2.糞な国王と最低な俺
一瞬で思った場所まで行く方法がないものかと非現実的な考えをしていると、ポツポツと顔に何かが当たる。
『雨か…。』
何か思うところがあったのか探偵は顔をしかめる。
探偵の生まれ故郷では言伝えがある。
雨が降るときは何かしらの原因があるはずで科学的に立証されている。
しかし、言伝えではこう語り継がれていた。
『生きとし生けるものには魔力が内包されており、全ての事象に何らかの関わりを持っている。人一人が関わることでは事象に関わったとしてもその事象に与える影響は少ない。しかし、だからといってどこかの誰かが起こした事象に関わっていないのだから関係ないということではない。自分も魔力を内包しているのだから、なんらかの繋がりがどこかにあるのだ。故に大なり小なりの事象を軽んず事なかれ。』
というものがある。
この話から探偵が連想したのは―――――――今回の依頼で犠牲になった人たちの内包された魔力が突発的に開放されたことで自然界に影響を与えているのではないかということ。
何故こんなことを思ったのかというとその雨が局地的に発生しているということだった。
上空から見えた景色がそれを物語っていた。
どこにも雲という物が存在していないのだ。
こんな不可思議なことが起こったために研究者は興奮するだろうが、探偵の心は冷めきっていた。
‘悲しみの雨’と思っていた探偵ではあったが、この雨のおかげで半分の国が地獄絵図と化していたものの緩やかに火が収まっていくのを見てこれは‘癒しの雨’だなと思うようにした。
それを見てもまだ全てが解決したわけではないと改めて気を引き締める。
そもそも何故こんなことになったのか。
一人の傲慢で無自覚な判断でこうなったのかと思えばまた吐き気を催してしまっていた。
早く元凶となるものを解決しなければと、逸る気持ちを抑えながら目標としている場所までの最短距離を修正していく。
早くても二日かかる道程を飛行魔法という画期的なもの駆使することで四時間という驚異的な時間を叩き出し、目的の場所まで到着していた。
四時間もぶっとうしで魔法を行使していたこともあってか若干足下が覚束ない様子の探偵が王城の前にあった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『あぁ、糞が、魔力使いすぎた頭いてー。だけど見張りの兵が思った以上に多いな。これじゃ正面からはきついな。』
『おいそこのお前!』
びくりと反応した探偵は迂闊だったと後悔する。いくら魔力の大量消費が原因で頭の回りが悪かったとしてもいきなり敵の懐に入ろうとするのは不味かった。
『もしかして斥候の部隊の者か?ん?どこか怪我しているようだな…。おい誰か手の開いてるものはいないか!』
内心ビビリまくりの探偵ではあったが、雨除けとして敵兵の燃えかけて所々が穴だらけの黒のローブを装備していたことが幸いした。
戦時中で見方の兵からの連絡が途切れてしまったことで何かあったのかと思っていた矢先に探偵がボロボロ(格好だけ)の姿で現れたことで敵である可能性も考えることなく勘違いしたまま身柄を保護しようとしていた。
これはいけるか?と考えたのも束の間、探偵が何の反応もしないことを怪しみフードをとって顔を確認すると言い始める。
国が違い風習も決まりごとも何も調査して来なかったわけではないが時間も少なかったこともあり軍の決まりごとまで調査できなかったため終始無言を貫いていたのが悪かった。
良い方向に流れそうで流れてくれないこの状況にどう動くべきか回りきらない思考の末出てきた言葉が。
『―――――――――漏れちゃいそうです…。』
『………。』
『………。』
なにも空気を読んでいなかったわけではない。
ただ単純に半日も人が尿意を我慢できることは難しいだろう。
それに四時間もかけて全力をだしてここまできたことで緊張の糸が切れたこともあり、何故か尿意を催し、こんなありえない言葉が知らず知らずのうちに出てしまっていた。
目の前の見張りの兵士もなんと声をかけて対処したらいいのか戸惑ってしまっていた。
言った本人も吃驚しておりその次の言葉が出てこない。
『動いちゃうと、その、厠まで連れて行ってもらえませんか?』
成人を過ぎていい年の男がなんとも情けなさそうにそう問うと。
『お前…。その前にフードを外せ!』
強引に近づいてフードを乱暴に外そうとするのに対抗して身を捻ってかわそうとする。
ここで考えてほしい。
尿意を我慢して限界を迎えようとしている状況を。
体を捻るなどできるだろうか?
