12.異変
『これはどういうことだ。』
眼前に広がるのはオーガ級のバラバラになった紫色の死骸と先程よりもぐちゃぐちゃになった人間だったろう赤い肉片。
つい先程まで遺体としてちゃんとした原型が確かに其処にあったはず。
なのに更にグチャグチャになった赤のみがそこにはあった。
隣にいるネルルはシルヴィアの服の裾をギュッと掴み抱きついている。
生き残った仲間が居ないか僅かな可能性にすがっていたネルルを抱き寄せる
彼女にとって目の前の現実を受け入れることはできなかったようで目の焦点が合っていないようだ。
否定したくても否定できないことに何もできずにそばにいる男に縋りつくしかなかった。
『すまないネルル。君をここに連れてきたのは俺の判断ミスだ……。』
震えるこの少女にこれ以上何かを言うことは傷つけてしまう。
そう思えてしまうほど彼女は儚い存在だ。
自分が手を触れてしまえば壊れてしまいそうな程脆く、見ているだけで悲しみが湧き上がってくる。
この場をすぐにでも離れることが彼女のためになるかもしれないが、このままこの惨状を放っておけない。
魔物は兎も角人間種が供養も何もされないまま放置されればアンデット系の魔物に変わってしまうことがあるからだ。
人が住むところに近いこの場所でそのようなことになってしまえば色々と問題が発生してくる。
『君をミレイやルーの所に一度連れて行くよ。いいね?』
できるだけ優しく。
まるで花を慈しみ摘み取るように、そっと手を彼女の肩に置く。
ビクリと体を震わせてやっとシルヴィアが隣にいてくれることを理解する。
カタカタと震え始める体をギュッと包み込み浮遊感が訪れる。
『君は悪くない。俺が悪かった。だから今はゆっくり休むといい。』
そんな気休め程度の声しかかけられない自分に嫌気がさす。
しかし、彼女には救いの言葉に聞こえ意識が深い暗闇に落ちていく。
深く深く、今は悲しみを感じないように、心に傷かついてしまわないように、ゆっくりと落ちていく。
現実を受け入れたくないから、こんなことが起きてしまう前の過去に戻っていく。
信頼しているリーダー、それに獣人という自分を快く受け入れ仲良くしてくれた仲間達のことを思い出して。
『気を失ったか…。しかし、こんなことをするのは。』
可能性のある事柄を挙げていくがどれも推測の域を出ない物ばかり。
今ある現実とその推測と結び付けられるものは皆無でどうにもならないと判断するしかない。
しかし、周囲にはこれといった気配もなくあるのはただ暗い闇が当たりを包み込んでいるだけ。
生き物の気配を探ろうにも何の手がかりもない。
これ以上この場に留まるのも危険で、オーガ級の魔物を死体のものであったとしてもここまでぐちゃぐちゃにすることはシルヴィアでもできない。
それは先程の戦闘でもわかることだった。
シルヴィアもそれなりの得物を装備しているしそれを使わなかったのは使ってもオーガ級の魔物に対しては無力に等しい玩具でしかない。
そのため外部ではなく内部に刺激を加え無力化することしかできなかった。
そんなオーガの肉体をグチャグチャにする魔物もしくは人物はシルヴィアの中ではルーくらいしか脳内で検索してもヒットしない。
それを意味するところはルーと同等かそれ以上の人智を超えた存在がこの場にいたことになる。
想像しようにもそんなことを今は考えるべきではないし、相対したときの自分を想像するとこの参上のようなことになってしまうので早々に切り替える。
この腕の中で小さくなっている少女を現状安全な自分達の拠点に連れて行くことが今大事なことだ。
◇◆◇◆◇◆◇
『…ネルルちゃんは大丈夫でしょうか?』
『今は安静にさせてあげるべきだ。あんな場所をこの子が見てしまったんだ。俺でも目を背けてしまったくらいなんだから、この子には相当無理をさせてしまったかもしれない。』
『……それがいいかもしれませんね。』
ネルルをミレイに任せて先程から黙って静観していたルーをちらりと横目で見る。
それに気付かないふりをしてだんまりを決め込むトカゲもどきに苛っとしたがここにはミレイとネルルがいるので冷静になる。
それをルーは申し訳なくもあり、シルヴィアと二人で話したほうがいいと思い何も言わずにいた。
その後ミレイとネルルが眠っているのを確認してからルーの方からシルヴィアに話しかける。
『さっきはすまんだな主よ。それをまず先に詫びよう。』
頭を軽く下げてから改めてシルヴィアの目をじっと見つめる。
いきなり頭を下げられてから目を見つめられて事に戸惑いが生まれる。
しかし、何かされるわけでもなさそうなのでじっとしている。
何分か見詰め合っていたがルーは何かを決心したように話始める。
『実はあのむすめっこを助けてここに戻ってくるまでにあそこから嫌な気配を感じたのだ。その正体はここからではわからないのでなんとも言えないが、あまり良くない存在の気配だったのだ。我もあれほど邪な気配を感じたのは初めての経験なのだ。』
何かの手がかりになりそうな話を期待していたシルヴィアだったが、ルーが話しながら震えている姿を見て徒事ではないと思えた。
バハムート級にカテガライズされる生物が目の前で怯えているのだ。
それほどの存在があそこにいた?
