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一章 エピローグ

 すべてが血に染まった子供部屋で、私は亡骸を見つめていました。


 戦闘で既に血を流しすぎていたのでしょう。切り離された首から流れる液体は手ですくえるほどしかありません。上半身から流れた粘性の液体が、破損した鋼鉄の両足に侵入していました。


 無様な死に様です。可愛らしかった顔は抉り取られ、腹からは内臓が飛び出しています。かつてメイド服で着飾り、花のような笑顔を浮かべていた面影はどこにもありません。


 どうしてこうなったのでしょうか、と考えて、慌てて首を振りました。


 違うのです。最初から嘘だったのですから、楽しかった時間の方がまやかしなのです。


 裏切りとか騙しとか。イーストエンドではありふれた犯罪で。だから、自警団の一員として頑張らなくちゃいけなくて。


 考え方を変えなきゃいけません。色とりどりのおとぎ話で溢れた子供部屋に引きこもっていても、どす黒い血で蹂躙されるだけなのですから。


 だって、私は強くなってしまったんです。


二階の戦闘に加勢した私は、たくさんの人と戦い、たくさんの人を倒しました。

 

驚くほど簡単に倒せてしまいました。


 アストラルさんとの修練は想像以上の効果でした。相手が《蒸気銃》を扱おうと、戦闘に慣れていないのかひどく緩慢な動きだったのです。撃つ前に槍で無力化できたので、ほぼ無傷で殲滅できました。笑ってしまうほど楽な戦闘でした。


 まだ殺す覚悟がなくてとどめは差せませんでしたが、戦場で救護されるはずもなく、結局はみんな死んでしまいました。


 紅白の槍は黒ずんだ血で汚れ、既に凝固しています。強くなるとは、こういうことなのです。


 非現実的すぎて実感がありません。


 私はもう、この道を進むしかないのでしょう。


 でも。


 とはいえ。



 今日くらいは、まだ、子供部屋で立ち止まってもいいですよね。


 明日になったら出て行きますから。仕事の責任を果たす大人として、ちゃんと立って歩きますから。


壊れてしまったおもちゃたちを。黒く染まったぬいぐるみたちを。空虚になった絵本たちを。


失ったものを悲しむくらいは、いいですよね。


血だまりに手を伸ばし、片手で黒い血をすくいます。粘性が高くどろどろと手から零れていきました。


染まった手のひらを合わせ、膝をつきます。


どうか――あなたの魂が、安らかでありますように――


祈りに意味はなくとも、意義はあるのですから。


と、祈りを捧げていると、アストラルさんが戻ってきました。戦いは終わったのでしょうか。黒の斧を背負い、魂の抜けたような顔でゆっくりと歩いてきました。

 

彼が戻ってくる理由がないので尋ねようとしましたが、寸前でやめました。光のない両の目を見ると胸がきゅっと苦しくなって、口が閉じたのです。


「……疲れた」


 呟きつつ、亡骸の傍までやってきます。私の隣まで来ると糸が切れたように座り込みました。ぼーっと血だまりを見つめています。口をぽかんと開けて、血だまりの向こう側を見ているようでした。



「ちくしょう」



 本当に小さな声でした。呟きですらなく、音になったかすら怪しいほど。


 ですが、傍にいた私の耳にははっきりと聞こえてきました。


 胸の内がかき乱されます。ほんの少し、どうしても割り切れなくて複雑だったアストラルさんへの思いが、ほどけていくようでした。


「がんばりましょうね」


 返事が意外だったのか、アストラルさんの視線が私に向きます。


 じんわりと、涙がにじんでいるようにも見えました。


「がんばっていきましょう。これから、いろんなことを」

「……ああ」


 再びアストラルさんはセラちゃんへと視線を戻します。


 胸元から十字架を取り出して、目をつむりました。私ももう一度手を組んで目を閉ざします。


 この世が地獄だというならば。


 どうか、向こう側で、幸いがありますように。


 神さま…………


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