転生聖女は侍女である姉の気持ちがちょっとわからない
先週季節のかわり目で寝込んだ時にこの話が浮かびまして、
頭が冷静になったら形にできなくなる気がして、
続き物を手掛けている途中ではありますが、書きました。
皆様も何卒お体にお気をつけてお過ごしください。
見習い聖女、ルルウ・リンドル伯爵令嬢には前世の記憶がある。
とある世界の日本という国、高校受験を間近に控えた中学生。
塾帰りにいじめっ子気質でスクールカースト上位のクラスメイトに付きまとわれ、逃げ出した先が車道だった。
そしてトラックに跳ね飛ばされたと思った直後、目が覚めた。
そこは自分の部屋のベッドの上だった………今世、ルルウの。
馬車が暴走する事故に、一つ上の姉ジェリンと巻き込まれ、数日間気を失っていたという。
ああ、そうだ。私は交通事故で死に、ここに生まれ変わったのだ。
そう思いながら鏡を見る。そこには日本人とは少し違う人種の五歳の女の子が映っていた。
「ネット小説で習ったやつだ」
冗談のつもりでボソッと呟いてみたが、案外とそれで冷静になれた。
病人を治癒したり結界を張ったりなどの聖女の力に目覚めたのも、馬車の事故がきっかけだった。
それが発覚したとたん、聖女は国の宝だという理由で歳は近いがクソも興味がない第二王子の婚約者候補に決められてしまった。
そのどちらも、やっぱり一人の時に「ネット小説で習ったやつ」と呟いて自分を落ち着かせた。
落ち着かせたが悔しさは消えない。
あきらめきれない。
受験が終わったらやろうと思ってた推しが出るゲーム。
古本屋をめぐって買い集め、全巻一気読みするつもりで積読にしておいた膝の高さまである推しの小説。
全力でチケットを取るつもりだった推し関係のお芝居。
ああ、それから……!
両親が望む学校に入るために、全部全部我慢してたのに。
自分が死ぬ原因となったイジメ犯に対しては地獄に落ちろと思うが、それだけだった。
クズを憎み続けるより自分のヲタ活への未練を噛み締める方が、比較すると微妙に健康的である。
そうやって一日に何度も前世の未練に歯ぎしりしながら、前世と同じマイペースオタクのテンションでルルウは十五歳になった。
メイクやドレスにはそんなに興味はないが、お洒落が嫌いなわけではない。
うす茶で柔らかくウェーブした髪と優しい緑色の瞳を持ち、幸いにも可愛い系美人の枠に入る顔立ちなので、清潔であるよう心掛け(それは前世でも同じだったが)早口にならぬよう自分を律し、作法も身に着け、外見的にはそれなりな淑女にコスプレし続けた。
見習い聖女は、今の代では二人いた。
一人はルルウ、もう人は男爵令嬢のケイティ・ラルシーだった。
ケイティも清楚系の美人で銀のストレートヘアに薄青の瞳を持つ、まるでお人形のような女の子だ。
誰にでも優しく穏やかで、物静かな性格のようだった。
二人は教会にある聖女見習い用の寮で暮らし、それぞれ一人ずつ侍女を連れていた。
ルルウの場合は、姉のジェリンだった。
姉を侍女にするなんて、と世間でひそひそと噂されたが、これは二人の両親が決めたことだった。
ジェリンは子供の頃の事故以来、表情をあまり顔に出さなくなり、自分の気持ちも口に出すことが無くなり、殆ど喋らなくなった。
そしてしきりに片目を瞑るようになった。
医者や現役の聖女に診てもらったが、視力などに特に異常はなかった。
事故による精神的ショックからで一時的なものであろうとの診断が下されたのだが、それは十歳を過ぎても治らなかった。
顔や体に傷痕が残ってしまった訳ではないが、愛想が消え妙な癖がついた娘に普通の縁談は望めまい。
それならば見習い聖女付の侍女にして、城と教会を行き来する殿方達と直に知り合う機会を得れば、まだ貰い手はあるのでは……と考えたのだ。
妹の侍女になれと告げられた時も、ジェリンは表情一つ変えず「かしこまりましてございます」と一言だけ。
それから数年たった今も、一日に何度も片目を瞑りながら、特に嫌な顔もせずルルウの世話をする。
ジェリンの気持ちが全く読めない。
嫌な顔はされないけれど、ルルウはなんだか申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
何度も姉に、
「あの……お姉さまはここでお辛いことはありませんか?」
と聞き、
「嫌味とかじゃなくてですよ、別の仕事をお望みなら、どうかどうか、気を使わずに教えてくださいませね。私、お父さまを説得してみせますからね」
