第2章 「星が集う日は次なる祭典」 第1話
翼と李梨奈が2人で出かけていた。
週末の街は穏やかな人通りで賑わい、
春の柔らかな陽光がビルの隙間から優しく差し込んでいる。
ショッピングモールの明るい通路を、
2人は並んで歩いていた。
李梨奈と一緒に暮らす生活にも少しずつ慣れてきたはずなのに、こうして2人きりで出かけるのは未だに慣れない。
なんだか気まずくて、
視線を合わせるのも少し照れくさかった。
「もう、洋服は今あるもので十分なのに……」
翼が少し不満げに呟くと、
李梨奈は楽しげに笑いながら翼の腕を軽く引いた。
「女の子はお洒装しなきゃ」
翼自身、あんまりお洒落にこだわってはいなかった。
地味とまでは言わないが、
落ち着いた色味で動きやすい服が好みだった。
派手なものは苦手で、
舞台衣装ですら緊張するのに、
プライベートでそんな服を着る想像はまだできなかった。
「それに、翼の進級試験合格のお祝いだからね」
翼は無事に進級試験に合格し、
3年生に上がることができた。
落ちても追試はあるのだが、
エーデルが落ちるなど許されない。
進級試験でさえ合格できないとなると、
エーデル剥奪もあり得たから、
本番前は本当に必死だった。
李梨奈は翼の隣を歩きながら、柔らかく微笑んだ。
「怜人に聞いたけど、舞台衣装でも露出多めはダメなんだっけ?」
「うん……恥ずかしいし……」
翼は裸に近い格好を見られるのが苦手だった。
それは異性であっても、同性であっても。
衣装なら「役として」着られるけれど、
我に返った瞬間に耐えられなくなる。
「衣装ならその役として着れるけど、いざ我に帰ったら……」
「あー、たまにあるよね、そういう時」
李梨奈がくすくすと笑う。
「お姉ちゃんは無かったの?」
少し考え込むような仕草をした後、
李梨奈は肩をすくめて答えた。
「私は無かったかな? 一回、水着グラビアの案件が来た時あったけど、事務所のブランディング的にって社長が止めてくれたね」
翼はそれを聞いて、思わず想像してしまった。
自分が水着でカメラの前に立つ姿——
想像しただけで顔が真っ赤になり、
耳まで熱くなった。
李梨奈がそんな翼の様子を見て、悪戯っぽく笑う。
「翼もいつか、そういうの来たらどうする?」
「絶対に無理!死んでも嫌!!」
翼が慌てて両手で顔を覆うと、
李梨奈は楽しそうに笑い声を上げた。
ショッピングモールの明るい光の中、
2人の影が並んで伸びている。
姉妹として、少しずつ距離を縮めていく時間は、
まだぎこちないけれど、確かに温かかった。
ブティックには、さまざまな服が色とりどりに並んでいた。
柔らかな照明の下、パーカーやジャケット、
シンプルなTシャツから、 少し華やかなワンピースまで、季節の新作が丁寧にディスプレイされている。
穏やかなBGMが流れ、
店内はゆったりとした空気に満ちていた。
翼はなんとなく手を伸ばし、
棚の服を一枚一枚手に取っては眺めていた。
(これ、いわゆる地雷系ってやつだよね……)
休日に侑樹たち舞台創造科の子たちと遊びに行った時、 瑠々が着ていた服を思い出す。
フリルとリボンが多めで、少し派手めなデザイン。
正直、ちょっと可愛いと思った。
でも、自分が着るとなると想像できなくて、
「先輩も似合いますよ」と言われた時も、
慌てて首を横に振ったことがあった。
「それ、気になってる?」
後ろから突然かけられた李梨奈の声に、
翼はびくりと肩を跳ねさせた。
「と、友達がこれ着てたから見てただけ!!」
慌てて言い訳する翼の頰が、ほんのり赤くなる。
李梨奈はくすっと優しく笑いながら、
翼の隣に並んで服を眺めた。
「翼はやっぱり清楚な感じがいいかな」
そう言って李梨奈が手に取ったのは、
