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三十四話 探偵の推理

 迫る蒸気の衝撃を眺めながら、俺は昨夜の会話を思い出す――



 ■



 自室に団長とソーニャを招き、俺は推理を話した。


 二人とも嫌な予感があるのだろう。丸椅子に浅く座り、こわばった表情をしていた。


「切り裂きジャックの犯人が絞られてきた」

「何か新しい証拠でも?」

「ああ、それも二つだ」


 俺はベッドから起き上がり、棚にしまっていた報告書を取り出す。


 自警団の技術班からもらったものだ。中身は以前に戦った《ミストの少女》の足についていた機関を分析したものである。持ち帰った死体を技術班に渡して解析を依頼していたのだ。


「まず一つ、《ミストの少女》の足についていた機関についてだ。解析の結果、あの超機動力を出すための機構は特許に出願されていない特殊技術が用いられていたらしい」

「ふむ」


 団長は得心したように頷くも、ソーニャは首を傾げた。


「特許……ってどういうことですか?」

「発明の独占権だ。通常、特殊技術は他の奴に真似されないよう特許を取得している。だが《ミストの少女》の機関にはそれがなかった」

「忘れてたんですかね?」

「……」


 思わず半眼になった。


「あ、バカにしてます⁉ いま私のことバカだって思いましたね!」

「……一般的に、企業であれば競争で優位に立つために特殊技術は特許を得るのがほとんどだ。登録されていない――登録されているが一般人からは見えないものは、都市が主導する研究所の最先端技術だと言われている。軍事関連のものが多いからな」

「……? えっと……?」

「政府が隠蔽している技術ってことだ」

「あ~~~~」


 手をポンと叩き、さも最初から分かっていましたよとでも言いたげな顔をする。


 まあ、理解してくれたならいい。


 本題はここからだ。


「そして、セラの両足の義足もまた、同じ技術が使われているとの意見が上がっている」

「……どういうことじゃ?」


 首をかしげながらも団長の目つきが鋭くなる。


 ソーニャは理解が追い付いていないのかぽかんとしていた。セラの名前には反応したのか表情がやや曇る。


「《ミストの少女》が持つ機関の特筆すべき点はバランス制御装置だ。詳しいことには俺にもわからないが、ジャイロセンサーによる自律制御により、高速移動による戦闘を可能にしているらしい。セラの義足にもそれと同じ技術が用いられている。そもそも、今の技術では生まれつき両足が欠落している人間に義足は取り付けられない。筋肉量が足りなくてバランスが取れないんだ。それを可能にできる技術は、今のところこれ以外に考えられない」


 人体が当然のように行っているので勘違いしがちだが、二足歩行は生物の奇跡だ。繊細の調節されたバランスを少しでも崩せば難しくなる。人工的にそれを再現するのは意外にも困難だった。


 団長は考え込むように顎に手を当てる。団長の四肢も機関に置換されているが、腕足全体ではないし、生まれつきでもない。多少のリハビリで自在に使いこなしていた。


 だが、セラの場合は違う。幼い身体に鋼鉄の両足では体重のバランスも悪い。優秀な自警団の技術班でさえ把握していない技術となれば、都市の研究所を疑うのは当然だった。


「つまり……それは……」


 ――どういうことなんですか?


