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第3話:見た目は禍々しいが味は最高級なスープと、この世界の常識

 村に着くと、俺の姿に気付いた村人達が群がってくる。


「おい、人族だぞ!」

「本当だ、初めて見た!」

「どこから来たんだ?」

「何しに来たんだ?」


 四方八方から声が飛んでくる。コボルト、緑色の小鬼のような種族、羽の生えた猫みたいな存在……様々な姿をした村人たちが、遠慮なくぐいぐいと距離を詰めてくる。


 完全に見世物になっていた。


 質問の内容は理解できるのに、何から答えたらいいか分からない。そもそも俺自身、自分がどこから来たのかをうまく説明できる自信がない。


 しばらくしてから、テオックが助け舟を出してくれた。


「ほらほら、こいつは疲れてるんだから後にしてやれ」


 解散を促してくれたのはありがたかったのだが、それまでの間、テオックが面白そうに眺めていたのは気のせいではないだろう。若干楽しんでいたと思う。


 ***


 村は森に囲まれた小さな集落だった。

 小川によって三つに分割された土地になっていて、それぞれの区画に家々が点在している。

 石造りと木造が混在した、素朴な佇まいの村だった。


 テオックの家は村の中央からやや西に寄った場所にあり、隣には小さな小屋が併設されていた。

 家の前まで着くと、テオックは迷わず俺を中に招き入れた。


 中に入ると、最低限の調度品だけが置かれていた。

 テーブルと椅子、棚、簡素な寝台。漫画やゲームで見る中世の家として見てもかなり質素なものだったが、それがテオックという人物らしい気がした。

 必要なものが揃っていればそれで十分、という性質なのかもしれない。


 さっき村に着いた時、集まってきた村人たちがやたらと沢山食料を持ってきてくれた。

 見知らぬよそ者に対してこれほど気前が良いとは思っていなかった。


 せめて夕食くらいは作ろうと思い、もらった食材を使うことにした。


 見た事の無い灰色の木の実、紫の草、キャベツのような野菜を鍋に放り込んで煮込む。

 見た目は正直なんとも言えないが、素材そのものが持っているのか、意外にも美味そうな匂いが部屋に充満していく。


 テオックが鍋からスープを器によそってくれる頃には、外はすっかり闇に包まれていた。


「いただきます」


 口をつけた瞬間、思わず目を見開いた。

 スープを口に含んだ瞬間、思わず目を見開いた。

 見た目の禍々しさに反して、味は驚くほど澄み渡っている。

 例えるなら、最高級のコンソメに柑橘のような爽やかな酸味を足したような、未体験のキレがあった。

 シャキシャキとした野菜の歯ごたえと、舌の上でとろける不思議な実の食感。

 噛み締めるたびに複雑なスパイスの香りが鼻に抜け、スプーンを動かす手が止まらない。


「美味い……! 美味すぎる……!」


「口にあったようだな、そりゃ良かったよ」


 数時間歩き通した上に、村に着いたら質問攻めでクタクタになっていた。

 そんな状態で食べる温かいスープは、味以上のものがあった。

 知らない食材、知らない味付け、それでもこんなに美味いと感じるのだから、腹が減っていればなんでも美味いという説は本当かもしれない。


「さて、やっとゆっくり出来たところで、何から話そうか」


 テーブルを挟んでテオックと向かい合う。

 そういえばこの世界の事は何も分かっていなかった。

 村に着いた時に俺を取り囲んできた村人たちも、テオックと同じコボルト、

 緑色の小鬼のようなゴブリン、オークらしき体格の者、羽の生えた猫みたいな存在と、様々な種族が混在していた。種族についてまず聞いてみようと思った。


「魔族って昼間に言ってたけど、魔族とか人族の事について教えてくれ」


 テオックは頷く。


「分かった、俺もそこまで詳しいわけじゃないけど、教えてやるよ」


「まずは魔族、俺やここの村人もみんな魔族だ。

 一口に魔族と言ってもコボルト、ゴブリン、オークとか見た目も何もかも違うけど、一括りに言われてる。

 そうそう、村長はラミアだぞ」


 ラミア。確か上半身が人間で下半身が蛇の……美人なんだろうか。

 いや、海外の漫画やゲームのキャラクターみたいな顔かもしれない。変な期待はしない方がいいか。


