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「私を殺してくださいませんか」

作者: 冬生 恵
掲載日:2025/11/30

「……私を、殺してくださいませんか」


 初めて真っ直ぐにこちらを見つめた婚約者は、凪いだ声でそう告げた。










 長い睫毛を伏せ、繊細な仕草でお茶を飲む婚約者に、ダーダネルス王国第四王子はひっそりと溜め息をついた。シンと音の鳴りそうな静寂に、その微かな呼吸音は思いがけず大きく響き、王子は内心で狼狽える。

 王城の一画。

 彼の母である側妃・エマに与えられた離宮の応接間で、第四王子・ヒューは、自身の婚約者であるセシリアと面会していた。


(この気まずさにも慣れたものだが、それにしても……)


 彼らの婚約が成ったのは、互いが十三になった年。そこから四年、まともに会話を交わすことなく、ここまで来てしまった。

 ヒューは意を決して口を開く。


「セシリア、私も来年には成人の儀を迎える。その後は、いよいよ私たちの婚姻式だ。……ドレスや式の内容に、要望はない?」

「……全て王国の伝統と、殿下の御心のままに」


 完璧に左右対称に整えられた微笑、奥ゆかしく伏せられた眼差し。けれどそれは、はにかみや遠慮といったものではなく、「対話の拒絶」の証である。

 彼女は決して、ヒューの名を呼ばない。ヒュー自身がどれだけ懇願しようと、彼女はただ見た目だけは暖かな微笑で受け流す。


(このまま結婚して、大丈夫なんだろうか……)


 ヒューは再び溜め息を零した。









 セシリア・ヘイスティングス。

 王国北東部に領地を持つノルマン侯爵家の末子、長女として生を受けた彼女は、幼い頃から才色兼備で知られていた。

 家庭教師(ガヴァネス)の教えを次々に吸収し、五歳にして早くも母語の読み書きをマスター。礼儀作法も完璧で、楽器の演奏なども難なくこなす。

 ダンスを踊らせれば、周りが思わず注目してしまうほどに美しく、乗馬ではどんな暴れ馬も優雅に乗りこなしてみせる。

 いつも穏やかで、さり気なく周囲をフォローし、弱い立場の人間にも慈悲を見せる。侯爵家の方針もあるだろうが、孤児院や修道院への寄付を惜しまず、慰問も頻繁に行っていた。けれども、家門に仇なす人物には容赦なく、凛とした対応を見せる。


 そんな彼女を、周囲は「レディ・リリー」と呼んだ。


 姿勢良く背筋を伸ばし、流れるような黒髪を清楚にまとめ、端麗な色白の顔に優しげな微笑を浮かべている。内外面両方の美しさが与える印象と、古代の慈悲の聖女の名にちなんだあだ名だった。

 


 ノルマンは、三十年ほど前、領内で発見した金の鉱脈を国に奉じ、伯爵から侯爵に引き上げられた家系だ。飛ぶ鳥を落とす勢いの侯爵家の令嬢を、誰が射止めるのか。熾烈な争いを勝ち抜いたのは、意外にも王家だった。

 公爵家出身の王妃の子である王太子と第三王子、隣国の王族の血を引く第二王子は既に婚約者が内定していたため、白羽の矢が立てられたのがヒューだ。

 彼の母であるエマは子爵家出身で、禄な後ろ盾も持たない。壮年となった王に偶然デビュタントの夜会で見染められ、側妃として離宮に囲われるようになっただけの存在だ。王子を産んだ後も尚、本来王族が住まう本宮ではなく、離宮に留め置かれている。

 その息子であるヒューは、生涯独身の王族として細々と隅で暮らすか、臣籍降下し一代限りの爵位を与えられるのだろうと予測していた。この婚約はまさに、寝耳に水の話だった。