 結論を急ぐように歯切れ悪く次の言葉を催促するソーニャだったが、疑問を口にはしなかった。


 ソーニャの瞳が次第に不安に塗りつぶされていく。知識がないだけでバカじゃない。もう十分すぎるほどに察しているのだろう。


 先に釘を刺しておく。


「ソーニャ、いま俺が話しているのは現在の状況から考えられる論理的な帰結だ」

「そう、ですけれど」

「重要なのは推論の妥当性だ。余計な感情と動揺は思考を鈍らせる。誤った判断は仲間を殺す。――覚悟はいいか?」

「もちろん。自警団で働くと決めた日から、とっくに」


 迫る現実を怯えるような、震えた声だった。


 彼女の覚悟は叩けばすぐさま粉々になるだろう。それでも現実を叩きつけなければならないのが難しいところだ。


 空気が不快な重さを帯び始めたので、捨て鉢に飛び込むように話題を進めた。


「次に二つ目の証拠……というか、つい一時間前の事件だ。セラが俺を殺しに来た」

「…………」


 ――ピシ。


 ひびが入る音がした。何が壊れたのか、今の俺にはわからないけれど。


 ――ピシピシ、ピシ。


 沈黙が訪れる。団長は「やはりか」とだけ呟いて口を結んだが、ソーニャは俺を見たまま唖然としていた。


 責めるような視線だった。俺が間違っているのだと主張していた。


 俺とて平気ではなかった。幼い子が殺人を求められるこの街に嫌気がさしてくる。


 ……忘れてはいけない。ここはイーストエンドである。


 ありふれた風景に過剰反応していては、疲れてしまう。


「それで、どう対処した?」

「何もしてない。ナイフを持って部屋に忍び込んできたが、結局何もせずに帰っていった」

「お主が気づいていたからか?」

「違うだろうな。わざと隙を見せてナイフを振り下ろすチャンスは与えたが、葛藤したみたいにして去っていった」


 理由は察しがついている。


 殺せなかったのだ。


 俺も処刑人だからよくわかる。技術的に殺せることと、精神的に殺せることは全く別の能力だ。


「そりゃまた……」


 団長も同情するような声を漏らす。


 殺人業とは、世知辛いものだ。


 けれど情はいらない。心を凍り付かせ、淡々と状況を整理していくのだ。


 それが、処刑人アストラルの仕事である。


「…………結局、セラちゃんは何もしなかったんですよね?」


 縋るように訊いてきた。


「結果だけ見ればな」

「じゃあアストラルさんの勘違いですよ。殺しに来ただなんて、言いがかりです」

「確かに、万が一の可能性としては残っている。だからソーニャに来てもらったんだ」


 俺は棚から資料を取り出してソーニャに渡す。


 スパイを見破るための資料だった。スパイがやりがちな行動、よくある道具の隠し方、情報を抜き出す常套話術など、基本的なことが書かれている。初心者向けの誘導尋問のやり方まで書かれている。


「ソーニャとセラは同室だよな。その資料を参考にセラの持ち物を漁って来い。多分、何かスパイ道具が隠されている」

「……え?」


 信じられないものを見るような目を向けてくる。


 きゅっと胸に切ない痛みが侵食してきた。背中に汗が伝う。戦場に向かうパイロットのような、死刑を宣告される被告人のような気分だ。


「多分ってなんですか。勝手に荷物を漁るんですよ。違ったらどうするんですか」

「セラの疑いが晴れるだけだ」


 ……やめろ。そんな目を向けるな。


 ソーニャにはわからないかもしれないが、これが普通なんだ。


「冷静に考えてくださいよ。あんな子供が――」

「そういうことを言う奴がいるから、子供の犯罪は減らないんだ。《ミストの少女》はお前も見ただろう」

「……………………」


 歯ぎしりの音が聞こえてくる。ソーニャの肩は震えていた。


「サンプル数は圧倒的に少ないが、セラが自警団に来てから切り裂きジャックの事件は一つも起こっていない。セラが容疑者の一人だと考えるのは妥当な推論だろう。疑わなければまた被害者が増えるぞ」

「……言い切るのぉ」


 沈黙していた団長が重いため息をつく。憐れむような、皮肉るような視線を向けてきた。


「なんで……アストラルさんはそんな平然としてるんですか?」


 目を合わせないまま問うてくる。

 小さな針がちくりと胸を刺した。正体がわからなくて早口になった。


「もちろん動揺しているが、俺はセラに思い入れがない。報酬がいいから預かっていただけだ。子供とはいえ、出会って一週間の奴を信用できる方がどうかしている。大方、俺たちを油断させるために子供を使ったんだろう」


 早口でスラスラと言葉が出てくる。


 誰に言い訳をしているのか、わからなくなってしまった。


 自分の発した言葉が雪のように降り積もっていく。心の奥に眠る温かいものを覆い隠し、凍てつかせていく。


 しんしんと……


 ぶるりと身震いする。身体の芯から冷え切ってしまった。


「……もういいです。わかりました」


 ソーニャは立ち上がって背を向けた。


「どこへ行く」

「部屋に戻ってセラちゃんと話してきます。こんなやり方、卑怯です」


 渡した資料を机の上に置いてスタスタと扉へ向かう。足音は無機質なテンポだった。


「ちゃんと話せばいいんです。結局、アストラルさんを殺してないんだから、何か理由があるはずなんです。正直に腹を割って……そうすればきっと……」

「まて――」


 パタン、扉は閉じられた。


 追う気はなかった。


 二人が残され、静寂の夜が本来の姿を取り戻す。張りつめた空気が去り、代わりに重さだけが取り残された。


「今のはお主が悪い。……そして、それ以上に、儂が悪い。すまんかったな」


 目を伏せて団長が謝る。その意味はよくわからなかった。


「しっかし……ソーニャには試練じゃな」

「これも修行の一環だ。精神面も鍛えんといかん」

「随分と乱暴じゃのう」


自分でも手荒だと思う。

 

ただ、他人を気遣おうと思う脳の余白は残っていなかった。


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