と頼んだ。
が、その度にジェリンは首を振る。自分の立場に不満は無いようだ。
ところでジェリンも相当の美人だった。
瞳はルルウと同じ色だが長いポニーテールは黒髪。ミステリアスな微笑みでてきぱきと仕事をこなす。
相手を区別することなく手伝う彼女は、ケイティやその侍女からも好かれていた。
そして、実は教会に出入りする城の関係者たちにも人気があった。
第一王子、第二王子、そのご友人や大臣の息子っぽい若者や付き添いの騎士が、教会の庭でジェリンに話しかけているのをルルウも見かけたことがある。
皆玉砕していたが。
「お姉さま………お姉さまが殿方達につれなさすぎて、私がお姉さまの恋路を邪魔しているのではという噂が立っているんです」
ある日の昼下がり。見習い聖女たち用にある、バラがメインで咲いている教会の中庭。
礼儀作法と聖女についての勉強が終わった後の休憩で、ベンチに隣り合って座り、ルルウはジェリンに愚痴った。
ネット小説で習った展開によく似た状況ではあるが、それが自分の事として噂になると、さすがにちょっと凹む。
ジェリンは珍しくうっすら困った表情を浮かべた。
「なぜ恋路なんて話に。………散歩の供や、買い物の手伝いなどを断わりはいたしましたが」
それデートの誘いだよと心の中で言い、ルルウはため息をついた。
わざと気がつかないふりをしているのか、本当に気がついていないのか。
口調や表情や、一緒にいてもあまりつかめないジェリンの性格からするに、後者だろう。
ジェリンは色恋に興味は無いらしい。
ルルウも無い。厳密にいうと未だに前世の推しが好きすぎて今世の全てに一ナノミクロンもときめかない。
「お姉さまは、好きな事はおありですか?」
青い空を見上げながらルルウは聞いた。
壁に囲まれた中庭の四角い空の外へ、鳥たちが飛んでゆく。
「―――好きな事……ここの塔の窓から遠くを眺めること、です」
少し間を置いた後、ジェリンも片目を閉じたまま飛んでゆく鳥たちを眺めながら答えた。
「あの一番高い山とか?」
「そう。その山までの間にある町や森も」
「ああ。季節ごとに違う雰囲気になりますよね……一度、行ってみたいな」
ジェリンはそう言ったルルウを見つめ、少し目を伏せて小さくうなずいた。
ある意味似たもの姉妹なのだろう。
なぜ前世を思い出してしまったのだろう、とルルウは思った。
思い出さなければ王子の婚約者目指して素直に頑張れたかもしれない。
たとえ、さんざん甘やかされた我儘で傲慢な王子相手だったとしても。
婚約者になるのを避けたくて、聖女の修行はわざと少し手を抜いていた。
それでも、今の所ちょっとだけケイティより上だった。
「聖女試験に合格したら王子の嫁にならなきゃいけないの、控えめに言って地獄すぎませんかね」
ルルウがボソッと本音を呟いた時だった。
「本音は聞かせてもらったぞ!」
バサア!と派手派手しくマントを翻して、バラのアーチから数人の取り巻きと共に第二王子チャッドが現れた。
絵の具の黄色がそのまま染みたようなビビットな金髪に同じ明度の青い瞳。
初対面の時からルルウが心の中で馬鹿王子と呼んでいる彼は、やはり昔から変わらない見下した笑みを浮かべていた。
何をそんな無意味に勝ち誇っているのか。
ルルウとジェリンが無反応だったためか、派手な色味の王子は腹に力を入れた声で再び言った。
「本音は聞かせてもらったぞ!!」
ルルウは渋々立ち上がりカーテシーをした。ジェリンもそれに続く。
それを見てチャッドは「ハッ!」と鼻で笑った。
「今更俺の機嫌とりとは浅ましいものだ。それよりもルルウ。王族である俺に対する不敬な物言い許しがたい。たとえ試験の結果貴様が上だったとしても、婚約は今ここで破棄する!」
してもいない婚約を破棄された件!とラノベ小説タイトル的な言葉がルルウの頭に浮かんだ。
「そもそも貴様は気色悪かったのだ。急に黙り込んだり時々虚空を見ながらにやけたり、やたら早口になったり!そのような頭の変な女を俺の妃にしてなるものか!」
気をつけていたつもりの前世の癖が治っていなかったことに、ルルウは衝撃を受けた。
時々推しを思い出して、慌てて誰もいないほうを見てにニヤけたりは、確かにした。
でもなんでそんなに私の奇行を知っているのだ、とルルウは内心首を傾げた。
チャッド王子は自分が出てきたバラのアーチの奥に腕を伸ばし、連れて来たらしいもう一人を無理矢理引っ張り寄せた。