 もっとも、父王とてヒューを何がしかの役割につけようと画策したのではない。優秀な王太子を旗頭に力を増す公爵家、年々国際社会で台頭してくる隣国の脅威に対抗すべく、第三勢力を引き入れたかっただけだ。「寵妃の後ろ盾となってくれれば儲けもの」という程度の、王家とノルマン侯爵家の婚約だった。


 ヒュー自身はしかし、セシリアと良好な関係を築こうと腐心してきた。

 婚約者として引き合わされた初めての日、十三歳のヒューは心を踊らせていた。

 どんな令嬢なのだろうか。

 噂は聞いている。正直、平凡な自分にはもったいない程の相手だ。上手くやっていけるだろうか。叶うことなら形だけではなく、心から信頼し合える間柄になれれば嬉しい。

 ソワソワと落ち着かないヒューの前で、セシリアは美しく微笑んでいた。その笑顔に励まされ、ヒューはグッと拳を握り込む。


「セシリア嬢。――いや、セシリアと呼んでも良いでしょうか。非力な私ですが、貴女を必ずや幸せにしてみせると誓います」

「もったいないお言葉です、殿下」


 優雅に一礼してみせ、彼女は伏し目がちにそう告げた。評判通りの淑やかさ、同い年とはいえ未だ成長途上のヒューよりも高い背を凛と伸ばす優雅な姿に、ヒューは内心戸惑いながらも言葉を紡いだ。


「……もし良ければ、ヒューと、名前で呼んでもらえないだろうか? これから人生を共にする相手として、貴女とは、常に対等でありたい」

「ありがたく存じます、殿下」


 美しいその微笑はしかし、一切の隙がなく、ヒューはモゴモゴと言葉を濁すことしか出来なかった。









 セシリアは完璧な令嬢だった。慈悲深く、控え目で、貴族女性としての嗜みを余すところなく弁えた、理想の侯爵令嬢だった。

 まだ幼い彼女の持つ強さや自制心にヒューは魅了され、けれども、皆が賞賛する微笑の下に見え隠れする危なっかしさに、言いようのない不安を感じてもいた。

 ヒューは彼女の内心に迫ろうと、様々に策を講じた。時にわざと不調法な振る舞いを見せ、彼女を試した。時に他の令嬢に気を取られた振りをして、彼女の様子を伺った。そういった工作がまるで意味をなさないことに気付くと、彼女に対抗するように完璧な王子を演じた。

 他に思う相手がいるのだろうか。何かヒューの態度に、いや、存在自体に、思うところがあるのか。


 懊悩(おうのう)するヒューの前で、セシリアはいつも、瞳を伏せてただ美しく微笑み続ける。


 彼女は誰に対しても、そのような態度を取っている訳ではない。

 ヒューが聞く限り、また目にする限り、友人や家人、知人には様々な表情を見せるし、自然に目を見て話している。鉄壁の微笑で踏み込ませないのは、目線を合わせないのは、ヒューにだけ。

 時に怒り、時に大袈裟に悲しみ、時に精一杯言葉を尽くし。けれど、積み重ねた四年の間、今この瞬間も、ヒューのどんな態度にも、彼女の微笑はほんのわずかも揺らがない。




 このまま婚姻を結んだところで、セシリアが幸せになれるとは思えない。王の肝いりの策である婚約自体はどうしようもないが、せめて、彼女が本心を見せてくれれば。




 覚悟を決めたヒューは、四年前に王命で婚約が成立したのとまさに同じ日の今日、セシリアの真意を問い正そうとしていた。







「ねえ、セシリア。……君の思いを、本心を、聞かせてくれないか」


 給仕女官すらも遠ざけたヒューは、押し殺した声でそう告げた。

 セシリアは人形のように美しい笑みを浮かべ、目を伏せて言う。


「もったいないお言葉です、殿下」

「……頼むから、ヒューと、名前で呼んでくれないか?」

「もったいないお言葉です、殿下」


 壊れたようにそう繰り返す彼女に、ヒューの中で何かが音を立てて崩れた。


「――なあ、いったい君は、どうやったら心を開いてくれるんだ? 私の何が気に触った? 子爵令嬢風情の息子である第四王子は、侯爵令嬢には相応しくないか? レディ・リリー」