「次に人族、これはお前みたいなヤツラだな。その中で細かく分かれてるとかは聞いたことないな。この村に人族が来たのは初めてだから、みんな興味津々だったんだよ」


 テオックが思い出し笑いをするような声を出す。


「あれは参ったぞ」


「最初は珍しがられるだろうけど、みんなすぐ慣れるだろ」


 こういうファンタジーものの定番として、人間と魔族は敵対しているというパターンはよくあるものだ。

 しかしテオックや村人たちの様子を見る限り、敵対どころか友好的にすら感じた。


「魔族と人族は仲が良いって感じなのか?」


「ん? ああ、昔は戦争してたけど、今は仲良くやってるんじゃないか? 国交もあるし。でもこんな辺鄙な所にまで人族は来た事はないけどな」


 だから俺は襲われなかったし、逆に珍しがられたのか。


「平和って事か?」


「少なくともこの魔族の国のデュコウと、隣にある人族の国レインウィリスは平和だと思うぞ。国同士では分からんが、種族での対立はもう無いんじゃないか?」


 国か。王様みたいなのはいるのだろうか。


「国って王様が治めてるんだよな?」


「ああ、人族の国は王って言われてるな、魔族の国は魔王だな。この国は今四代目魔王のガルゼ様が治めてる」


 魔王。ゲームでは定番のラスボスポジションの存在だが、これまでの話を聞くと恐らく王様と変わらない立場なのだろう。

 そう思わないと混乱する。


「魔王はどこに住んでいるんだ?」


「王都バラオムだな、ここからだと馬でも1週間以上はかかるぞ」


 馬か。魔族も馬に乗るんだな。というか馬がいるんだな。なんとなく安心した。


「まあ国の話についてはこんな所でいいだろう、種族の話の続きをするか」


 そうだった、すっかり話が逸れていた。


「魔族、人族以外にも二つ種族がある。一つは妖精族、ドワーフ、エルフ、ノームやハーフリングだな。

 連中はこの村にはいないが、近くに住んでるヤツもいる。

 町から来る事もあるし、普通に魔族や人族に紛れ込んでる」


 ドワーフ、エルフ。これも聞き馴染みのある種族だ。

 今後会う事もありそうだな。


 ここでテオックが一息つく。


「そして最後の種族だが……竜族だ」


 声のトーンが少し変わった。


「俺は実際には見た事は無いが、知ってる連中の話や伝説からだと、竜族はすごくヤバイ奴らだ」


「ヤバイ?」


「ああ、竜族1体でこの村が更地になるくらいの力があるらしい。

昔、魔族と人族が争っていた時、突然竜族が襲い掛かってくる事が何度かあったらしく、この国や他の魔族の国、人族の国もこっぴどくやられたみたいだ。

 魔族の腕自慢の連中が束になってもたった一人の竜族を抑える事も出来なかったってさ」


 それは確かにヤバい。この村全体が更地、という規模感がすんなり頭に入ってこない。


「その言い方だと、最近は暴れたりしていないのか?」


「少なくともここ数百年の間はそういう話は無いよ。竜族の国もあるらしいが、そんな恐ろしい所へは行きたくない。

 出来れば出会いたくないもんだな」


 テオックが震え上がるポーズをとる。飄々としたこの男がそこまで言うのだから、相当なものなのだろう。


 ここでテオックが立ち上がった。


「とりあえずこんな所だろ、そろそろ寝るぞ」


「俺はどうしたらいい?」


「ここの床で寝てもらってもいいが、一人でいたほうが落ち着くなら、この家の隣にある倉庫を寝床に使っていいぞ。

 今は特に蓄えもないから寝るくらいはできるし、そんなに寒くは無いだろう」


 見知らぬ土地で、一人でゆっくり考える場所があるのはありがたかった。


「じゃあ、倉庫を使わせてもらいたい」


 テオックは頷き、「おう、これを使え」と言って麻のシーツとロウソクを手渡してくれた。


「ありがとう、何から何まで助かるよ」


「困った時はお互い様だ、ゆっくり休めよ」


 テオックの家を出て、隣の小屋に向かう。

 ロウソクに火を灯すと、小屋の中がぼんやりと橙色に染まった。


 今日一日で起きた事を頭の中で並べてみる。

 死んで、女神みたいな人に会って、棍棒をもらって、異世界に放り出されて、コボルトに出会って、村に来た。


 ……なんか凄いな。


 疲労と、微かな充実感と、この先どうなるのかという不安が混ざり合ったまま、俺は目を閉じた。


 異世界に来ての一日目は、こうして終わった。


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