「成績がどうであろうと、俺はこのケイティ嬢を正妃とする!」
抱き寄せられたケイティは、あっけにとられていた。
そしてサーッと蒼白な顔になり、ルルウとジェリンを見てフルフルと首を振った。
「わ、わたくし、存じません……!」
勉強の後、庭に休憩に来ようとして馬鹿王子に捕獲されてしまったようだ。
チャッドは勝ち誇った口調で言った。
「だが、その……不気味な妹の下でこき使われる女を見捨てるほど、俺は薄情ではないからな。お、お、お前の」
派手な青の目がチラッチラッとジェリンを見る。
「お前のその変な目と無愛想な顔では、相手がいまい!だから俺が引き取って、おりぇ、俺の子を産むチャンスもくれてやる!つまり欠陥品のお前に女としての幸せを授けてやりょ、やろうちょいうのだ!そ、側妃はお前にしてやる!本当はお前のような女に興味などないのだがな!!!」
あ、こいつ本命はお姉さまだ。と、チャッドの挙動と表情を見てルルウは察した。
散々酷いことを言っているくせに本命前で照れ噛みしてるんじゃないよ。
抱き寄せられているケイティも、恐怖に青ざめながら同じく察した表情になっていた。
私の奇行を知っているのは、きっといつもすぐ側にいたお姉さまを舐めるように見ていたからだな、とルルウは見当をつけた。
聖女という立場上渋々ケイティを正妃にし、本命のジェリンで性欲を満たす腹づもりのようだ。
絶対に妃にはなりたくないが、あからさまに自分を外した物言いをするチャッドに、ルルウはげんなりとした気持ちになった。
まあこの扱われ方は前世で多少慣れている。
聞こえるボリュームで陰口を叩かれたオタクという記憶の無い、人並みのプライドと自尊心を持つ女の子だったら、少し心が折れていたかもしれない。
やっぱり前世の記憶を持ってて良かった。前言撤回だ。
王子の取り巻き達がルルウを抑え、ジェリンを王子の傍に連れてゆこうとする。
その時だった。
ジェリンに近づいた一人がうめき声をあげてくずおれた。
みぞおちを押さえている。
ルルウの耳横でひゅっという音がして、彼女を抑えていた男も後ろに打ち倒された。
倒れた男が腰に履いていた剣を鞘ごと引き抜き、ジェリンはルルウをかばうように前に立った。
その片目には静かな、しかし誰もが思わず口を噤むほどの怒りが湛えられていた。
「我が妹を侮辱したその言葉、なにとぞ撤回願います」
その場の全員が、予想もしなかった展開に息を呑む。
「そして、その手も、ご令嬢からお離し願います」
ジェリンが低く、しかしよく通る声でチャッドに告げた。
残りの取り巻き達が剣を抜き王子の前に出てくる。
「どうぞ、ケイティ・ラルシー嬢をお離しくださいますよう」
ジェリンはもう一度言い、それでも相手方が動かないのを確かめると、鞘に納めたままの剣を構えた。
その構えに、ルルウは衝撃を受けた。
この世界の、少なくともこの国の剣術の構えではない。
が、見覚えがありすぎた。
取り巻きの一人が切りかかってくる。
ジェリンは両手で構えた剣を素早く返し、相手の首に剣先を当て動きを封じた後叩き伏せた。
その構え。流れるような足はこび、剣さばき。
ルルウの胸の奥は突如、早鐘のように音を打ち始めた。
王子が驚愕しながら怒鳴ったが、それにかぶるルルウの声の方がビリビリと大きかった。
「なッ、きさま「ッッッッ柳生新陰流!!!!!!!!!!!」」
ジェリンが驚いた顔で振り向いた。
それを見て好機と踏んだか、残りの取り巻きが斬りかかってくる。が、ジェリンは顔をルルウに向けたままそれらをあっという間にいなした。
ルルウの中で姉の剣術と目の癖が稲妻のようにつながった。
「もしや……もしやあなたは柳生十兵衛、柳生三厳様!」
ジェリンは片目でルルウをじっと見つめ、やがてパッと大きな笑顔になった。
「なんと、同胞であったか!」
馬車の事故で前世を思い出したのは、自分だけではなかったのだ。
そして転生は、自分と同じ時代からだけとは限らないではないか。
ルルウは叫んで跳ねて踊りだしたい衝動を必死にこらえた。
推しなのだ。
前世の推しなのだ。柳生十兵衛が出る内容のゲームを買い、作家の某御大が手がけた柳生十兵衛が登場するシリーズ作品を買い集め積読状態にし、柳生十兵衛が出る演劇も楽しみにしていた。
柳生十兵衛が登場するアニメや映画のDVDだって手が届く範囲で集めていた。
おしが!!!!!!