「……決して、そのようなことはございません」

「なら、どうして、そんな人形のような受け答えしかしてくれないんだ!? 私の思いはあの日から変わらない、王命による婚約であっても心を通わせたいと願っている! それは私の独りよがりなのか? 君にはただ迷惑だったのか?」


「……」


 初めて、セシリアが言葉に詰まる。テーブルの下で行儀よく膝に置かれたであろう手に力が籠ったことが、僅かに上がった肩から察せられた。いつも浮かんでいる左右対称の微笑も、なりを潜めている。

 声を荒らげたヒューに、部屋の外に出していた近侍が様子を伺ってくる。「何でもない、下がっていてくれ」と乱暴に返し、ヒューは椅子に深く腰掛けて俯いた。


「――すまない、取り乱した」


 セシリアは表情を消し、「お気になさらず、殿下」とだけ答えた。感情の篭らないその声に、ヒューはまた打ちのめされる。

 整えられた薄茶の短髪に右手を突っ込み掻き乱し、ヒューは力なく項垂れた。


「……頼むから、君の本心を聞かせてくれ。セシリア。私は君を……」


 言い掛けて、ヒューはハッと息を飲む。


 セシリアが、真っ直ぐにこちらを見つめていた。


「本心、ですか」


 そう呟き、セシリアは一瞬俯く。その口元が歪んで見えて、ヒューは目を見開いた。

 けれど、顔を上げた瞬間、セシリアはいつもの完璧な微笑を浮かべている。違うのは、いつも伏せられていた瞳が大きく開かれ、ヒューにひたと据えられている点。

 セシリアは美しく微笑みながら、凪いだ声で告げた。




「それでは……私を、殺してくださいませんか。ヒュー殿下」









「なに、を、……」


 絶句するヒューに、セシリアはただ変わらない笑みを浮かべている。彼女は「淑女の手本」と称される丁寧な所作で、冷めかけた紅茶を一口含み、遠くを見やった。


「まず、私は、セシリア・ヘイスティングスではございません。……御身を謀ったこと、幾重にも謝罪申し上げます」

「な、」

「私は、アグネス・バークレーと申します。ノルマン侯爵家に連なるアルシー子爵家の三女で……セシリア様と同い年の、遠縁にあたる娘でした」


 自らを過去形で語る少女を、ヒューは固唾を飲んで見つめる。セシリア――いや、彼女が名乗るところのアグネスは、くしゃりと顔を歪めて微笑んでいた。


「私の母がセシリア様の家庭教師をしていたご縁で、私もお嬢様には親しくしていただいていました。生まれ月の遅い私を、妹のように扱ってくださった。世間の評判通りの、年齢に見合わない落ち着きを兼ね備えた方で……。将来はどんな傑物になられるのかと、ノルマンに住まう領民たちの誇りでした」


 でも、と、声を震わせ少女は続ける。


「不敬を承知で申し上げると、祖父君であられる先代、そしてお父上である当代ノルマン侯爵は、あまり良い噂を聞かない方々でした。優れた領主ではあられるのですが、合理性を重視し、民を消耗品と捉えておられるような……。

陞爵(しょうしゃく)の契機となった、国に奉じた金脈も、かなり無謀な発掘を命じられたそうです。駆り出された近郊の民は、崩落に巻き込まれたり、重度の過労に陥ったりして、千に近い数が亡くなりました」

「そんなことが……」


 侯爵家の美談ばかりを聞かされてきたヒューは、思いもよらぬ裏話に言葉を失った。少女、アグネスは、今にも泣き出しそうな微笑を浮かべている。


「――ある時、金鉱で家族を失った一部の民が、暴走しました。侯爵家の宝、王族の伴侶となり、この先ますます侯爵家を隆盛に導くであろうお嬢様を、き、傷物にしようと……」

