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バツなし彼女の事情

作者: 紡里
掲載日:2025/10/27

 学生時代、よく呑んだ店で待ち合わせをした。


 金髪を無造作に結った女性が、荷物をいくつも抱えて席に着いた。

「待った?」


 ブラウンの髪の優しげな顔の女性が「ううん」と首を振る。

「たくさん買ったねぇ。里帰りの準備?」

 言いながら、木の板に貼られたメニューを、金髪の方に向けた。



 ―― 後から入ってきた金髪、アリスが主人公のお話です ――



 とりあえず、ビールで乾杯だ。


「そう、甥っ子も姪っ子もいるからね。

 冬期休暇の直前で混む前に、買っておきたかったんだ」


 アリスは喉の渇きを癒やしてから、少し荷物の位置を変えた。置いた椅子からはみ出して、ウェイトレスの邪魔をしてはいけない。


「今日、僕ちゃんたちは?」

 アリスが顔を上げて、尋ねる。


「旦那が見てくれてるの。

 彼、食事も作ってくれるんだけどね。帰ったら、台所の掃除が大変だろうな」

 ブラウンの髪のドリーが苦笑いをした。


「あはは。

 旦那の教育は諦めて、僕ちゃんがもう少し大きくなったら、家事ができる子に育てる?」


 大学で同級生だった男を思い出す。早く帰ってきてくれと半泣きでなければいいが……まあ、たまにだからドリーと飲むのを許してもらおう。



「そうだね。それがいいかも」

 ドリーの笑顔を見るに、先ほどの言葉は愚痴と言うより、のろけか。



「あんたは、どうなの?

 まぁ、言われるの嫌だろうけど……結婚とか」


 水牛のカプレーゼを口にする。

 チーズとトマトとバジル、それにオリーブオイルと塩。シンプルだが、実にいい。


「ええ~、三十歳過ぎて、職場の人も言わなくなったのに~」

 冗談めかして、言い返す。


 まあ、友達として心配してくれているんだろう。真面目に答えるか。

「お貴族様の次男をスペアにするって、あるじゃん。長男に何かあったときの予備」


「知ってるけど……?」


「あたしもスペアなの。

 姉は水利権を持っている豪農に嫁いだ。妹は村長の息子に。

 万が一、彼女たちが出産で死亡したら、子育てすると言ってあたしが乗り込むの。――んで、我が家は『嫁の座』をキープする。そのための予備。

 幸い、二人とも無事だし、甥も姪もすくすく育ってるけどね」


 アリスは、何てことはないという風情で、プレゼントの山を軽くなでた。


「え、ひどい」

 ドリーが白ワインをデキャンタから注ぎ、グイッと飲んだ。


 アリスも自分のグラスに注ごうとして、少しこぼす。

 庶民の酒場にはテーブルクロスなど敷いていない。袖で擦らないように気をつけようと、ほろ酔いの頭で思う。


「いやいや、田舎で勢力を広げるための、立派な戦術だよ。

 せっかくいい家と縁続きになったのに、後妻の座を敵対派閥に取られて、孫が虐待されるとか普通にあるから」

 田舎の「暗黙の了解」というものは、結構怖いのだ。利害関係が絡めば、見て見ぬ振りもする。


「ひえぇ。貴族の世界と変わらないじゃん」

「そうそう。人間、どこでもやることは一緒だね」

 しょっぱいサラミの乗ったピッツァの、チーズが伸びる。



「じゃあ、そろそろ、結婚とか考えてもいいんじゃない?」

 ドリーが上目遣いで、慎重に訊いてきた。今日のドリーは、いつになく絡んでくる。


「どうだろなぁ。妹はまだ子どもを産む可能性も、なくはないだろうし……」


 最近は一つ、懸念事項が増えた。

「実家は兄が継ぐんだけどね。兄嫁が、気が強い人でさ。

 あたしを介護要員にするつもりで、見合いを断ってるのかも。

 年齢的に、後妻ばっかりだけど。そんで、たぶん、嫁ぎ先でも介護要員」


「うわ~、最悪」

「でしょ? 都会みたいに、介護派遣協会がないんだもん。身内でなんとかするしかないの」


「あんた、それでいいの? 自分の人生は?」

 今日のテーマは、これか。

 私の人生が根無し草に見えて、心配なのかな。



「今、楽しんでるよ。自分で稼いで、好きなもの着て、好きなもの食べて。

 田舎でこんな格好してたら、すぐに陰口たたかれるね。『膝小僧が出てる、けしからん』って、信じられる?

 食事だって、男連中が食べた後に女衆だし。

 お風呂だって、独身寮で好きに入れるのは天国よ」


 赤ワインをボトルで注文してから、ドリーが言った。

「……あんたの男の趣味が悪いの、もしかして、結婚できないから?」


「あはは。そういう面もあるかな。

 一生を共にするなら見る目が厳しくなるんだろうけど、あたしはそのとき楽しければ良いから」


「そうだよね。さぼりまくって留年するような男、あたしは絶対に嫌だわ」

 うんうん。ドリーの旦那は堅実で、優秀だったよ。


「大きな夢を語ってて、可愛かったけどね。

 そのわりに、特に何もやっていないから、人恋しいときに呼べばすぐ来てくれたし」


「暇だっただけじゃん」

 ドリーの彼氏(今の旦那)は課題で忙しくて、彼女は寂しいのを我慢していた。

 それでも、お互いに時間を作る努力をして、今がある。

 それは端から見ていて、素敵だなぁと思うのだ。



「……そうとも言う。

 相手が結婚とか言い出さないっていう安心感は、あったよ。密かにね」

 もし言いだしても「自分で稼いでから言って」と逃げることができたから。


「まともで誠実な男なら、将来のことまで考えるよ」

 まともな男に目を向けろとドリーに言われたことがあった。

 もしかしたらアリスが気付かないだけで、誰か候補がいたのだろうか。


「そうなったら、あたしの場合は困るからさ」


 アリスは「まっとうな暖かさ」が苦手だ。

 こうやって、ドリーを通して「まっとうな世界」に触れるのは、たまにでいい。

 毎日接することになったら、眩しすぎて息が詰まって……ストレスでため息が出るだろう。


 たぶん、私はまっとうな男となんか、暮らせない。「その他大勢」が、ちょうどいい。


「もっと、自分を大事にしてよ」

「あはは、ありがと」


「聞け~。人の話を、真面目に聞け。このおバカ!」

「んふふ、大好きよ」


「んもぉ~!! 反省してる?!」

「あははは」


 ピッツァの耳が冷めて硬くなった。

 アリスはそこに蜂蜜をかけて、ワインで流し込む。



 人生を諦めている? 環境を受け止める? 思考停止?


 大事なことは、明日も定時に起きて、仕事に行くことだ。

 そして、たまに笑えれば、上等。


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― 新着の感想 ―
ドリーみたいな、自分の価値観を押し付ける無神経な女ってイライラしますね。 アリスだって好きでスペアやってた訳じゃないだろうに。 「おバカ」とか「反省してる?!」とか、何様? アリスの話を全然聞いてな…
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