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春臣さまの悩み

妖…それは何年も前から存在する不思議な生き物のことを言うらしい。

動物のようなものもいれば、人の姿のものもおり、化け物のような輩も存在すると。

「なにより不思議なのは、妖はまるで、人間と対なる存在のようだということだ。彼等は某ら人を否定するために生きているようなのだ」

意味が解らなくて、伊呂波が首を傾げると、春臣はさきほど伊呂波から受け取った風邪薬の包まれた油紙を指先で弄びながら、話を続けた。

「…某は、日ノ本の奥州最北端、斗南を治める西織家の一人息子だ。だから斗南に出現する妖の討伐を命じられることも多い。その討伐を命じられた妖を殺すときに、必ず妖は言うのだ。−−−−−人が、憎い、と」

ひどく、ひどく思い詰めたような声音で、春臣がぽつりとつぶやくように言う。

「…でも、その妖がすべて悪いものばかりではないんでしょう…?」

「…悪い妖など、存在せぬ…」

長い長い、人の歴史に、妖は必ず絡んでいると、彼は言った。

きっと妖らは、己ら人間よりも古くからこの地にいるのだと。

はるか昔は、妖と人が、共存した世界だった。それなのに、いつからか、人の方が、妖を憎むようになった。

その理由は簡単で、妖のなかには高い知能を持つものも少なくはなく、なにより彼等は、自然の力を持っている。

…人の太刀打ちできない力であった。

ようは、食物連鎖の一番高い位置にいた人間が、その座から引きずり下ろされたということである。

「そ、それって、妖が人を食べはじめたってことですか…?」

こくりと春臣が頷いた。

「ひどい…」

思わずそう言うと、春臣は攻めるように伊呂波をみた。

「本当に、そう思うか」

「…へ…?」

「妖は、ただ己の喰うぶんの人間しか、襲ってはおらぬ」

人とは勝手な生き物だ。

ただ、食物連鎖という生存競争のなかで、妖に負けたのだ。

その競争の敗北から、人は恐ろしい考えを抱くようになった。

−−−−−妖が、憎い、と。

「それって、今の妖じゃないですか…」

そうだ、と春臣は自嘲的な笑みを浮かべた。

まずはじめに、手をだしたのは人だった。 憎しみに任せて、妖を殺した。

だが、返り討ちに遭うものも少なくはなく、敵意を剥き出しにした妖の強さは、人の力では、どうすることもできなかったのだ。

どうにか妖に抗える力を手に入れられないものか?

誰かが、妖を、食べた。

 妖の力を自分のものにできると信じ込んだ末の行動であった。

 −−−−−それは、豚が狼を食べるくらいに異質なことだった。

「…まあ、妖を喰ったと言うのは言い伝えでしかないのだが」

いつからかわからない。

人も大きな力を持つようになったのである。

それは、妖術というらしい。

「妖術って、どんな力なのですか?」

伊呂波が問うと、春臣はくすっと笑って、ぱちん、と指を弾いた。

その刹那。

びゅおんっと、不可解な音がして、部屋の障子ががたがたと震えはじめる。

室内で風が吹いているのだ!

風は伊呂波の髪を弄び、気がつけば消えていた。

「…これが妖術だ。某の場合は、風の属性を持つ」

魔法のようであった。

まるでCGの世界に連れ込まれたようで、伊呂波はほうっと春臣を見た。

「妖術は、一部の人間しか使えない。火を操る者もいれば、水や雷、地を揺らすことが出来るものも、見たことはないが氷、闇や光すらも操ることができる者もいるときく」

他にも少し先の未来を見据えたり、他人の夢を見透かしたりと妖術の種類は様々である。

だが、と春臣の顔にまた、影が射した。

「某は妖術について、考えている」

彼の目は、どこか遠いところを見つめていた。

「過去に妖を喰った人間に妖術は使えるようになるならば、某は力の物欲しさに飢え、妖を殺して喰らった一族の子孫となると」

悲しいことだ、と春臣は首をうなだれた。 憎しみにまかせて妖を大量に虐殺したことが、その妖の人を憎む虚しい感情を爆発させたのだ。

 しかし、そうだとしてもさきほど春臣は狐を操っているかのように見えた。

 しかも春臣が一方的に操っているのではなく、あの狐自身が春臣に懐いているようだったのだ。

 春臣の足元で転がる愛くるしい小さな狐を横目に、伊呂波は尋ねてみる。これが憎み合って生きている妖と人間とは到底思えなかったからだ。

「でも、その狐さんも、妖でしょう?春臣…さまに、懐いているように見えるのですけど…」

政宗が己の敬称にやたらとこだわっていたのを思い出して、春臣もそうなのだろうかと慌ててさま付けで呼んでみたが、春臣からの反応はない。

そっと様子をうかがってみると、彼は明らかに笑いをこらえている様子で妙な顔をしていた。

「政宗に聞いた話では奥州の王であるあいつを呼び捨てにしたと言っていたから、某はなんと呼ばれるのかと思えば…」

春臣さま、とは。

平然と呼べばいいものを、なにかとぎくしゃくして言われるので堪らない。

おもしろくなってばかわらいすると、少女はなぜ自分が笑われているのか解らないと、途方にくれていた。

やっと笑いの波が過ぎ去ったところで、春臣は伊呂波の問いに答えてやる。

「妖の大半は人間を憎んでいるが、ほんの少し、そうでないのもいるにはいる」

だが、妖狐が某に懐いてくれるのは…、そう言いかけて、春臣は口をつぐんだ。

言いたくなかった。

己の口からこの純粋無垢な少女にあれを明かしてしまうのが怖くなったのだ。

「やはり、なにもない…」

そう言うので、彼はいっぱいいっぱいだった。

伊呂波は首を傾げたが、あまりしつこく尋ねて煙たがられるのは嫌だった。

不思議なことに、自分はこの西織春臣という男を気に入ってしまったらしい。

嫌われたくないという感情が伊呂波の自制心を強くさせた。

「少し、政宗の様子を見てこよう。伊呂波はここで待っていてくれ、すぐに戻る」

春臣が立ち上がって、部屋を出ていくのを伊呂波はじっと見つめていた。


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