「――っ!」

「定例の、孤児院慰問の帰り道だったそうです。彼らは、結託してお嬢様を拉致して……。夫や兄を亡くした女たちは、殴る蹴るの暴力を、父や弟を亡くした男たちは、口にも出来ないおぞましい真似を……っ。

ま、まだ十二歳だったのに。恋も何も知らない無垢なお嬢様を、殿下との婚約が内定していたお嬢様を、あの男たちは……!」


 血を吐くように呻き、アグネスは全身を震わせている。咄嗟に手を伸ばしかけ、躊躇(ためら)ったヒューは恐る恐る尋ねた。


「それでは……セシリア嬢は……」

「ご存命でいらっしゃいます。――生きては、いらっしゃるのです。ただ、心はもう、」


 十二歳のあの日、二度と戻れない彼方へ行ってしまわれました。

 泣きながら笑ったアグネスは、ヒューの視線を避けるように俯いた。


「侯爵は、このスキャンダルを揉み消そうとされました。何より、翌春には、ヒュー殿下との婚約が決まっていた。セシリア様を失う訳にはいかない。……遠縁の娘の存在を思い出されたのは、その時です」


 同い年で、顔立ちはともかく、雰囲気がよく似ていると彼の妻が語っていた、遠縁の娘。

 ならば、娘の身に起きた不幸ごと、入れ替えてしまえば良い。王国が望むのは、「ノルマン侯爵家」との婚約であり、「セシリア・ヘイスティングス」そのものではない。

 悲劇的な目に遭い、心神を喪失したのは、子爵家のアグネス・バークレー。

 健康で美しく、第四王子の婚約者という華々しい役割を担うのは、侯爵家のセシリア・ヘイスティングス。


 そういうことになった。




「急ごしらえで高位貴族の礼儀作法を叩き込まれ、私は『セシリア・ヘイスティングス』として、殿下の前に立たされました。幸い、勉強は嫌いではなかったので……。母にしごかれながら、死に物狂いでしたが、何とか形にはなりました。

でも、お嬢様が得るはずだった栄誉を、殿下のご真情を、横取りするなんて出来ない。私ごときが殿下の御名をお呼びするなど、烏滸(おこ)がましくて……!」


 長年にわたるご無礼を、お詫び申し上げます。

 項垂れた少女が、嗚咽(おえつ)とともに告げる。


 あまりの衝撃に、ヒューは声すら出ず固まってしまった。


 ずっと気にかけ、知りたいと願ってきた婚約者の本心は、その痛みを想像することすら出来ない、苦難と苦悩に満ちていた。

 セシリアを語る時のアグネスの表情は柔らかで、彼女たちが真性の友情を築いていたのだと理解出来る。そんな友人を襲った悲劇に心を痛め、周囲を欺き続けたこの五年は、どれほど彼女を消耗させていたのか。

 婚約者が打ち解けてくれないと、焦り、()ねていた自分は、彼女の目になんと幼く、幸せに映っていたことだろう。

 言葉に詰まるヒューに、アグネスは涙を零しながら微笑み掛ける。ずっと取り繕った仮面を外してほしいと願い、欲し続けた彼女の素顔は、ただひたすらに痛ましかった。


「分かっております。一度引き受けてしまった以上、私は『セシリア』を演じ続けるしかないのだと。侯爵は恐らく、いざとなれば我が子爵家のみを切り捨てるでしょう。

――ですが、もう、本当は、疲れてしまいました……」





 セシリア・ヘイスティングスを演じる、アグネス・バークレーを、殺していただけませんか。






 逃げ出すことも出来ず、裏切ることも出来なかった、ちっぽけで誠実な彼女の、それが本心だったのだ。






 はらはらと落ちる涙の美しさに魅入られるように、ヒューは立ち上がり、一度は躊躇った右手を再び伸ばした。怯えたように身を(すく)ませる彼女の頬に、今度こそゆっくりと触れる。