ずっとちかくにいた!!!!!!
おねえさまとして!!!!!!!!!!!!
「ど、ど、どういうことだ!ジェリン!!!貴様何者だ?!」
すっかり置いてゆかれているチャッドが動揺した声を上げた。
「おお、いかんいかん。同胞に出会えた嬉しさに貴殿を忘れておった」
表情が生き生きと戻ったジェリンは、不敵にチャッドを見据えて再び剣を構え、告げた。
「我が名はジェリン・リンドル。かつて剣の道に生きた記憶を持つ者。改めてお頼み申す。そのご令嬢を離されよ」
その凄みにチャッドは怯んだ。
一方囚われのケイティは、ジェリンに見惚れていた。
ルルウは倒れている取り巻きから剣を取り、ジェリンに並んで剣を構えた。
前世では柳生十兵衛好きが高じて居合もしていたのだ。
「まて、お主は剣を収めろ。こんな男でも王族だ。無い婚約を破棄されたという、全くもっての被害者という立場を守るのだ」
ルルウは首を大きく振った。
「かまいません。あなたに憧れて剣術を始めたのです。私は前世の多くの部分を、あなたへの憧れで生きていたのです。十兵衛様に出会えた今、この立場には尚更未練はありません!」
「そうか……ははははは!心強いことよ!」
二人は左右からチャッドを挟み構えた。
チャッドはそのままケイティを盾にしようとしたが、勇気を振り絞った彼女の平手打ちで手を放してしまった。
「お、お、覚えていろ!すぐに貴様らを死刑にしてやるッ!」
捨て台詞で逃げ出したチャッドをぬるい視線で見送り、ルルウとジェリンは頷いた。
「可愛い妹を嫁に出すまで見守って、そっと一人旅に出るつもりであった。それまではできるだけ清淑な姉を演ずるつもりであったが、お主をあれにくれてやる気には到底なれぬ。さて、早々に逃げるか。分かっていると思うが、今までのような暮らしはできなくなるぞ、おルウ」
「ンぉおおおぉおルウゥゥー!ッファァァァかまいません。十兵衛様とならば!」
ルルウが答えると、おずおずとケイティが手を上げた。
「あ、あの、わたくしも!どうかわたくしもお連れください!」
初めて人をぶった事がショックだったのか、ケイティの手も声も震えていた。
クズとはいえ王子の頬を叩いたのだ。何かしらの罰は受けることになるだろう。しかし……。
「でも、私たちと来るとお尋ね者になってしまいますよ。あと、十兵衛さ……お姉さまも言いましたが、これまでのような暮らしではなくなります。屋根のある所で休めない日も、食べられない日もあるでしょう」
繊細そうなケイティに耐えられるだろうか、と我に返ったルルウは案じた。
だがケイティの決心も固いようだ。
「あのような方をこれまで野放しにしていたこの王都のもとに、私の居場所を作りたくありません」
そして、彼女はルルウにそっと囁いた。
「屋根と食事は、ほら。そんな時はわたくし達の力があるじゃありませんか……『まるで聖女が手がけたような薬草』だとかが、私たちの行く先で出回るかもしれませんわね」
「おっとおケイ様、なかなかしたたかですわね?!」
ルルウは驚いて、ニヤリと笑った。
「お許しください。その、ルルウ様と同じくあの方が嫌で、わざと修行の手を抜いて……」
その時、ドヤドヤとまた見覚えのある顔ぶれたちが駆け込んできた。
第一王子とそのご友人。ジェリンに言い寄っていた者たちだ。
「令嬢がた、怖い思いをさせたね。安心してほしい、弟は捕らえ……って待て待て待て!」
第一王子の言葉の途中でジェリンは二人に目配せして逃げ出した。
「あ奴、弟が取り押さえるに足る失態をさらすまで、ずっとバラの生垣の陰に隠れていたのさ。俺とおルウが先にやっつけたから出てくるタイミングを見失っていたのだ。ここで奴の話を聞いていたら、また二人とも閉じ込められるし、ジェリンの体の取り合いもされてしまう!」
「チッ!ハイエナどもが!」
「まったく不埒ですわ!」
一緒に走り出しながらルルウとケイティは毒づいた。
その日の内に、見習い聖女二人とその侍女二人は王都から姿を消した。
教会から脱走した知らせのあと、すぐに王都の門に規制が張られたが、四人の情報はそれきり王子達の元に届くことはなかった。
後に王都以外の街や村で時折奇跡的な新薬が流通したり、悪事を働く貴族や盗賊団が何者かに成敗される出来事が何十年にもわたって続くことになるが、この姿を消した四人の娘たちが関わっていたかどうかはついぞ定かではない。