白いシャツにベージュの薄手のカーディガン、
そして柔らかな水色のスカートだった。
「これ、試着してみて」
「え……う、うん」
翼はいわれるがままに試着室へ向かい、
少し緊張しながら着替えた。
カーテンをそっと開けると——
そこに現れたのは、可憐な少女だった。
落ち着いた色合いの服でありながら、
どこか不思議と目を奪われる清楚さ。
淡い水色のスカートが、翼の細い脚を優しく包み、
白いシャツとベージュのカーディガンが、
彼女の柔らかな雰囲気を自然に引き立てている。
李梨奈は少し目を細め、満足そうに微笑んだ。
「よく似合ってるよ」
翼は鏡の中の自分をちらりと見て、
照れくさそうに視線を逸らした。
「ありがとう、お姉ちゃん……」
その声は小さく、でも素直だった。
李梨奈が翼の肩にそっと手を置き、
鏡越しに2人並んで映る姿を見つめる。
「翼はこういう服が一番可愛いと思う。
無理に派手にする必要なんてないよ」
翼は頰を赤らめながらも、
小さく頷いた。
お姉ちゃんと2人で服を選ぶなんて、
少し前までは想像もしていなかった。
まだぎこちないけれど、
この時間が、静かに、確かに温かかった。
李梨奈が優しく翼の髪を指で整えながら、
穏やかに言った。
「これ、買おうか?」
翼は少し迷った後、
照れながらも小さく微笑んだ。
「……うん」
ブティックの柔らかな照明の下で、
2人の影が静かに寄り添っていた。
その後も2人は、ゆっくりと買い物を楽しんでいた。
李梨奈が翼に似合いそうな服を次々と提案し、
翼は照れながらも素直に試着を繰り返した。
時折、2人の笑い声がブティックに響き、
店員さんからも「姉妹さんですか?とても仲が良いですね」と言われるほどだった。
気づけば、もう夕暮れに近づいていた。
オレンジ色の柔らかな光が街を包み、
2人の影が長く、優しく地面に伸びている。
「ありがとう、お姉ちゃん」
翼が少し照れくさそうに言うと、
李梨奈は優しく微笑んで翼の頭を軽く撫でた。
「うん、でも……本番はこれからだよ」
「え?」
李梨奈の言葉の意味が分からず、翼は首を傾げた。
ゼロタイムが見えてきた時、翼は違和感を覚えた。
いつもならこの時間、百合々咲の生徒たちで溢れ、
賑やかな笑い声が聞こえてくるはずなのに——
店内は暗く、静まり返っていた。
カラン——
ゼロタイムの扉を開けると。
「ただいま……」
おそるおそる入った瞬間——
パーン!!
何かが弾ける音とともに、
店内の明かりが一斉に灯った。
「「翼、誕生日おめでとう!!」」
そこには、怜人と理央の他に——
二乃、八重、砂月、哪吒、そして侑樹たち舞台創造科のいつものメンバーたちが、
笑顔で翼を出迎えていた。
テーブルの上には、大きなケーキやチキン、
サンドイッチ、色とりどりのスイーツが並べられ、 壁には手作りの飾り付けと「HAPPY BIRTHDAY」の文字が輝いている。
「みんな……」
翼の目に、みるみるうちに涙が溢れてきた。
嬉しさのあまり、言葉が出てこない。
毎年祝われてるはずなのに、
今年は特別に嬉しかった。
血の繋がった家族がいるからなのか、
大切な友達みんなに囲まれているからなのか——
何故かは翼にもよく分からなかった。
ただ、胸がいっぱいになって、
涙が止まらなかった。
(この景色を、君にも見せたいよ……ツバサ)
李梨奈がそっと翼の背中に手を置き、
優しく囁いた。
「サプライズ、成功だね」
翼は涙を拭いながら、
精一杯の笑顔で皆に向かって叫んだ。
「みんな、ありがとう!!」
店内に、温かい拍手と笑い声が広がった。
夕暮れのゼロタイムは、
翼の大切な人たちでいっぱいだった。
これは、トップスタァを目指す少女たちの物語。
そして……
世界を知る物語である。
第1話 完




