4 足? 速いと思いますけど。
家々の明かりが消えた真夜中。刺すような冷気が防寒着の隙間、継ぎはぎの間をこじ開けて中に入ろうとしているかのようだった。それでも寒いと感じていたのはほんの数分前のことで、今は体は熱く、吐き出す息も熱い。口からでる空気はやかんから出た湯気のように白かった。
「こっちだ! 急げ!」
「逃がすな!」
慌ただしい声と鋭い警笛を背後に走っていた。柵を越え、入り組んだ路地通路を駆け、階段を二段抜かして飛び降りたら手すりを掴んで軸にして無理やり曲がる。見よ! 日ごろの運動で鍛えた足を!
「止まれ!」
曲がり角から飛び出してきた竜導騎士が私に飛びかかって来た。捕まりそうになったところ辛うじて躱し、その勢いのままそばの非常梯子から屋根へと駆け上がった。騎士は避けられると予想していなかったらしく、盛大に転んで、壁に激突していた。
「ごめんなさい!」
竜導騎士の身に着ける鎧は軽量だ。とはいえ私よりは動きがちょっとだけ鈍い。悪いことをしちゃったなと思うけども振り返っている時間はない。走らないと。
屋根と屋根の間を飛び越えて進む。普段から足場の悪いところで作業することが多いから平衡感覚には自信がある。
「クソ……。上だ! 上に言ったぞ! おい、おまえは回り込め!」
階下からガチャガチャと竜導騎士たちが動き回る音が聞こえる。
私は小さいころから、この街のあちこちを走り回ってきた。屋根の上も、屋上も、狭い通路だって、市場をつっきる主要通路とさしてかわらない。私にとっては全部が庭みたいなものだ。簡単に捕まる気はない。けど、向こうだって必死だ。とにかく逃げ続けないといけない。なんたって竜導騎士の方が数は多いわけだし。
ここがよさそうだ。不安定な足場を進んでいると隠れるのによさそうな場所を見つけた。今な見られていない。素早く物陰に身を隠したところ、目の前を騎士たちが横切った。上手く隠れられたみたいだ。こういうとき小柄な体形は有利だね。
「どこに行った?」
「わからん。こっちに走ってきたはずだが」
「おれはこっちを探す。おまえたちは反対方向だ。行け!」
ふう、と一息。これで少しは休める。フードを外し、鼻元まであげていたスカーフを下ろす。とたんに寒さが口元を撫でた。寒さが少しばかり心地よい。
私がどうして騎士に追われているのか、それは背中の荷物が原因であることは間違いない。というか犯罪を犯してしまった、のだと思う。今思い返してみるとやっぱり軽率だった。ルイドーから仕事の依頼なんて受けるべきじゃなかった。
◇
三十分ほど前。とある場所に私は来ていた。第一生産区。時間は真夜中になろうとしている。そしてここは王竜ズメイ背にあるこの街の心臓部で、荷物の受け取り場所だ。
この街の建物の殆どはズメイの骨を加工して造られている。その骨を体内から取り出して、加工したり、食料になる苔や栽培したり、その苔で食用虫を飼育したりする場所だ。水もここからとれる。生活に欠かせないものを作る地区だ。ちなみにズメイの骨は建築用に生えてくるもので、体調に影響はない。どうして、建材用の骨が生えてくるのか、っていうのは私の生まれる大昔からそうだって言うことしか知らない。
それとここには大きな建物が幾つかあって、そこからズメイの体内に入る通路がある。私は入ったことないから、あるってことくらいしか知らないけど、この街の心臓部というのは、文字通り王竜ズメイの心臓にもっとも近い場所だからだともいえる。
そんな生産区のとある建物の裏手が今回指定された場所だ。でもどんな人から何を受け取るのかは聞かされていなかった。ルイドーが私に多額の借金があると告げたあの日、彼は煙草の煙を吐き出しながらこう言った。
「この建物の裏手だ。二日後の夜中にそこで待て。荷物を持った男がいるから、お嬢さんはそいつから受け取って、そのあと俺のとこに持ってくる。それだけだ」
「荷物ってなんです?」
「秘密」
「それくらい教えてくれてもいいんじゃないですか。一応は仕事なわけですから」
ルイドーの持ちかけた仕事。指定の場所で物を受け取って運ぶ。これだけ聞けば単純なものだ。
怪しさ満点ではあるけど……。美味しい話が美味しいだけで終わるなんてありえない。そりゃ私だってそれくらいのことは分かる。でも途方もない額がチャラになるなら一考の余地ありだ、って思っちゃうんだよね。
「どうしても知りたいってんなら話してもいいが。全部終わったあとだね。その時はお嬢さんの家はないだろうが、それでもいいかい?」
「えっと、やっぱりいいです……」
借金が返せなければ家は無くなる。仕事を受ければ借金が消える。他にいい案なんてのも浮かばない。となれば、信用ならない話ではあるけど、この仕事に賭けるほかなし。
「……でも運ぶ時の注意点くらいは教えてくれますよね。例えば壊れやすいとか、多少乱暴でも大丈夫だとか? 最低限知りたいことってあるじゃないですか」
ルイドーは眉を動かして静かに頷くと、納得した様子で煙草を消した。
「ふむ。一理ある。運ぶのはお嬢さんだしな。そうだな……多少の揺れや衝撃なんかは気にせんでもいいって話で、それなりに丈夫らしいと聞くが……一応割れやすい物でもあるか……」
それはどっち? と聞こうと思ったけどルイドー自身がそもそもあんまり知らないように思える。こうなんだろ……知っていたらもっとはっきり言うはずだし。
「大きさは……ちょうど人の頭くらいで、重さもそのくらい。らしい」
らしいが多い!
「入れ物は用意するから安心しろ。何度も言うが、お嬢さんは運ぶだけだ」
「どんな人から受け取ればいいんですか? 男の人? それとも女の人ですか?」
「行けばわかる」
直前まで秘密にしておきたいってことはやっぱりまともなものじゃないんだろうな。
「あーそうだ。ひとつ大切なことがあった」
「なんです?」
「お嬢さん。体力と足の速さには自信はあるか?」
「ええと、まぁ。そこそこ……」
ルイドーは満足げな笑みをこぼし、良し、と呟いた。
あの時は足の早さなんて聞いて何? と思ったけど、よくよく考えれば分かることだったのかもしれない。だって人から物を盗むなら足は速い方が良いに越したことはないもんね。




