小人物語
―――ガタっ
―――ごとごと……
―――ぱたんっ
―――ぱたぱたぱた……
―――……たぱたぱた
―――かちゃ
―――ごそごそ……
―――かちゃ、
―――ばたんっ
―――……
―――ぺた、ぺた、ぺた、
―――……
―――…………
「……いったか?」
「いったか?」
「いったといったか?」
「いったといったぞ」
「いったといった!」
「いったの!」
「いったぞ!」
本人にはどこに何があるのか、把握できるのだろうが、人が見たらただのゴミ屋敷じゃないかと呆れるほどに散らかった部屋のどこからか、鈴の音くらいの囁きが聞こえ始めた。
人影はいない。この部屋に唯一暮らす主は先ほど探し物をし、結局見つからないまま閉めたドアの予想以上に大きな音にビビりながらも部屋を出て行ったばかりだった。
時刻は黄昏。しかし初夏に差しかかった快晴の日、空はまだ青く日はまだ白かった。
開いたブラインドから射線で入ってくるやや西日に、部屋はブラインドの影のストライプを描かれていた。
「……ほんとにいったか?」
「ほんとに?」
「いったんじゃないか」
「いってないのか?」
「いってないのか」
「いってないのか!」
「ひとが!」
「ぬしがいるか!」
「ぬしが、いるか?」
「しずかに?」
「しずかに!」
「……」
「……」
「……くしゅん」
「……」
えっと、無人の部屋の中、閉まりきっている窓から少し早い梅雨の湿った風も、少し遅い春の渇いた風も吹きこんでくることはなく、滞って淀んだ空気がしっとりと沈んでいるばかりだ。
飲み干したまま、流しに持っていかれることなく放られているマグカップ、から覗く緑の布切れ……。
いや、買ってから水を与えられることも無く干からび果てたサボテンの鉢植え、から覗く小さな指……。
でもなく、脱いだまま皺くちゃにソファーに掛けられているよれよれのTシャツ、は中に何かがいるかのように盛り上がっている……。
……。
「ぶえっくしゅんっ!!」
「うわー!」
「やめれ! はなみずが!」
「くっついたか!」
「きたない!」
「ぐっしゅん!」
「きちゃない!」
「やめれって!」
よれよれのシャツが掛けられたソファーの下、そこから沸くように這い出てきたなにかがあった。
それぞれが布切れを身に纏っていて、或いはとんがり帽を頭に乗せていたり、或いは靴をはいていたりする小さな人がわらわらと散ってきた。その様子はゴキ○リが沸くかの……いや言いません。
神輿を上へ下へと持ち上げ持ち下げるような騒ぎに、マグカップの裏からサボテンの鉢植えの影からTシャツの中から同じような小人が顔を覗かせる。
「ぶえっくふぐっっ!!」
「やめれって!」
「よくやった!」
「くちふさいだ!」
「いきは?」
「できるだろ?」
「いきは?」
「できないか?」
「わ」
「はずしたげて」
「くるしそう」
「ふはっお、おれを」
「なに?」
「ころすきか!」
「なにをいう!」
「なにをいう!」
きーきー互いを打ち始めた二人の小人に、周囲を囲んでいた小人が止めるべきか囁き合っていた。
または頭や服についてきた埃やごみを払っていたり、丸めてあるタオルの匂いを嗅いだりティッシュを持ち上げたりしていた。
どこから沸いたのか、どこに隠れていたのやら、あっという間に部屋を埋め尽くした小人たち。彼らは秩序やルールや礼儀を知らぬかのように好き勝手に動き回っていた。
そんな混沌を、他の小人たちから少しだけ高いところから見渡していた、どこか貫禄を感じられる一人の小人が腕を組んで叫んだ。
「きけーい!」
のろまな動きで彼を見上げる小人たち。それらを眺めて、彼は我慢ならないというように唇を突きだした。
「なんだ?」「どうした?」「なんなんだ?」「だれだあいつ」「だれかあいつ」「だれかあいつ?」
「おまえがあいつ?」「あいつはだれだ」「しってるか」「しるわけない」「だよなぁ」「だよだよ」
「あ」「あいつじゃねぇか」「どいつじゃねぇか?」「あいつ」「どいつ」「どいつ?」「だから」
「きけぃといっているだろおが!」
静かだったのも一瞬のこと。すぐにざわめき始めた小人たちに腕を組んだままもう一度一喝して、腕を組んだ少し偉そうな小人は下にいる小人たちに言った。