 柔らかく、けれど肉の薄い頬だ。

 心労で失せる食欲を懸命に騙し、「セシリアの名誉」を守るため必死で生き繋いできた強さが、滲み出ている頬だった。


「――今はまだ、君を死なせない」


 重々しく告げたヒューに、アグネスは「でんか」と震える声で抗うように呟く。ヒューは所在なく垂らしていた左手も伸ばし、彼女の両頬を包み込んだ。


「私が出逢ったのは、最初から君だ。打ち解けたいと願ったのも、本心を聞かせてほしいと願ったのも。――君の苦しみは理解出来るとは言えない。想像することも難しい。それでも、私は君を、友人の尊厳を守ろうと足掻く君を、尊く思う」


「……殿下、私は」


「侯爵の非道を明らかにして、君の名前を取り戻す力は、私にはない。それがセシリア嬢の為になるのかも、正直、分からない。……それならば、『アグネス・バークレーが演じるセシリア・ヘイスティングス』を、私に守らせてくれないか」


 目を見開くアグネスの顔をじっと覗き込み、ヒューは決意する。

 例えば、本物のセシリア・ヘイスティングスを襲った悲劇など起こらず、彼女と出逢っていたとして、同じように感じていただろうか。屈託なく生きる彼女と、穏やかな関係を築いていただろうか。

 「もし」を考えても答えは出ず、また、その未来は永遠に訪れることはない。

 セシリア・ヘイスティングスの純潔と心は喪われ、今、彼の目の前に座るのは、彼女を名乗るアグネス・バークレーだ。

 家族を、友人を守るための苦労をその微笑の下に押し隠し、けれど「友人が得るはずだった」婚約者との関係に思い悩む。真面目で、不器用な彼女を、ヒューは守りたいと思った。

 アグネスはしばらく呆然とへたりこんでいたが、やがてむずかる子どものように小さく首を振る。


「なりません、殿下。私は、殿下に、嘘を。ずっと、騙して」


「つきたくてついた嘘ではないだろう? ……正直な話、今ここでヘイスティングスの力を失わせることは、王が許さない。私たちの婚約は、よほどのことがない限り、取り止められることはない。ならば、私だけは、アグネスごと、セシリアを守らせてくれ」


 女性にはだらしない面もあるが、聡明な父が、この事態を知らないとは思えなかった。全てを知りながらも、アグネスを「セシリア」として息子の妻に迎えようとし、また「セシリア」の父もそれを承知している可能性の方が高い。

 力のない第四王子の飾りとして迎える婚約者だ。言い方は悪いが、「飾り」の正体が国に仇なす者でない限りは、気にする者はいない。

 当の本人たち以外には、誰も。

 黙り込むアグネスが今にも消えてしまいそうで、ヒューは慌ててテーブルを回り込んで駆け寄った。わずかな逡巡のあと、その身体を抱き締める。

 彼女は一瞬の硬直のあと、震える手をヒューの腕に添えた。初めは恐る恐る、やがて溺れる者が懸命にしがみつく様に、強く。


「お嬢様、セシリアねえさま、ごめんなさい。私、私……っ」


 腕の中で泣きじゃくる少女の背を撫でながら、ヒューもまた、出逢うことのなかった、心を喪った少女を悼んだ。











 ダーダネルス王国第四王子・ヒューは、慎ましやかな成人の儀のあと、かねて婚約していたセシリア・ヘイスティングスを妻に迎えた。

 二人は孤児院や修道院へのサポートを細々と続けながら、王子の母である側妃・エマと共に離宮に暮らした。彼女の死後はその離宮を譲り受け、晩年まで仲睦まじく過ごしたという。

 彼らには、一人息子がいた。

 セシルと名付けられたその一人息子は、王族ながら法務官として頭角を現し、王国に住まう全ての人間の義務と権利を定める法の制定に生涯を費やした。

 彼ら自身に目立つ功績はなかったが、王国の新たな礎を築いた名士の両親として、彼らの存在は今も好意的に受け止められている。


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