表情は見ていて楽しいよ。』
『………。本当に最低です。』
顔をほんのりと赤らめシルヴィアを追い越して先を歩いていってしまう。
『まったく今の俺の周りは面白い奴ばかりがいて飽きることがない。ここに来て正解だったかもな。』
今のやりとりを周囲の人間が遠巻きながら見ており、また黒いローブを着た奴が何かやっている、と変に目立っていた。
シルヴィアの言っていたことは嘘なのに自分が知りえないところで本当に目立ってしまったことに後から後悔することになった。