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プロローグ

 私の家にはとある生き物がいる。卵から孵って数日の飛竜である。

 体の色は青みがかった黒で、大きさは背伸びをしてやっと膝に届くかどうかというくらい。全体的に丸みがあって、ふっくらとした印象の子だ。


 飛竜は箱から這い出そうと奮闘している。安全で温かい場所なのだけど、起きているときはとにかく出たくてしょうがないらしい。翼の爪を箱のふちに引っかけ、けれども足はふちに少しも届かないので、バタバタと不格好に空を蹴るばかり。


 頭は辛うじて箱の外に出ているけども、身長が足りないので、箱のふちに阻まれて首をまえに曲げられずにいる。なのでこの子の視点では天井しか見えていない。

 自分の体では箱を登れないと察したらしく、飛竜は諦めて降りることに決めたようだ。


 でも、今度は矢じり状の頭のとさかが、返しとなって引っかかってしまった。そのせいで宙ぶらりんとなってしまったって、これはピンチだ! どうしよう! と、生き物は自分の状況がまずいことになっていると気づいた。


 でも、丸い体に短い脚、さらには未発達の翼と、それにちんまりとした太い尻尾でどうにかしようと暴れてみてもどうにもならない。今こそ最終手段を使うときだろう。と幼い飛竜は決めたようだ。


「クゥ、クゥ……。ククゥ」


 なんと甘くて、ころころとした柔らかな声に、寂しいよ、と切なさを加えた必殺技だ。

 小さいけども耳に残る心地よい鳴き声だ。この幼い生き物は、この鳴き声こそが、今持ちうる自分の最大の武器だということを理解している。


「また引っかかってる」


 私はまた手に持った仕事道具と机に置き、小休憩することにした。というか小休憩を取らざる負えなかった。箱の中を覗き込こむ。


「はぁ、卑怯なおチビめ」


 おチビはさらに鳴き声を大きくし、尻尾でぱたぱたと箱の底を叩き、頭が引っかかったままの、宙に浮いたまま足をばたつかせて跳ねようとする。クリっとしていて、青いうるうるとした大きな目、縦長の鋭い瞳孔が大きく開き、私を捉える。早く助けて! とあまりにも切実な様子だ。


 ここで一つの問が浮かぶ。この声を聞いて無視することができるか。

 答は否。まったくの否! 無視などすればこちらの良心がもたない。卑怯である。


 脇に手を入れて抱き上げてやる。すると幼い飛竜は、強く翼を動かして、尻尾を振り、全身で嬉しさを表現する。興奮しすぎて私の顔や肩をバシバシと翼で叩いていることにはまったく気が付いていない。


「痛い痛いって。わかった。わかったから叩かないで」


 何がどう「わかった」なのか。というのはわからないけど、つい口に出てしまう。この一連の流れはここ三日ほどでお決まりのこととなっていた。


 飛竜は喉をゴロゴロと鳴らし、鼻先を胸に押し付けて、さらにはフスフスと鼻も鳴らし、しきりに匂いをかぐ。喉を鳴らす微かな振動は、安心しているということだ。そこは猫に似ている。と、私は解釈している。実際はわからないけど。たぶん、そう。この振動は私自身も心地よくさせるから間違っていないと思う。


 一つ問題があるとすると、ちょっと臭うことかも。燃えた火薬のような臭いがするのよね。口から。この子は火を吐くのかな? それはちょっと困る。修繕したばかりの家に火が付くようなことはなんとしても避けたいところだけど。


 あと重い。近所の叔母さんが言うには、赤ん坊と比べたら軽いというのだけど、だとしても私が重いと感じるのは変わらない。


 体を揺らしてあやしながら窓の外を何気なしに見ると、白い雲があった。すると雲の中から巨大な何かがでて、雲がかき消された。翼だ。王竜ズメイの主翼が羽ばたき、雲を蹴散らしたのだ。


「偉大なる王。王竜ズメイよ、あなたであれば、この子の育て方がわかるでしょうか?」


 この街の主にして、私たちの住む街そのもの。空の王にして竜の王であるズメイ。その翼を見、問いかける。


「あなたら飛竜の育て方がわかるのでしょうか? もしわかるのなら痛! 痛たたたたた!!」


 幼竜の翼の爪が頬に食い込む。幼いながらその爪はすでに凶悪なほど鋭い。


「ちょっと、痛い! だいぶ痛い!」

「クゥ」


 幼い飛竜は、ただ首をかしげて青い瞳で私を見上げる。何かあったの? と。今しがた自分がしたことにはまるで気が付いていない様子だ。はぁ、君の爪のせいだよ。飛竜の子よ。


「君に真っ先に覚えてもらうことがわかったよ」

「クゥ……?」

「その爪はけっこう痛いってこと」

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