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探偵魔法使い  作者: オリオン
第1依頼 麗しき姫
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1.無能なヘタレ

『ハア、ハア、ッハア、ハア―――――――――――――』



 爆音の中で俺は走る。



『クッソ、ガーーーーーーーーー』



 辺りには悲痛な表情、今にもおかしくなってしまいそうに奇声を発している者、事切れている遺体に縋りつく者。

 見ていて胸糞悪くなる光景が俺の目を通して脳に情報としてインプットされていく。


 わかってる。

 自分が最低な事ぐらい、ずっと前からわかってる。


 乱れた呼吸を整えることなど気にもせず、ただ己の依頼をこなそうとする者がそこにいる。

 周りには助けが必要な人がたくさんいるのに。

 ただただ冷静に依頼をこなすことで、この地獄絵図の未来が平和な世界になることを望んで。

 その場にいる者は彼に助けを求める視線を向けるが彼は歯を食いしばりそれを振り切る。



『ハア、ハア、ッウッ!!』



 込み上げてくる胃の内容物を喉の奥で無理矢理押し込んで胃の中へと戻す。

 物陰に隠れ休息をとらなければと乱れた呼吸を整えていく。


 あちらこちらで魔法によって破壊されていく様を崩れかけの民家から記憶に焼き付けるようにじっと見る。

 今いる場所の近くではそんな物騒な音はないので比較的敵と遭遇することは少ないだろう。

 しかし、油断せず気を抜かずに警戒しながら直も乱れている呼吸を整えようとするにはかなり神経をすり減らしているだろう。



『まったく、こんな戦争地域に来るんじゃなかった。前の依頼で戦争がどういうものかわかったつもりになってたんだろうな…。何やってんだろ俺…。依頼はまだ終わってないからこんな弱音は吐けないか。』



 こんなに心が弱かったのかと、また新たな自分発見をするがこのままでは依頼に支障をきたしかねない。

 そう思うと自然に今までの経緯を見つめ直す自分がいた。








 そもそも戦争自体に何故命を張ろうとしているのか。

 それは、戦争という別世界の様を以前の依頼で見たことがきっかけだった。

 その際に探偵という職業が如何に融通が利くものなのかもわかった。


 ギルドというのもあるが、あんなものは金稼ぎの性根が腐った奴らしかいないのが実情で、実力もないのに依頼主に金、金、金、と要求していく生き物達だ。

 所詮は金で世界が回ってるのかと思うと自分も大概だとも思い知った。

 

 畜生め!

 






 

 だが、そんな俺は初めて経験した戦争で心が折れた。

 本当に綺麗に真っ二つに。

 個人で解決できるほど戦争は甘くないと。

 依頼は成功した。

 

 しかし、その後が問題だった。

 依頼達成後に国が崩壊したのだ。

 残党兵によって国王が討たれ、姫は慰み者として扱われ、国民は隣国へ逃げ延びるなどして命を繋いだ。

 

 そんな国の行く末を後から知った俺は衝撃を受けた。

 起こった事実だけが俺の心の中にグサグサと突き刺さったようだった。

 

 





 

 今までの依頼で幸せになった者は数多くいて、それが当たり前だと思い込んでいた。

 その時の俺には丁度良い結果だっただろうと今は思う。


 ただ依頼をこなしただけで人が幸せになれわけがない。

 俺が勝手に期待して願っても現実はそう簡単にはいかない。

 

 綺麗事…。

 

 なのかもしれないが依頼を請け負うからにはその人には幸せになってほしい。

 そういった信念をもって依頼を請け負っている。


 依頼をしてくるということは、その人にはもうどうすることもできない事態になっているということで、それを手伝うことでその人の苦しみを経験し自分なりに解決していくことに生きがいを感じていた。


 とんだ甘ちゃんだ…。


 でも、こんな俺でも少なからず人の役に立つことができるのならいくらでも力を奮おう。

 それが人から蔑まれる事だとしても俺が俺であるために、気の向くままに。


 ただの自己満足?偽善?ただのお節介?いろんな批判もあった。

 さすがにこんな探偵なんて仕事をしていれば綺麗事では済まされないことも、痛い目にも、心が潰れてしまうのでは?ということもあった。

 だけどこの仕事が好きだ。だからただなんとなく生きているだけの人間には…こんな最低な俺でも馬鹿にはされたくない。








 そして依頼内容を思い出す。

 今回のクライアントはそんな腐れきったギルドに依頼を出すことなく俺個人に依頼をしてきた。

 この依頼の前にも国王から請け負っていた依頼があったからだ。

 さすが依頼成功率100%の俺様だ。

 

 今まで散々真面目なことを考えていたが今回引き受けた理由は簡単だ。


 

『気分』


 

