第11話:アステノから、まだ見ぬ魔族の街へ
「明日、町へ行くか」
森で採取してきた薬草を調合屋のミックに渡した後、帰り道でテオックが唐突に言う。
「町へ?」
「まあずっと森で草摘みばかりだったから、たまにはいいだろ」
町とはアステノから最も近いマーテンという場所だ。
村の東門から出て街道を進み続けると、徒歩で一日半ほどの距離にあるらしい。
マーテンがどんな場所なのか、確かに興味はある。
「マーテンはいいぞ、あそこは人が多いから賑やかなのもあるけど、
飯は美味いし、いろんなものがあるぜ。可愛い子だっているぞ、この村には村長がいるけど村長よりもわか――」
「あ……」
「ん?どうしたヨウヘイ?」
「あら、楽しそうな話をしていますね」
「!?」
テオックが振り返る。そこにはニコニコしているメラニーがいた。
「村長、いや、これ違うんですよ!村長は凄く綺麗で……」
メラニーは慌てて言い訳するテオックを涼しい顔で無視し、俺に話しかける。
「ですが、町に行くのは良いかもしれませんね。
ヨウヘイはこの村の事しか見ていないでしょう?」
「ええ、まあ」
「マーテンにはこの村にはない沢山のものがあります。
それを見てくると、何か得られるものがあるかも知れません」
メラニーは俺の目を見てそう言い、ちらっとテオックを見た。
「村長も町へは行くんですか?」
言ってから、行かない訳がないかと自分で思った。
メラニーはええ、と頷く。
「そうね、私は主に小物や本、巻物を買いに行きます。
他の村人達も仕事に、遊びに町には行っていますよ」
こう聞くと行かない理由は特にないように思えた。
折角テオックが誘ってくれているのだから、行く事にした。
「そうだったんですか、なら行ってみようと思います」
その返答を聞いてメラニーは微笑み、
「ええ、楽しんできてください」と言ってからバツの悪そうなテオックに向かって、
「それじゃあテオック、ヨウヘイをあまり困らせては駄目ですよ」と言った。
「村長、そりゃないですよー、俺がヨウヘイの面倒見てるのー」
ひとしきり笑ってから、メラニーが続ける。
「テオックには労働をしたそうな表情をしていますから、
マーテンから帰ってきた後、果樹園の柵の修理と雑草抜きの仕事をお願いしますね。
大事な村の財産ですからね」
笑顔で言い切った。
ええ~!?と抗議の声を上げるテオックと、
楽しそうに笑っているメラニーを眺めながら、俺は村長を怒らせないようにしようと堅く誓った。
***
翌日の朝、俺は冒険者の服に着替え、ナイフを腰に付け、
水と一日分の保存食とお金を持ってテオックの準備を待っていた。
テオックも水と食料を用意していたが、もう一つ中くらいのサイズの麻袋を持っていた。
「それは何を入れてるんだ?」
「ハーブやら薬草やら木の実を入れてるんだ。
町ではそこそこ良い値で買い取ってくれる店がある」
ピウリは数日前に村を出て町に戻っていたので、今テオックが用意したものはそれ以降に採取した分だ。
店によってはピウリの買取金額よりも高く買い取ってくれる場合もあるから、折角町に行くなら売っておきたいとの事だった。
「街道はたまに魔獣が出る事があるが、そんな事は滅多にないから心配すんな。それじゃ、行くか」
俺とテオックはマーテンに向かって出発した。
***
村の西から街道に沿って歩く。
以前、大樹の水場に向かった時に歩いた道だ。今度は小道に曲がらずにまっすぐ進む。
日が少し高くなってきて、そろそろ昼に差し掛かろうとした頃、
「そろそろクステリの森を抜けるぞ」
テオックが言った。
それから程なくして、森の先に平原が広がる景色が見えてきた。
「森はここまでだ、でも通るのは街道をまっすぐだぞ」
テオックがそう言っている間に、視界を塞いでいた木々が途切れた。
不意に、視界が爆発したように開ける。
「……っ」
あまりの光量に目を細めた。
そこには、地平線の彼方まで吸い込まれるような大平原が横たわっていた。
遮るもののない空はどこまでも高く、風に波打つ草地はまるで緑の海だ。
点在する小さな池が鏡のように陽光を跳ね返し、遠くでうねる丘の稜線が、空と大地の境界線を優しくなぞっている。
「おお、凄い……」
独り言が、形にならない吐息混じりにこぼれ落ちた。
ずっと森の薄暗い緑に閉じ込められていたせいだろうか。
元の世界で見たどんな絶景も、この「果てのなさ」には及ばない。
耳を澄ませば、ざわざわと吹き抜ける風の音と、それに応える草のささやきだけが響いている。
森の湿った静寂とは違う、乾いていて、どこか自由な音だ。
一歩踏み出せば、この世界のどこまでだって行けてしまいそうな…
そんな根拠のない全能感が、胸の奥から湧き上がってくるのを感じていた。
「ここから宿場まで歩いて、今日はそこで休むぞ」
テオックの説明によると、夜通しで歩き続けるつもりはないらしい。
疲れもあるが、魔獣が出ないとも限らないからだ。
クステリの森とマーテンの中間あたりに宿場があり、そこで一泊して翌日にマーテンへ到着する予定だという。
それから夕暮れ時になるまで特にトラブルもなく、俺とテオックは宿場に着いた。
宿場は宿屋が3件あり、内2件は酒場も兼ねていた。
他に民家が数軒あり、小規模な村として機能しているようだ。
街道の途中で別ルートに分かれる分かれ道の近くにあるため、マーテン以外の方向へ向かう旅人にも利用されているらしい。
俺とテオックは酒場を兼ねた宿に泊まり、保存食は緊急用として残したまま酒場で食事を済ませた。
そして翌朝、宿場を出発した。
日が高く差し掛かった頃、徐々に風景に変化が現れ始めた。
「家や畑が見え始めてきたな、マーテンに近付いてきたぞ」
街道の果てに建物群が見え始めた。
歩くたびに近づいてきて、一時間ほどで目の前まで迫ってくる。
「ここがマーテンだ、早速宿に行くぞ」
俺はテオックの後に続いて町の中に入っていった。