その結果として
『ちょっとそんな乱暴にしないでください!動いちゃうと!』
『貴様まだいうか!時間稼ぎなど無駄だ。今ここで化けの皮を剥がしてやる!』
『ダメだって!やめっ!出ちゃうからー!!』
『………。』
『………。だから言ったのに。』
『あー。すまん……。』
『そんな沈黙やめてください。もうお婿さんに行けなくなっちゃった……。』
会話のみだと如何わしいやりとりになっていた大人の男二人に対して遅れながら近づいて来た兵が若干引いた様子で近づいてきた。
『あの…。』
控えめにどこか余所余所しそうに見張りの兵に声をかける。
『おう。こいつなんだが……。そんな目で見るな!俺は何も悪くない!………こいつの処理は頼んだぞ。』
自分の手には終えない所まで事が進んでしまい、そそくさとその場から消え去る。
『大丈夫でしたか?とんだ災難でしたね。まず話を聞く前に身なりを整えたほうが良さそうですね。とりあえず兵舎の方に行きましょう。』
『……恥ずかしいところを見せてしまいましたね。恩にきます。』
とりあえずは成り行きといえど敵の懐の中に入り込めたことに安堵する。変に騒ぎを起こして潜入したり正面きって突入するよりましかと思う。
しかしここからどうやってより深いところまで行けるか。
ふとこの国の今の兵の状況からそんなに切迫した様子は見られないし、見張りの数も少なくはないが緊張感がない。
まして戦時中だというのに暢気に身なりを整えろとの提案までしてきた。
『あの、斥候として長期の潜入任務で出払っていたのですが、いつもより殺気立った雰囲気がないのですがなにかあったんですか?』
それとなく質問してみると前を歩く兵は苦笑いをして答える。
『私も詳しい話は聞いていないのですが上級の魔物が目撃されて助力をとの話があり、急いで中規模進軍をしているとの事です。なんでも隣国のクリミナリア王国からなんですが、上級の魔物一匹で大騒ぎをしているようなんです。そこで軍事力を見せ付けるためだとかで小規模進軍でも十分なところを中規模進軍にしたとかで。今そんな力を見せ付けるような世の中でもないのにお偉方は何を考えているのかわからないですよ。』
『そうだったんですか。でも上級の魔物とは物騒ですね。』
それとなく返してから今の話の内容を聞いて呆れ半分怒り半分といった感情になっていた。
先程の恥ずかしい一幕のことなどそこら辺に投げ捨て予想を立てていく。
大体の今回の戦争の落とし所は魔物討伐といった建前でクリミナリア王国に対して脅しといったところだろう。
口実として町に侵入した上級の魔物の殲滅のため大規模魔法を展開、行使して見事討伐、見返りに姫を寄越せとかいった取って付けたような理由で押し切ろうと考えているのだろう。
もし逆らうようならまた大規模魔法を行使するとか更にダメ押しするんだろうなと想像する。
『まったくどうして人間はこうも身勝手な生き物なのかな…。』
『何か言いましたか?』
『いいえ。訓練兵の声かなんかじゃないですか?』
『ふむ。それもそうかもしれませんね。』
何とか誤魔化して兵舎に到着して水浴びを済ませる。汚れている服は証拠が残らないよう確りと持ち出す。
支給された新しい服に着替え、そのまま見つからないようにその場を後にする。
なんにしても今回の依頼はどうゆう方向性で完遂するか。
依頼内容には事を穏便に収めたいということもあり、できるだけその方向に持っていきたい。
しかし、国が半分が圧倒的な武力を持ってして消えたことでそんな悠長に平和的な解決は難しいだろう。
そして兵達は詳細な話はされておらず何も知らないのが大半だとは言っても無差別殺人を行った国の兵であり共犯者なのだからそれなりの罰は帰ってくるだろう。
冷静に考えた所で今ここに自分がいても何の解決にもならないと改めて考える。
国を落とすには十分な話も聞けたわけだしこの情報と今回の依頼書を中立機構の一つ、‘騎士王国’に持っていき判断仰ぐことにする。
しかし、情報を渡してそれで終わりという全てを丸投げにすることは探偵は望まない。
依頼としては完遂するが全ての人が納得し、平等に幸せを掴むことはできないとわかっているからこそやれるべきことは全力でやる。
アフターケアというサービス。
そんなことをしてはきりがないが、誰も何もしないことには何も変わらない。
やはり綺麗事なのだろうかと考えても何もできない自分に歯痒さと憤りといった感情が支配していく。
客観的にみてみれば凄いなとは思うだろうがそこまでだ。
誰もこの探偵の価値観を持っているわけでもないし、そこから何かをするなんて事はしない。
それをわかっていても探偵は依頼を請負っていく。
賞賛や見返りの報酬、地位、名声にも興味はないがあれば特だなとしか思わない。
本当に自分の気分でやっているからこそ何にも縛られず自由にやりたいことができていた。
楽しんで、苦しんで、悩んで、試行錯誤を繰り返す人生が楽しくて仕方がなかった。
それは許されないことかもしれない。
初めは自分にできることなら、となんでもかんでも依頼を請け、解決していった。
それが綻び始めるのはそう遅くなかった。
人間は都合が良い人間を見つけると全て押し付け堕落していってしまう生き物だった。
気付いたときには利用され、絞れる物は全て絞られた後だった。
探偵も一人の人間であって神なのではない。
だからいつしか気分で依頼を行っていくことにスタンスが変わっていった。
周りからは期待され何でもできてしまう人間にも見えるだろうが、探偵は思いのままにやっているだけに何もしないときには不満と疑惑の視線に貫かれていく。
それに対しても何もしないことで反感をかっていくことはしばしばある。
そんな自らの評価と周囲の評価は一緒で最低であるというものになっていった。
誰もかれも自分が発する主張を理解してくれず一人孤独で生きてきた人間。
それがこの男。
それでも人を嫌いになったことはなかった。
そういう生き物で自分も同じ生き物。
そして今この国の糞な国王が不利な立場になった時がどんなものになるか楽しみでしょうがなかった。
自分勝手な行動を周囲の国々はどう評価して対応するのか。
実に興味深く人間を見ていると胸が踊るような気分だった。