そんな疑問と驚きが混じった視線をルーに向けると先程と同じ真剣な目で見てくる。
俺になんて言って貰いたいんだ?そんな気持ちになりシルヴィアは訳がわからなくなる。
話が突拍子すぎるのだ。
いきなり自分よりも強い存在が現れてそんな縋るように見られてもどう反応すればいい。
俺がなんとかしてやるなんて馬鹿げたことをいうはずはない。
しかし、その場に居合わせたからには何かしらの行動を起こすべきだと自分の勘が告げる。
『ルーそんな目で俺をみるな。俺は全知全能でもないんだ。できないことはできない。………でもな、お前らを護るぐらいはできるつもでいる。』
そういってルーの頭をポンポン叩く。
ルーの表情が少しばかり解れたことに安心する。
変に正義感ぶって嗅ぎ回っていることを相手に気づかれでもしたら今の俺ではなんの抵抗もできないまま嬲り殺しもいいとこだろう。
そうならないためにも情報がいる。
こんな不可思議なことが今初めて起こったとは考えられない。
そんな絶対的な強者がなんの前触れもなく出現することは不自然すぎる。
歴史を紐解く必要が出てきた。
ルーのような伝説的な存在が現実にいるのだから、昔、母から聞かされた昔話に出てくる魔物や人間ではない存在について調べることが必要だ。
そしてそんな話に詳しい人物が知り合いがガルガント帝国にいると風の噂で耳にしたことに気がつく。
こう、上手く事が進んでしまう自分の運に感謝し、今後の方針が追加される。
こんな寝覚めの悪いことは早く解決したい。
夜明け後は大変そうだと思い苦笑いになってしまう。
『主は我の光なのだ。どこまでもついて行かせてもらうぞ?』
『なんだ気持ち悪いな。そんなに従順だったか?』
『疑問を疑問で返すと主は礼儀がなっておらんぞ。我の主なのだからもう少し礼節を持ってだな――――――――――――――』
―――――――――――グダグダとルーから礼儀について説かれ始めるがそれは悪い気がしなかった。
凄くこの時間が楽しく感じられルーの尻尾を弄りながらシルヴィアの心の中を暖かいものでいっぱいになっていく。
この時間を壊そうとするのならシルヴィアはどんな存在が立ちはだかることになっても粉々に砕いてやると決意する。
シルヴィアという男は気にいらないことがあれば全て粉々に磨り潰してここまできた男だ。
それをなんの抵抗もなく力だけで解決してきたシルヴィアは今回のことで気味の悪さは感じたがそれ以上に怒りで感情を支配していた。
猫耳という至高の存在を傷つけたのだからその者にはそれ相応の罰を与えなければならないとシルヴィアの心の辞書に上書きされ、シルヴィアの常識に追加される。
その如何わしい雰囲気にルーはそれがなんなのかわからないでいるがあまり良いことは考えていないだろうと胡散臭い目でシルヴィアをみやる。
ミレイなら気付いたかもしれないがそのミレイは今猫耳少女と抱き合って眠っている。
もしミレイから何かしらの小言を言われてもどうとでもしてやると変な自信がシルヴィアにある。
それほどまでに猫耳がシルヴィアのハートを鷲掴みにした。
ルーのフサフサナの尻尾をなでているので猫耳はまた今度だなと贅沢な考えを胸に抱きながら寝ずの番を務める。