 たかだか政略結婚を断られたくらいでこんな戦争をおっぱじめた糞馬鹿な豚国王は死んでも誰も文句は言わないはずだと、依頼が来たときに感じた。

 あの見た目も中身も最悪。

 あれじゃ結婚なんかしたくないだろう。

 権力、兵力、財力そんなものがあっても幸せになれなきゃ意味がない。

 

 だからそんな自分勝手な奴なんか消してしまおうと思った。

 それが理由で詳しい話を聞いたときの『気分』だった。

 

 それに姫が結構可愛かったから少しでも御近づきになれればなんて邪な気持ちもあった。

 姫の幸せにもこの依頼は成功させなければならない。

 あんな可愛い姫の笑顔が間近で見ることができるのであれば情けなく吐き気を催している場合ではない。

 そんなもの吹き飛ぶはず?あんまり変わらないものの先程より幾らか気分がすっきりしてきた。









『よし、姫の幸せ、この国の幸せのためにも一肌脱ぎましょうかね?』



 まずはどんな屈強な兵の集団でもそれを率いている者が倒れれば統率力は多少失われる。

 なので敵の懐に入り込み大将を後ろから一突き。

 そして戦いの流れを一人で掴みとる。

 失敗すれば圧倒的な兵にさすがの俺でも対処しきれず本当に成す統べもなく首が飛ぶだろう。

 

 だが今までそんなことを失敗したことなど1度もありはしない。

 ただ静かに敵の喉笛を噛み千切ればいいだけ。


 大々的に広域拡散の大魔術を使ってぶっ飛ばすこともできるがそれではこの国の民まで巻き込み兼ねない。

 そしてその後は魔力切れで仕留め損ねた兵から首チョンパになりかねない。

 そんなスマートじゃない作戦を考えた今さっきの俺は馬鹿か?もっと静かに誰にも気付かれずに一つずつ確実に全てを消さなければ。

 

 また以前の戦争の二の舞に為りかねないのだから。








そんな簡単な誰でも思いつくような作戦を誰にも気付かれずに行うのができるか内心不安に思っている探偵だったが、先程まで吐き気を催していた弱々しさは感じられず波を立てることなくまるで得物に近づいていく猛獣のように。

 魔法の破壊音のする方へ静かに、ただ静かに、それでいて敵の目に留まることなく影が忍び寄るように歩み寄っていく。









◆◇◆◇◆◇◆          









『そっちに行ったぞー!モタモタするな走れ馬鹿野郎!』


 

『やめて、この子だけは!』



『そんなの知るか、恨むなら生まれたこの国を恨めよ。』



 こんなやりとりを何回見てきただろうか。

 何度見ても、聞いても慣れることはないが割り切らなければいけないだろう。

 獲物が油断してくれるように。

 

 またしても吐き気がしてきた。

 オェ……


 でも最悪な結果にはならないようにできることはするつもり。



『お願いします、なんでもしますからこの子だけは…。』



 自らの命が危険に晒されてなお我が子の命を助けてくれと、目をつむって愛しそうに、誰にも奪われまいと力強く抱きしめている名も知らない母親は何度も叫び続ける。



『お願いします、お願いします、お願いします、お願いします、何でもしますからこの子だけは…。』



 何度叫び続けたかわからないが一向に何もされない母親は恐る恐る伏せていた目線をあげていく。

 疑問に思ったのだろう。

 何故先程まで虐殺を続けていた男が声を発せずにいるのか。

 そして何故かあんなにも怖かったのに今は安堵している自分がいることに気づいた。


 それは実に簡単なことだった。

 自分達の命を脅かしていた兵士の姿、怒号全てが消えていたからだ。

 何がなんだかわからず今まで大量虐殺が行われていた場所なのか、もう自分は死んでしまったのか錯覚してしまった。


 不意に自分の腕の中で抱きしめていた我が子の泣き声が聞こえて意識が向く。



『……私はまだ生きてる?』



 周囲を見渡しても惨状と化したその場は変わらずにある。

 しかし、元凶となる兵達がいない。


 どこに行ったのかと兵達に見つからないように願いながら慎重に目だけを懸命に動かす。

 しかし、一向に何が起きたのかわからなかったため勇気を振り絞って路地から顔を覗かせる。

 ゆっくりと、見つかってしまわないように、この子だけでも助けるために。



『誰も……いない?…………。』



 何がなんだかわからずそのまま座り込んで呆然としてしまう。



『―――――――――――――――ップハァ!!あぁごめんなさい。驚かせちゃいました?いや参った参った。こんな人数相手にしたの久しぶりだから時間かかったけどもうこの辺は安全だと思います。よしよし、大きくなったら母ちゃん護ってやりなよ。あっ!まだ危険がなくなったわけじゃないので物陰に隠れててくださいね。安心してくださいこんな茶番劇は速攻で終幕にしてくるので。』



