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三十五話 決意

 私が部屋に戻ると、セラちゃんは跡形もなく消えていました。


 一人部屋に戻ったわけではありません。新たに空白が生まれたのです。空間にぽっかりと空いた穴を見つめても何も見えませんが、確かに穴がありました。


 アストラルさんに報告すると「逃げたのだろう」と返されました。


 正しいと思います。私たちの動きを察知したのでしょう。


 だから私は…………

 ……………………

 ……………………


 それから翌日の作戦会議を行いました。本来の私は二人と一緒に中に入る予定でしたが、どうしてもセラちゃんへの疑いを前提とした行動ができず、お願いして後方の待機部隊へと回してもらいました。建物の周囲をぐるりと囲み、戦闘が始まれば突撃する役割です。


 とは言え、実のところ楽観視していました。


《ホワイトシグリッド》と私たち自警団はイーストエンドの二大勢力です。その二つが衝突すれば街の被害は甚大。双方のトップがそれを理解して冷静に話し合えば衝突は避けられるだろうと。


 ですが……セラちゃんが奥から出てくると、私の思考は止まってしまいました。


 出てこなければ認めずにいられたのに。推論のままで、事実ではなかったのに。


 室内のエントロピーは増大していきます。腐敗した霧が拡散していくように、熱が冷たさへと流れていくように、秩序から無秩序へと加速していくのです。それは予感となって私の身を包みました。作戦立案の際に戦闘が前提とされていた理由がやっとわかりました。


多分、運命を司る神様が世界をそのように創造されたのでしょう。

 

人の作り出した仮初の平和や繁栄が、悲劇の混沌へと堕ちていくように。

 

やがて、シグリッドさんの兵器が起動しました。左腕の兵器がくるくると回転し、暴力への予感が確信へと変わっていきます。

 

戦わないでください――


 心の中ではそう思いつつ、体は団長さんの掛け声とともに突撃を始めていました。行動しなければみんな死ぬ。迫る現実に急き立てられ、甘っちょろい心は凍り付きます。

 

賽は投げられました。

 

私は蒸気自動車のアクセルを踏み込み、建物の石壁に突撃しました。








《猛ル花弁》が火を噴く寸前、悲鳴のような轟音が響いた。


 爆発音とは少し違う。射撃音とは比較にならない。


 押しつぶされそうな現実に対する絶叫と、命の覚悟が放つ閃光が化学反応を起こした落雷のような破壊音だった。


「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――ッ!」


 外で待機していた戦闘部隊が石壁を自動車で突き破ったのだ。ソーニャが乗った車を先頭に、二トンを超えるであろう鋼鉄の塊が三つ同時に突撃する。涙声の絶叫がシグリッドへと迫っていく。


「やっぱり隠れてたか……っ!」


 シグリッドは僅かに動揺を見せたものの、すぐに平静な顔つきに戻った。


 当然の余裕である。


 かの者の腕には、戦闘の支配者とも言えるほどの力が充填されていたのだから。


 花が回る。くるくる回る。鋼鉄の花弁が空気を切り裂いていく。


 それは、凝縮された嵐だ。人類が研鑽を重ね、地上を飲み込む自然現象にさえ迫るほどの力を生み出した証である。


 シグリッドを中心に風が吹き荒れる。回転する花弁に風が吸い込まれていく。


 この部屋に置いて嵐の中心は、間違いなく彼だった。


《猛ル花弁》の砲口がソーニャに向く。


 そして、支配者は告げる。


「出力調整。《蒸気衝撃》――」


 刹那。


 突撃する鋼鉄は、音速を超える衝撃に飲み込まれた。







「ほう……よく生きていたな」


 放たれた蒸気が充満し、周囲に蒸し風呂のような熱気が立ち込めた。肺に入り込んだ熱気で呼吸が苦しくなり酸素を求めて必死に呼吸を整える。蒸気で視界が遮られ、おぼろげなシルエットしか見えない向こう側で、俺たちを見下すようにシグリッドは嗤っていた。


 間一髪だった……。


 斧の側面を盾にしつつのバックステップで勢いを殺したが、それでも建物の入り口付近まで吹き飛ばされた。壁に叩きつけられてミシミシと背骨が痛む。頭を打っていないのは幸運だった。


 痛む体に喝を入れて立ち上がり周囲を確認すると、突撃していた自動車が全て建物の向こうまで吹き飛ばされている。石壁は一部が消し飛んでおり、内と外との区切りがなくなったことで立ち込める蒸気がそこから外へと流れていった。


