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1話 能力の在庫切れで棍棒を掴んだ男

 ふと気がついた。


 最初に感じたのは、足元の感触だった。

 コンクリートでも、フローリングでもない。柔らかくて、少し湿っている。


 目を開けると、見慣れない空が広がっていた。


 ここは外のようだ。


 地面には背の低い草が生い茂っている。周囲は木々に囲まれていて、森の中の広場のような場所だった。中心には大きな切り株があり、どうやら俺はそこに腰掛けていたらしい。


 こんな場所に来た覚えは、まったくない。


 ……そういえば。

 さっきまで俺は確か、駅の近くの歩道を歩いていたはずだ。雨上がりで地面が濡れていて、足を滑らせて――


 転んだ。

 頭を打った。

 そして――


「まさか」


 思い当たったことがあって、俺は念じてみた。

 漫画やゲームで何度も見た、あのシーン。頭の中でイメージして、強く願う。


「棍棒、出てこい」


 手元に、棍棒が現れた。


 ずっしりとした重さが手のひらに伝わってくる。木製で、先端が少し太くなっている。どこからどう見ても、棍棒だ。ゲームや漫画で何度も見た、あの棍棒そのものだった。


「……マジか」


 声が震えた。喜びとも恐怖ともつかない、妙な震えだった。


 間違いない。

 これはそういう展開だ。



 じゃあ、さっきのアレは夢じゃなかったのか。


 ***


 頭を打って転んだ後、気を失ったと思ったら気づけば見慣れない場所にいた。

 周囲は紫の花が一面に広がっていた。ラベンダー畑だろうか。テレビで見て以来、一度は訪れてみたいと思っていた場所に似ていた。現実逃避のように「綺麗だな」と思ったのを覚えている。


 そして目の前に、見慣れない女性がいた。


 メガネをかけていて、スラっとしたパンツスーツを着こなしている。キャリアウーマンのような、有能そうな印象の人だった。

 ただひとつだけ、どうしても現実感が持てない部分があった。

 後ろで束ねられた髪が、燃えるように真っ赤な色をしていたのだ。

 カラーリングとか、そういうレベルではない赤さだった。


 女性が口を開く。


「朝井 陽平さんですね、お待ちしていました」


 どうして俺の名前を知っているのか、驚く暇も与えずに


「どうぞ」

 と言い、左手を差し出す。

 その方向を見ると、いつの間にか椅子が出現していた。女性に促されるまま椅子に腰掛ける。


「朝井 陽平さん」

 女性が再び俺の名前を呼ぶ。


「あなたは、選ばれました!」

 唐突に叫ぶ女。しかもなぜかメモを見ながら言っている。


「えっ!? な、何がですか!?」


「あなたは転んだ拍子に運悪く頭を打ってしまい、そのまま死んでしまいましたが、とてつもない才能がありました。これは凄い事です!」

 さっきの静かな装いとは異なり、非常にテンション高く話しかけてくる。


「そうですね、あなたの居た国で言えば、宝くじ1等よりもレアな事ですね!」


「と言う事で、これからあなたにはこれまで住んでいた世界とは違う場所に行ってもらいます」


「え、いや、いきなりそんな事言われましても……」


「ですけど、決まってしまった事なのでもうどうしようもないんです」


 どうしようもない、という割にはどこか申し訳なさそうな顔をした気がした。気のせいかもしれないが。


「大丈夫です、一度失った命、もう一度やりなおしましょう!」

 すぐにいつものテンションに戻ったが。


 力強く、清々しいほどの笑顔で言い切られてしまった。


 ……暫く考え込んでみたが、確かに俺は転んで頭を打ったところまでは覚えている。多分本当に死んでしまったのだろう。頬をつねってみたけど、普通に痛かった。


「それで、俺はどうしたらいいんですかね……」


 少し間を置いてから、女性に声をかけた。


「! そうですね、取り敢えずはそのままではちょっと辛いと思うので――とうしゃ……ではなく、

 これらの選ばれし力の中からお好きなものを選んでいただき、それを持って別世界に行く事になりますね」


 言い直したのが気になったが、追及する余裕もなかった。


 女性はどこからともなく本を取り出し、いつの間にか出現していた目の前のテーブルに広げて見せてくれた。


 本を覗き込む。


 そこには能力の名前らしきものが、日本語でびっしりと羅列されていた。



 おにぎりがとても上手に握れる能力

 なんか良い感じに気分が良くなる能力

 明日の天気をたまに当てられる能力



 ……なんだこれ。


 ページをめくりながら流し読みしてみる。



 口笛で人が感動する能力

 タンスの角に小指をぶつけなくなる能力



 全然まともな物がない。


 俺の中にあったイメージは何だったんだ。勇者として召喚されて、チート能力で無双して、美女に囲まれて……みたいな展開じゃなかったのか。

 それが現実はどうだ。タンスの角。


「あの、これなんかいらないものばかりじゃないっすかね? 

 なんかこう、最強の力を手に入れるとか、伝説の勇者になるとか、凄腕のスナイパーになるみたいな能力ってないんですか?」


「あー、そうですねぇ…… そういう能力もあったんですけど、やっぱり人気のある能力ってすぐに取られちゃうので…… ほら、選ばれる方もいろんな世界からなので……」


 能力なのに品切れって。


 しかも争奪戦に負けてるし。


 暫く本を隅々まで眺めてみたが、まともな能力はやっぱり見当たらない。

「あらゆる魔法を使える」とか「究極の力を手に入れる」とか、そういったものは跡形もなかった。残っているのは、日常生活で微妙に役立つかもしれない能力たちだけだ。


「じゃあ……」


 どれを選んでも大差ない。そう思って、適当に指をさした。


「これですね……えーと、棍棒を出せる能力、ですか」


「分かりました、ではこの能力を持って行って下さいね、では」


 と言いかけてから、彼女は何かを思い出したように手を止めた。


「そうでした、一応年齢変更できますけど、貴方は若いのでそのままでいいですよね?」


「え? ま、まあ……」


「では、以上になります、行ってらっしゃいませ~」


 ***


 そして気づいたら、ここにいた。


 出てきた棍棒を改めて眺める。何の変哲もない、ただの棍棒だ。これで殴られたら痛いじゃ済まないだろうな、とは思う。ただそれだけの代物だった。


 あまりにも一気に色々な事が起こりすぎると、どうやって慌てたらいいのかも分からなくなるものだ。


「とりあえず……どうしよう」


 切り株に座ったまま足元を見ると、薄く輝く青い花があった。もちろんこれまでの人生で見た事のない花だった。


 異世界か。漫画やゲームにあるような世界に、本当に来てしまったのか。


「あの女の人に色々聞けば良かった……」


 そもそもあの人は何者なんだろう。神様というやつなんだろうか。にしては服装がそれっぽくなかった。死後の世界の案内人?

 それにしても能力の在庫管理とかしてそうだったが。


 途方に暮れながら、降りかかってきたこんな嘘みたいな現実を頭の中で整理しようとしていると――


 不意に。


 視界の向こう、森の木々の間から、何かが出てきた。


 人の形をしていた。ただし、頭部だけが違った。茶色の体毛に覆われていて、まるで獣のような形状をしている。

 人の体に獣の頭をつけたような、そんな存在が、まっすぐこちらに向かって歩いてきていた。



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