「おまえらはなんのためにうまれてここにいるのかわすれたのか!!」
「なんのため?」「なんのためだっけ?」「えっと、ほら」「なんのため?」「ほらえっと」「だからその」「なんだっけ?」「ごはんたべるため」「ねる?」「ちがうんじゃない?」「だからえっと」「なんのためだっけ?」「せーの、」
「「「「「「なんのためだっけーーー!!!!」」」」」」
「おまえらはー!!」
こんなときにだけ一致団結した小人たちに呆れてか、勤めて冷静であろうとした偉そうな彼は怒った。
そして、すでに憶えているのは彼だけであろう、彼らがここにいる意味を叫んだ。
「この! どうしようもなく! きっちゃない! きっっっちゃないへやを! なんとかする! た!め、だ! ろぅがああぁあぁぁあ!!」
「「「「「「……」」」」」」
体の中の空気を全て出しつくした、とばかりに肩で大きく息をする小人の彼。彼の声にビビったのか、なんなのか、小人の群れはまたも一瞬だけ沈黙し、今度はさらに大きな声でざわめきだす。
「だったっけか?」「おぼえてねぇべ」「そんなこと」「まったくだ」「「まったくだ」」「きっちゃないか?」「このへやが?」「きっちゃないだろう」「しゃつはくさかったぞ」「ああくさかった」「かびがはえるな」「でもさ」「ここいごこちよくないか」「「まったくだ」」「ちょーきもちー」「さいこうだね」「なんでもあるしな」「おもしろいしな」「たのしいしな」「しゃつはくさいが」「まったくだ」「だがねぇ」「どうした」「どうしよ」「どうしよ」「なかまよ」「どうしたのだ」「だがだがだねぇ」「だからどうした」「ぼくらは」「この」「いごこちのいいへやを」「なんとかするために」「ここに」「いるんだろう?」「まったくだ」「おもいだせはせんが」「そうらしい」「ならばだ」「ならば?」
「なんとかするってぇのが、すじなんじゃねぇのかい?」
「「「「「「……」」」」」」
「なにいまのー!!」「かっこいいー!!」「すけさん!?」「かくさん!?」「こうもんさん!?」
「かっこいいー!!」「てれびであってたの」「まじでか!」「なんとかするってぇのが」「すじなんじゃねぇのかい?」「「……」」「「きゃー!!!!」」
なんだか盛り上がっている小人らを、少しだけ他より高いところから見下ろしながら、偉そうに腕を組んでいた小人はがっくりとうなだれた。せっかく危機感を煽ろうとして勇気とかなんとかを振り絞ったのに、と思いながらもとりあえず、
「つかれた……」とつぶやいた。
「おっしゃやるぞー!!」「やるきでてきた!」「さすがおれら!」「さすがだおれら!」「すけさん!?」「かくさん!?」「「こうもんさんー!?」」「きゃー!」「きゃー!」
「やるぞてめぇら! はたあげじゃー!」
「「「「「「おーーー!!!!!」」」」」」
「ただいまー」
「「「「「「「!!!」」」」」」」
「はぁぁ、疲れた。結局レポートは山田んちに置いたままだったし。は、やばかったぁ」
部屋の主が帰ってきた。
小人たちはテンションのままに振り上げた右腕をそのままに、いきなりの危機に固まりそして、一斉に焦った。
「かくれろ」「かくれろー!」「どこに」「どっかに」「くるぞ」「やつがくるー!」
「はぁあ、ほんと、無駄足だわー」
扉を開けて、片手に持っていたレポートの束をソファーへ放った。広がった紙を見向きもせず、飲んだままのマグカップを手に取り、冷蔵庫の中からコーラのペットボトルを取り出して注いだ。
ぐっと一気飲みし、盛大なげっぷをかました後、何となしに目に入ったサボテンに僅かに残ったコーラを与えた。
「いやー、忘れてたわ、サボテン君。枯れちゃったかぁ。残念」
サボテンの鉢植えの隣にマグカップを置き、ベッドへの道すがら適当に散らかったマンガを手に取り、ベッドへダイブした。仰向けになり、マンガを開きながら一言。
「よし、今日もいい一日だった」
「……なんて」
続けて投稿。
勢い書きって恐ろしいわ~、と今更ながらに理解する自分。
面白く書けたからいいものの、肩がなかなかに痛かったり。
ちょっとでも和んでくれたらいいです、こんな作品で……。
読んでくださったかた、本当にありがとうございます!