だが予想に反して車は原形をとどめており、ソーニャたち運転者もよろよろと立ち上がっていた。


 ――作戦を読まれていたか。


 こちらの狙いは自動車を囮にすること。《蒸気衝撃》とは名の通り、超圧縮した蒸気を大砲のように打ち出す攻撃だ。強力な反面、威力に比例して充填に時間がかかる。隙を俺と団長がつく予定だったが、シグリッドも対策済みだったらしい。出力を弱めて次弾の充填時間を短縮し、放つ衝撃を広範囲に広げることで俺と団長を遠ざけた。


「這いつくばって無様だな――そのまま死ね」


 再び花弁が高速回転する。あれで蒸気の圧力を調節しているらしい。どれほどの速度なのか、サーと風を切る音が処刑の宣告のように聞こえてくる。


 まずい……。


 最小出力ならば《蒸気衝撃》はある程度の連射ができる。攻めなければ建物ごと木っ端みじんだ。


「させぬ!」


 コンマ一秒の迷いもなく、俺の横を一陣の風が吹いた。


 弾丸の如く疾走する団長である。両足の機関をフル稼働し、本来の人間ではあり得ない速度で地面すれすれを滑空した。刹那の間に距離を詰め、充填途中のシグリッドへと刀を振るう。


「ウらァ! 邪魔すんじゃねえよ!」


 だが……機関の出力が違いすぎる。高速回転する花弁が円形の盾となってシグリッドの上半身を覆い隠し、渾身の居合をはじき返す。周囲を光で埋め尽くすほどの火花が飛び散った。


何もシグリッドの強さは《蒸気衝撃》だけではない。高速で回転する花弁は蹂躙する矛にして鉄壁の盾。攻守一体となった最強の近接武器である。半端な実力であれば一瞬で切り刻まれるだろう。


団長は弾かれて僅かに体勢を崩す。右腕は痺れているのか、構えが大きく崩れている。


そこに、追撃の《蒸気衝撃》が――


「――させぬと言ったらさせぬのじゃ!」


 重心が大きく傾いたまま身をよじり、奴の右腕めがけて刺突を繰り出した。弱々しい一撃だが、機械的な精密さで斜め下から《猛ル花弁》の砲口を弾き、発射角度を大きくずらした。


 直後、圧縮蒸気が噴射される。斜め四十五度に向かって放たれた超高熱は、三階の壁を吹き飛ばす空砲となった。


「ウザってぇなあ侍!」


 回転する花弁で薙ぎ払う。微かに接触しただけの地面が悲鳴のような音を立ててVの字に抉れている。美しい切れ味の綺麗な断面だった。


 俺は背筋が寒くなるも、団長は怖気づくことなく再び斬りかかっていく。シグリッドの首をとるのは難しいが、こうして張り付いていれば《蒸気衝撃》を封じ込める。


「アストラル! 儂はこいつを抑えておく。切り裂きジャックを頼んだのじゃ!」


 攻防に見とれていたが、名前を呼ばれて我に返る。


 そうだ、敵は一人ではない。


 俺は俺の仕事を果たさなければ。


「させるかよォ……てめェら! セラを援護しろ!」


 シグリッドの掛け声とともに二、三階フロアから武装した兵士たち十五人ほどが姿を現す。エントランスが吹き抜けになっているのはこの待ち伏せのためだろう。一斉に銃口を向けてくる。


 想定内だ。部隊を隠していたのはシグリッドだけではない。


 俺は腰から信号拳銃を取り出し、天井めがけて発砲した。オレンジの煙が頭上に伸びていく。


 突撃の合図だ。


 瞬間、二階の奥から爆発音が聞こえてきた。兵士たちの視線が一斉にそちらを向く。爆発店を中心に動揺が広がっていた。打ち合わせ通り、二階の壁を爆破して部隊が突撃してきたのだろう。


「援護に向かいます!」


 ソーニャが槍を持って二階へと駆けていく。心配ではあるが、今のソーニャであれば大丈夫だろう。行ってこい、とだけ合図を送って俺の戦闘に集中する。


 俺は背中の防弾マントを盾にエントランスの外周を走る。無数の弾丸が飛んでくるが、部屋の端によって角度を限定すれば蜂の巣にはされない。マントで十分防ぎきれる量だった。部屋の奥へと疾走する。


「……ッ!」


 セラは俺の突撃を茫然と見ていたが、やがて唇を噛んだまま背を向けて奥の部屋へと逃げていく。狭い部屋へと誘い込むつもりだろう。


 騙されてはいけない。奴は切り裂きジャックだ。戦場が暗く狭いほど真価を発揮する。追うのはリスクだったが、ここで逃がしては次に捕らえられる保証はない。


 ここで仕留める。


 それが、処刑人アストラルの仕事だ。


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