 突然路地から飛び込んでくるように現れた男にまた命の危険を感じた母親だったが、絶えず喋り続けていった。

 そして我が子の頭をグリグリと乱暴に撫で回す男に妙な脱力感が襲ってくる。

 直感した、この人が助けてくれたんだと。

 また、この脱力感は『安心』だ。

 彼の去り際の表情は優しかったが視線を外された後のあの眼に見惚れてしまった。

 漆黒の眼に心奪われた。

 なんて綺麗でそれていて冷たいのだろうかと。

 

 それから音もなく去ってしまった男の言葉通りなら、どこかに身を潜めなければと思いその場から急いで立ち上がる。






 






『あー、吐き気もなんかすっきりしてきた。このまま殲滅してこう。南側は粗方終わったし、進入された東側と北側のどちらに行こうか…。』



 悩んでいると東側から今までとは比べられない轟音が都市に響き渡る。



『東には確か市場があったか…。物流が滞るのはまずいからそこからいきますか。』



 戦争をしていくにはまず兵糧がなくなれば一日も持たずに国が落ちる。

 まだ東側からは戦闘音が始まったばかりだから被害はそれ程酷くはないと思っていたため、進入されやすく被害の大きい北側に行こうと傾きかけていた思考を今の轟音から消し去る。


 

『どんなことをしたら今の馬鹿でかい音がするんだ。今まで生きてきてあんな音は初めて聞いたぞ。そう思うとあそこにいなくて正解だったか?』



 とんでもなく他人事だが進む方向は東側に向いている。

 早く駆けつけなければ取り返しがつかなくなってしまうこともわかっているため、敵兵の目を引くことになってもかまわないと思ったのか、風属性の飛行魔法を発動する。

 背中に魔法陣が浮き上がりシュルシュルと風が集束していく。

 目にははっきりと捉えることが難しいが確りと風でできた探偵の身長よりもはるかに大きな羽がそこにあった。


 

『稼働率も80%で安定しているな。それでは空の遊覧飛行にでも行きますか。』



 一気に高度を上げ、都市を見渡せる所まで昇る。

 先程の轟音の発生地に目をやると、赤々とした色で塗りつぶされていた。



『なんでこうも世界は理不尽なんだろうかね…。』



 まったくその言葉通りで、東側だけの被害だと思っていた先程の楽天的な思考回路にがっかりしてしま

った。

 東側を含む北と南の三分の一。

 わかりやすく言うと都市の半分が焦土と化してしまっていた。


 そしてその先に目をやると理不尽なまでの数の兵の大群が見え、その先頭では遠距離魔法用の魔法陣が展開されていた。

 その様子から残りの半分も消し飛ばそういう魂胆なのだろう。

 

 ふざけるな…

 そんなもの人に向けていいものではないはずだ。

 魔法とはそもそも生活の補助を目的とされて生まれた産物でしかなかったもので、それが魔物から身を護るために姿、形を変えていったものなのに。

 何処でどうしたらあんなものになった?

 

 そうこうしているうちに魔法陣の輝きが増してきたため魔力の充填と詠唱が終わりを迎えてしまうであろう。

 

 わからない。

 人というものがなんなのか。 

 以前の戦争でもこんな暴力的な魔法を見て理解していた。

 あんなもの魔法ではない。

 ただの殺戮兵器だ。

 だからこうしよう。

 同じように自分達も殺戮兵器を味わうといい。

 全く同じもので。 


 魔法陣を理解し更に広域の対象補足の上書きを行って展開する。

 魔力も今あるだけのものを注ぎ込む。

 何百人もの魔力を使っての魔法よりも何かの片手間のように軽々しく、圧倒な魔力の量を魔法陣へと注ぎ終える。

 敵の魔法の発動よりも早くこちらの魔法を発動させる。



『消し飛べ…。』



 一瞬の光が目の前を包み込むと同時に轟音を凌駕して大気が、大地が震えた。

 残ったのは魔力を消費した少しの脱力感と自分の無能さ、そして戦争に怯えて、自分が傷つくことに恐れ、こそこそと敵を倒していたことによって同じ過ちを犯してしまうところだった現実。

 しかし、都市の中央部にある城には被害はギリギリないため依頼主がいなくなったわけでもないのでこのまま依頼の続行し完遂しなければならない。

 

 最低な俺は今だけはそんな思考をするべきではない。

 糞ッたれな国王に死よりも辛い地獄を与えなければ。

 多くの幸せが何処にも行き着くことなく消え去ってしまい、どうすることもできなかった無能な俺はやらなければならない。


 そしてその国王のいる場所へと進路を向けて全力で飛行魔法を使用する。

 早くて1時間もあれば到着する。

 その間にも俺という存在がいかにちっぽけなのか思い知る。

 そしてこの世界に絶望し、恐怖している。

 でも俺見たいに絶望する人が少なくなるように、幸せになってくれるように、生を実感してもらえるように…。


 だからこれからも依頼を受けていこうじゃないか。

 こんな理不尽な世界の中で。

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